大学が「アカウントに鍵をかけた学者」を雇用するリスクについて

Twitterでネットリンチの被害にあった羽藤由美氏が、その中心にいた東野篤子氏のnoteの記事に、怒っている。

本年10月15日

入試の実施にあたり誰が責任者を務めているかは、試験問題を誰が作ったかと同様に、大学で最高レベルの秘匿事項である。私も准教授時代に何度も担当したが、辞めるまでは一切、その体験については文字にしなかった。

勤務先の機密を平気で公開する教員が、近日まで国防やインテリジェンスを論じていたのも不安になるが、東野氏の当該のnoteについて、私は別の点がいっそう気にかかる。

出演のお知らせ(2024.10.16 ニッポン放送飯田浩司のOK! Cozy up!)&素敵な方にお会いして来ました|東野篤子
ご無沙汰しております。 先日ひっそりと、53歳の誕生日を迎えてきました。誕生日とその翌日は、(もう言っても怒られないというか思いますが)国際公共政策学位プログラムの10月期入試で、責任者の一人として全く気が抜けない二日間を過ごしましたが、大過なく入試を終えることが出来たのはひとえに所属先の皆様のご協力のおかげであり、深...

私がTwitterアカウントに鍵をかけたあと、今まで私を攻撃していたアカウントの一部は、私というターゲットを失ったせいか、ソフィヤさんにまで執拗な攻撃を加えるようになりました。

私は鍵をかけたあとはTwitterから離れる時間も多く、ソフィヤさんが受けた被害を後になって知り、彼女が私のせいもあって辛い思いをなさっている時に、何も出来なかった自分を深く悔やんだのでした。

強調は引用者

鍵を開けたらいいんじゃないでしょうか。片岡ソフィヤさんはいま、鍵を開けているし、東野さんもかける理由はなくなったはずでは。

なぜ、学問を修めた「意識の高い人」がネットリンチに加わってしまうのか|Yonaha Jun
8月27日付で、筑波大学は所属する東野篤子教授のTwitter利用に関し、「コンプライアンス違反に該当するような事項は確認することができませんでした」(原文ママ)との回答を、ネットリンチによる被害を訴えていた羽藤由美氏に送付した。 知と理は死んだ 筑波大学の汚点 筑波大学のコンプライアンスは死んでいると言わ...

東野氏の行動には、大学教員の体験者として、他にも首をかしげる点が多い。以下、具体的に3点指摘する。

① なぜ、大学の広報部署を回避するのか

施錠された彼女のTwitterのホームを見ると、「取材のお問い合わせは」として、大学の窓口ではなくGoogleフォームに誘導される(ヘッダー写真)。

しかし彼女自身の6月のnoteによれば、これは週刊誌で報じられた誹謗中傷騒動に限っての例外的な措置だったはずである。

週刊文春等の報道に関するお問い合わせ先につきまして|東野篤子
標記の件につきまして、大変騒がせしております。 多くの方々から、励ましのメールやお電話などをいただき、大変勇気づけられております。 私を支えて下さる皆様に、まずは心からの感謝を申し上げます。 本件につきましては、すでに多くのメディア関係者の方から取材のご依頼をいただいております。 しかし私が現在X(旧Twitter...

本件に関する今後のメディア関係者の方々のお問い合わせは、大学広報ではなく、以下のGoogleFormを用いてご依頼いただけますと幸いです
可能な限り早期に折り返しご連絡いたします。
https://docs.google.com/forms/d/1zrIhMDamhi0KM_071HtC9e724N9K49CgJDh45KYJEAo/edit

(番組への出演依頼は通常通り、大学広報宛てにお願いいたします)

本引用の強調は原文ママ

私が勤めていた2010年の前後は、(大学にもよるが)ガバナンスがめちゃくちゃで、大学院への入学志望者が教員個人と直にコンタクトをとったりしていた。不正を招くとまずいということで、いまは多くの大学で、教員への外部からの連絡は原則、公式な窓口を通す。

またそのめちゃくちゃ時代にも、さすがに報酬が発生する外部の事案は、すべて大学に報告し許可を得るルールだった。私も「電話で15分会話して、うち5分がラジオで流れる」程度の取材でも、逐一書類を作って事務方に届けたものである。

過去記事が流れてゆくnoteと異なり、常にトップに表示されるTwitterのホーム(フォロワー数は9万人強)に「取材はこちら」とあれば、大学の広報を通さず個人的に連絡する人が増えるのが自然だろう。そうした「裏ルート」を設けることを、東野氏の勤務先は容認しているのだろうか。

② 他にアカウントは用いていないのか

Twitterは(たとえば)Facebookと異なり、アカウントの管理がザルなことで有名で、ひとりが複数のアカウントを持つことが容易にできる。本名でのアカウントの他に「裏アカ」も持っていると、公言した上で使う人も珍しくないし、それが即、モラルに反するというわけでもない。

しかし本名での活動が原則の研究者で、かつ「事情があり鍵をかけます」としている人が、もし「他にもアカウント持ってますけどね?」となった場合は、あまり印象は良くないだろう。

実は東野氏については、裏アカがあるのではとの憶測をよくネットで目にする。以下を見るかぎり、それなりに説得力があるのも困りものだ。

「岡部さん」は、写真の右から2人目

JSFとは、東野氏が(本名の)Twitterで始終親しくしていたライターである。匿名で正体不明なのだが、意見の異なる研究者を激しく罵倒する癖があり、国際政治学者でもたとえば篠田英朗氏は、かなり怒っている。

「ウクライナ応援団」はどこへ行くか
9月6日にドイツのラムシュタイン米空軍基地で開かれた会議において、ウクライナへの追加支援が表明されたが、ウクライナ政府が米国などの主要支援国に強く求めてきたロシア領内深く入る攻撃を可能にする長距離砲の使用許可は、認められなかった。 ウ...

「さすが岡部さん」云々とあるのは、東野氏と同じくウクライナ戦争の解説にひっぱり凧だった、同国を研究する岡部芳彦氏だ。確定するには根拠不足だが、上記の語り口は単にTVで見たファンではなく、岡部氏本人と親交があることを匂わせるので、そうした噂を呼んだものかと思う。

この @maku94483 というアカウントは、2024年1月の利用開始とある。東野氏が羽藤氏からの抗議を受けて鍵をかけたのは、同年2月の末なので、それより前から存在する。ここは、誤解のないようにすべきである。

なお @maku94483 の発言内容は、ほとんどが日本保守党の百田尚樹・有本香・(現在は離れたが)飯山陽といった各氏への批判のようだ。匿名の作成者は、親衛隊的なファンネルを多数従える彼らと争うための専用アカウントとして、作った可能性が高い。直前には、同党の周辺が意に沿わぬ学者を一斉に攻撃し、大騒動になっていた。

【日本保守党7】池内・飯山戦争、最終局面で浮かぶ「3つの疑問」|柿生隠者(かきお・いんじゃ)
(タイトル画像はYouTube「百田尚樹・有本香のあさ8時」より 敬称略) *池内・飯山戦争の経緯は、いちばん下の参考記事を参照ください 最終局面か 日本保守党界隈で起こっている、池内恵・東大教授と、飯山陽・麗澤大客員教授とのバトル。 だいたいいつも、日中に飯山・百田(尚樹党代表)・有本(香党事務...

東野氏は「TVの出演時に、Twitterで容姿の悪口を言われた」ケースに対し、民事に留まらず、むしろ刑事告訴を選んだことでも知られる。つまり、自身への名誉毀損に非常に敏感な方である。

学者はネットの誹謗中傷を、どこまで「刑事告訴」すべきか|Yonaha Jun
この問題にはあまり関わりたくなかったが、元大学教員としてさすがに看過しかねるので手短に。 ウクライナ戦争の「専門家」として活躍する東野篤子氏(筑波大学教授)を、茨城県警本部の警部が誹謗中傷していた事件が話題になっている。Twitter(X)で容姿を侮辱する下品なもので、この警部の行いを擁護する人は誰もいない。 一方...

ふつうに考えて「本アカは停止と称しつつ、実は裏アカを使っている」といった風評が飛ぶのは、名誉なことではないだろう。事実無根の場合はnoteで公式に否定された方がよいし、その場合は本記事も訂正したいと思う。

③ 鍵アカでの「見えない交際」は適切か

東野氏は2024年2月27日、鍵をかける旨を告知したツイートで(以下の記事に引用)、「新規のX投稿を無期限で停止する」・「今後は国際政治関連情報のRPのみに用います」と述べていた(原文ママ)。つまり、以降は自分からの発信はしないとの趣旨である。

「専門家の時代」の終焉|Yonaha Jun
いま連載を持っているので、送っていただいている『文藝春秋』の4月号が届いた。すでに各所で話題だが、「コロナワクチン後遺症の真実」として、福島雅典氏(京大名誉教授)の論考が載っているのが目につく。タイトルが表紙にも刷られているので、今号の「目玉」という扱いだ。 お世話になっているから持ち上げるわけではないが、『文藝春秋...

一方、実際には鍵をかけた内側でも自身のファン等とのやりとりを行っていることは、たとえば近日の以下のスクショからわかる。そうした個人どうしのつきあいまで「無期限で停止」するのは酷だなと思う半面、DM機能(私信)でやればよいのにという気がしないでもない。

問題は、鍵のかかった――つまり所属する大学も含めて外部から見えない空間で行われる、交際の内実である。上記の方の場合、自著のPRにかこつけて東野氏の記事を紹介したことに対し、同氏が謝意を述べたものと見られる。

著者自身のサイトによると、書籍の内容は以下である。学問的な著作ではなく、政治運動のパンフレットのようだ(だからいけないとか、価値が低いということではない)。

『やがてロシアの崩壊がはじまる』を上梓
単著『やがてロシアの崩壊がはじまる』を上梓しました。下記の通り、Amazonでは既に発売が開始されています。今月下旬には全国主要書店には配本予定です。Amazon本書は「プーチンの歴史観」への挑戦だ。チェチェン武装勢力のリーダーをはじめ、ロ

刊行元のドニエプル出版は聞いたことがなかったが、2015年に法人化された自費出版の版元のようで、代表の講演歴からもそのスタンスがわかる。たとえば、上記書に参加したグレンコ・アンドリー氏は、こう述べている。

「実は「ロシア連邦」とは、モスクワ政府に支配されている諸民族の集合体」というのは、ひとつの思想ではあるが、学問の世界で標準的な見方ではないだろう。大学に属する研究者が、そうした見解に見えないところでお墨つきを与えるリスクも、「鍵アカウント」の状態では避けられない。

私自身、大学に勤めながらTwitterを使っていた時期があり(2011~14年)、所属機関はなるべく、それらの利用法に自由であるべきと思っている。過度の規制や、コンプライアンスの画一化は、学問や研究の自由になじまない。

一方でだからこそ、大学教員――特に専門家としてメディアに露出し、研究職のシンボルのように社会の注目を集める人は、SNSの用い方にも留意してほしいと思う。国民に「さすが、ネットでも学者の人は立派だね」と見られるのか、「ガクシャとかダメだろ(笑)」と思われるのかで、学問や知性が今後、どの程度尊重されてゆくかも変わる。

遺憾ながら、大学の教員たちがなにひとつ範を示さなかった悲惨なコロナ禍を経て、いまや失敗例の方が数多く落ちているのが、日本における「学者とインターネット」の現状だ。そうしたあり方を正すために、自分には何ができるのか、いま一人ひとりが心に問うときだと考える。

日本のコロナ対策が“首尾一貫しない”本当の理由〜「実体語と空体語」の呪い(與那覇 潤) @gendai_biz
欧米諸国に比して軽微な被害にもかかわらず、コロナ以後の日本社会はいよいよ混沌としてきました。7月下旬の4連休に間に合わせるべく、同月22日から国の観光業支援策である「GoToトラベル」がスタート。しかし一方では連日公表される感染者数の増加から自粛が呼びかけられ、そのGoToも利用者の要である東京都が適用対象外になるなど...

編集部より:この記事は與那覇潤氏のnote 2024年10月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は與那覇潤氏のnoteをご覧ください。