日本から見ればカナダとインドがもめていることにはほとんど関心がないでしょうし、報道も極めて淡白だと思います。ところが少なくともカナダでは連日トップニュースとなっており両国間の関係は重大な局面になるところです。日本からみるインドの景色とはまた違った一面がありますので少々お付き合いいただければと思います。
発端は昨年6月に当地、バンクーバー郊外の巨大なインド人コミュニティがあるエリアでシーク派指導者が殺害されたことに始まります。この殺害が政治的背景を含んだものではないかという諜報機関からの報告が上がってきます。またその情報は他国の諜報機関からのお墨付きもついています。
そのため、カナダ政府が動き、インド政府に対するクレームと調査を始めますがインドのモディ首相は不当調査でインド政府は何ら関与していないと強く否定します。その間、外交官追放などを経ながら問題解決には目立った進展はありませんでした。
事件から1年4か月もたった今、今度はカナダ、インド双方が6名ずつの外交官を追放します。そしてカナダ側は野党、新民主党党首でインド系のジャグミー シン氏からの強い要請もあり、委員会を立ち上げいよいよ本腰を入れて本件に臨むという段階にあります。ジャグミーとは私は2度ほど面識があり不遇の時代を抜けてようやく国政で力を出してきた感じがします。
ではことの背景です。ざっくり言ってしまえば近代インドの成り立ちにあります。長く英国の支配下にあったインドは第二次大戦終結で念願の独立を果たします。ところがインド国内では激しい宗教間対立が起きます。それはヒンドゥ、シーク、イスラムが複雑に絡み合うことであり、それを解決する手段の一つとして独立したばかりのパキスタンがインドを挟むように東西に分かれ、イスラム教徒をインドの東西にあるパキスタンに押しやります。東パキスタンはのちにバングラディシュに変わります。
これでイスラム問題はいったん収まりますが、ヒンドゥとシークの問題は残ります。インド国内でのシーク派の比率は1%台程度で極めてマイナーな立ち位置にありますが、彼らは北部のパンジャブ州あたりでインドからの独立運動を模索します。これがカリスタン運動と称するものです。インド国内ではさほど目立った動きは起きていないのですが、国外からその活動を展開しており、昨年バンクーバー近郊で殺害された人はこの活動の指導的立場であったとされます。インドではテロリストとして認識されていたようです。殺害犯人は捕まっていないものの諜報組織が殺害したものだとカナダ警察はほぼ断定しています。
ところがインドのモディ首相にしてみれば仮にそんなことをインドの秘密組織が実行したとしても「はい、やりました」とは逆立ちしても言えません。そのため、カナダのトルドー首相に逆に食って掛かるという事態になっているのです。そこでカナダとしては証拠を固める必要があるわけです。
双方の外交官追放合戦は当然ながら外交に重大な問題をきたします。特にカナダにインド系カナダ人は180万人強がいてうち、シーク教徒は50-80万人程度いるとされます。うちバンクーバー近郊はその最大拠点です。双方のトラブルによりビザの発給をはじめ各種経済交流が滞る可能性が指摘されており、隠れた外交問題になっています。
ではこれはトルドー氏の失策なのでしょうか?ここは評価が難しいところです。トルドー氏は習近平氏やトランプ氏ともうまく立ち回ることができず外交は下手というイメージがあります。今回のモディ首相とのあまりにも冷たくなった関係もトルドー氏の駆け引き下手が引き起こしている面も多々あるでしょう。
一方、トルドー氏のカナダ国内での支持率は低迷しており、来年秋の期間満了を待たず解散総選挙をするのではないかとささやかれています。ただし、やればほぼ負けて保守党が政権を奪い返すとみられています。個人的には今年にも解散はあり得るとみています。理由は25年1月からカナダはG7の議長国になり、あらゆる分野の閣僚を中心とした国際会議がカナダ各地で開催されます。そのため、途中で顔が変わるより始めからリフレッシュした方がよいだろうという計算が働くのではないかとみています。(もちろんトルドー氏は自分が仕切ると今でも思っているはずですが。)
アメリカの大統領選でトランプ氏が当選すればトルドー氏の背中は更に押されるかもしれません。トランプ氏から見れば「まだ首相をやっているのか?」と軽いジャブが入るでしょうし、両国間の関係は極めて重要かつ緊密な中でトップ同士が会話ができないのはうまくないからです。
最近思うのは国家間の関係は地球儀ベースでみるとあちらこちらで歪が入っている点です。どの国も天敵がおり、その関係修復に極めて苦労しているというのが実態だろうと思います。戦後、長らくこのような問題は封印されており、ごく一部の地域紛争にとどまっていたものが各国で噴出し始めているように感じます。今回の外交事件もその一端であり、今後世論も含め、外交がより密接な課題になりそうな気配を感じます。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2024年10月21日の記事より転載させていただきました。