北朝鮮「政府報告書」で日米韓を糾弾

スイス・ジュネーブの国連人権理事会で来月7日午後(現地時間)、「普遍的・定期的審査」(UPR)の北朝鮮人権セッションが開かれる。

北朝鮮のUPRは2009年12月、2014年5月、2019年5月に次いで今回が4回目。北側の「政府報告書」の発表後、加盟国代表から北の人権問題で意見が出る。日本政府代表は日本人拉致問題などで質問する予定だ。北朝鮮軍のロシア派兵が明らかになったこともあって、欧米諸国も北朝鮮の人権問題に対して関心が高まっている。

朝鮮人民軍空軍司令部を視察した金正恩総書記と娘のジュエ氏(北朝鮮の月刊画報「朝鮮」から)

国連人権理事会では各加盟国の人権状況、人権問題に関連した国際法、国連憲章の義務の履行状況を調べるために、2006年からUPRという審査メカニズムが設置され、08年4月から具体的に実施されている。

UPR作業部会では全ての加盟国が参加し、被審査国の人権状況について質問できる。同審査には非政府機関(NGO)は発言できないが、傍聴できる。その審査内容を理事会の3国代表が報告者国となり、まとめてUPR作業部会に提出。それが採択されると、理事会の全体会合に提出され、正式に採択される運びとなる。

UPR作業部会には3つの基本文書が審査のたたき台として提出される。一つは審査される国の「政府報告書」、2つ目は国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)が人権問題に関連した国際条約や憲章に対する被審査国の義務履行を編集した文書、そしてOHCHRがNGOらの提出した、被審査国の人権問題に関する信頼できる情報をまとめたサマリーの3文書だ。

北朝鮮は今年8月29日、ナショナル・レポート(政府報告書)をUPR作業グループに提出済みだ。人権関連法案の改正などを挙げ、人権状況の改善への努力を強調する一方、「人権問題が改善しない理由」として米国、日本、韓国らの名前を挙げて厳しく反論している。

当方は17頁からなる北朝鮮の「政府報告書」を入手した。同報告書は冒頭で、

朝鮮民主主義人民共和国(DPRK)は偉大な朝鮮労働党の賢明な指導のもと、政策や法制度および実務的措置を採用し、その実施過程に科学的かつ効果的な指導を提供することにより、政治、経済、文化の全分野で人々が権利を十分に享受できる条件を整える努力で顕著な成果を収めた。DPRKの社会体制は、人々を中心に据えたものであり、労働者階級があらゆるものの主人であり、社会のすべてが彼らに奉仕する。DPRKは政策立案と実施の基本原則として、人々の尊厳、権利、利益を守ることを掲げ、どのような仕事においても人々の利益と利便性を最優先にする『人民第一主義』の立場を一貫して維持してきた。報告期間中、DPRKは国家と社会の主人として人々が政治的権利を十分に享受できるよう積極的な措置を講じ、国民経済の包括的発展のための主要な目標を設定し、国民の福祉向上のために多大な業務を遂行した。

と記述している。

北朝鮮の「政府報告書」で注目される点は、「人権の促進と保護に対する朝鮮民主主義人民共和国の努力は、深刻な障害や課題に直面しており、これらは時間の経過とともに増加している」と指摘し、「人民の権利の進展で最大の障害」として、米国のほか、特に日本や韓国に対して厳しい批判を展開させていることだ。

米国に対しては「アメリカ合衆国は朝鮮民主主義人民共和国の建国当初から一貫して敵対的な政策を追求し、政治、経済、軍事、文化などあらゆる分野でその内政に干渉し、人民が選択した社会主義制度を崩壊させようと必死の努力を続けてきた」と指摘し、日本に対しては「日本は、40年にわたる朝鮮への軍事侵略の中で、強制連行や拉致、数百万人の朝鮮人の虐殺、日本帝国軍による従軍慰安婦としての女性の徴用などの反人道的犯罪を行い、朝鮮人民に取り返しのつかない被害を与えてきたにもかかわらず、過去の犯罪を清算しておらず、依然として朝鮮民主主義人民共和国に対する敵対的な政策を続けている」と述べている。

北朝鮮が「政府報告書」の中で「日本帝国軍の従軍慰安婦」「過去の犯罪の清算」に言及したことに注目が集まっている。

ちなみに、韓国に対しては「大韓民国もまた、この瞬間においてさえ、アメリカの核戦略資産を朝鮮半島に導入し、アメリカや日本と共にあらゆる種類の戦争訓練を行い、朝鮮民主主義人民共和国の安全保障に対する恒常的な脅威を与え、経済発展および国民の生活向上のための重大な障害を形成している」と強調している。

要するに、北朝鮮は人権問題が進展しないのは米日韓らの外部の敵国の妨害のせいにする一方、人権問題を追及する声に対しては「内政干渉」という表現で一蹴している。前回の「政府報告書」と同様だ。

「政府報告書」は最後に、「単に異なる思想や理念を追求しているという理由で朝鮮民主主義人民共和国の社会主義体制を崩壊させようとするいかなる試みも、我が人民の人権に対する侵害であり、その尊厳に対する侮辱だ」と強調している。

参考までに「政府報告書」の「将来の目標」の項目で、

  1. DPRKは、国民の権利と利益の保護、ならびに福祉の増進を活動の最高原則とし、持続可能な経済発展を通じて国民の生活をさらに向上させ、国の包括的な発展を達成するための努力を継続
  2. DPRKは、国際的人権動向と国内の実情に応じて人権の促進と保護のための法体系を強化・整備し、国民の法的権利と利益を最大限に保証するとともに、国家開発目標と密接に結びつけて持続可能な開発目標(2030アジェンダ)の実施において国際社会と協力する
  3. DPRKは、「児童の権利に関する条約」や「女子差別撤廃条約」など、自国が締約国である国際的人権条約に基づく義務を誠実に履行し、人権分野における国際交流と協力をさらに促進していく

と記述している。

残念ながら、北朝鮮の「政府報告書」は虚偽が多く、同国の人権状況を正確かつ客観的に報告していない。

米国務省が毎年公表する「宗教の自由に関する年次報告書」や迫害されているキリスト教徒を支援する超教派の宣教団体「オープン・ドアーズ」、国際人権擁護団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」((Human Rights Watch= HRW)の報告書では、北朝鮮内の宗教者への迫害、女性の権利の蹂躙状況が赤裸々に報じられている(「北政府「人権報告書」は嘘だらけだ!」2019年5月11日参考)

北朝鮮最高指導者・金正恩朝鮮労働党総書記は「人民第一主義」という言葉を頻繁に使うが、衣食住もままならず、「言論の自由」「女性の権利」「信教の自由」も保証されていない社会に生きる国民の嘆きが聞こえないのか。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年10月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。