経団連の提言するコンテンツ省(庁)の新設が必要なこれだけの理由②

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(前回:経団連の提言するコンテンツ省(庁)の新設が必要なこれだけの理由①

前稿で経団連が提言したコンテンツ省(庁)の新設が必要な理由として、

  1. 赤字が拡大する著作権等使用料の国際収支
  2. 経済成長促進効果のあるパロディも未だに合法化されていない
  3. 2度にわたる改正を経ても道半ばの日本版フェアユース

について解説したのに加えて、今回もさらに3つの理由を紹介する。

著作権法30条の4

2018年改正により新設された30条の4「著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用」は以下のように定める。

著作物は、次に掲げる場合その他の当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合には、その必要と認められる限度において、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。ただし、著作権者の利益を不当に害する場合はこの限りでない。
① 略 ② 情報解析 ③ 略

非享受利用については著作権者の利益を不当に害しないかぎり、必要と認められる限度において許諾なしの利用を認めたわけだが、30条の4ただし書きの「著作権者の利益を不当に害する利用」は、フェアユースを判定する際に考慮すべき第4要素「原著作物の潜在的市場または価値に対する利用の影響」、つまり原作品の市場を奪うかどうかなので、こうした利用が認められないのは日米共通している。

問題はフェアユース判定の際の第1要素「利用の目的および性質」に対応する「『非享受目的』に該当するか」だが、文化庁は図表5のとおり、「主たる目的が非享受目的であっても享受目的が併存しているような場合は、30条の4は適用されない」としている。

拙稿「米地裁 生成AIの著作権侵害訴訟に初の注目すべき判決」のとおり、パロディにフェアユースを認めた1994年の最高裁キャンベル判決に端を発する。このことからもうかがえるように享受目的の利用も当然含まれるので、享受目的が少しでもあるような利用行為には適用されないとする30条の4より適用範囲は広い。

元裁判官の高部眞規子弁護士も以下のように指摘する(2024年3月19日 文化審議会著作権分科会議事録より)。

今の条文は、情報解析というものを30条の4の第2号で、享受し又は享受させることを目的としない場合の例示として挙げています。そのような条文構造からは、情報解析に当たるとしながら享受目的が併存するので30条の4に当たらないという説明の仕方というのは、ちょっと難しいような気がいたします。

必要と認められる限度という、別の要件のところを考えるとか、あるいは、そもそも情報解析に当たらないという場合もあるのかもしれませんけれども、そういったことも今後考えていっていいと思いますし、著作権者の利益を不当に害するかどうかというただし書の要件を非常に狭く解釈すべきだというような説明の仕方も、いまだ判例があるわけではないので、もう少し自由な考え方が今後出されてもいいのかなというふうに感じました。

享受目的が少しでもあれば、30条の4は適用されないとする文化庁の見解は、技術面、資金面で米国や中国に太刀打ちできない日本の生成AI事業者を法制度面でも縛ることになり、競争上不利な立場に追いやりかねない。

30条の4に対しては、最近でも新聞協会が「生成AIにおける報道コンテンツの無断利用等に関する声明」で著作権法改正を要望している。こうした権利者の要望に対して、文化庁の「AI と著作権に関する考え方について」42頁は以下のようにまとめている。

本考え方は、その公表の時点における、AI と著作権に関する本小委員会としての考え方を
示すものであり、現時点において直ちに著作権法の改正を行うべきといった立法論をその内
容とするものではないが、今後も、特に以下のような点を含め、引き続き情報の把握・収集に努め、必要に応じて本考え方の見直し等の必要な検討を行っていくこととする。
① AI の開発や利用によって生じた著作権侵害の事例・被疑事例
② AI 及び関連技術の発展状況
③ 諸外国における AI と著作権に関する検討状況

特に情報収集に努める三点の①で著作権侵害の事例をあげている。また、③に関連して、拙稿「米地裁 生成AIの著作権侵害訴訟に初の注目すべき判決」で紹介した判決はまだ陪審の審理待ちだが、その行方も目が離せない。

権利者の利益代表委員が7割以上を占める文化審議会著作権分科会の委員構成

過去2度にわたって検討されたにもかかわらず、日本版フェアユースが道半ばな理由の一つに著作権改正を検討する文化審議会著作権分科会のメンバー構成がある。

図表6のとおり、特許、商標、意匠、営業秘密などを扱う経済産業省の産業構造審議会知的財産分科会のメンバー構成と比較すると、各種団体委員の割合が知的財産分科会の1人だけだが、著作権分科会は半数以上(26人中14人)を占めていることが分かる。

その14人中、全国消費者団体連絡会を除く13人は権利者団体が占めている。民間企業の1人もアーチストなので、これに権利者でもあるマスコミの3人を加えると何と26人中19人と7割以上が権利者の利益代表委員で占められている。

産業構造審議会知的財産分科会の方は、民間企業8人は特許を保有している権利者としてこれに各種団体(日本弁理士会)の1人を加えても18人中9人と半数にすぎない。これと比較しても文化審議会著作権分科会の委員構成の偏向ぶりは際立っている。

さらに問題なのは、著作権法の目的は保護と利用をバランスさせて文化の発展に寄与することにあるが(著作権法第1条)、利用者の利益代表委員が一般財団法人日本消費者協会理事の委員の一人しかいない。

図表6 知財関連審議会の委員構成

山田奨治『日本の著作権はなぜこんなに厳しいのか』(人文書院)によると、1990年以降、2007年までの著作権法の大きな改正のうち、視聴覚障がい者、放送事業者、学校など権利団体以外が利益を得られる法改正は2001年、2003年、2004年の3回の改正と2007年の改正の一部。残る7回の改正と2007年の改正の一部は権利団体が利益を得られるようにするための改正だった。

この数字だけでも、日本の著作権法は権利団体に優位に働いていることがわかる。

筆者も「国破れて著作権法あり」のあとがきで以下のように指摘した。

インターネットというたった一つの技術革新に乗り遅れたことが日本経済の停滞を招いている。その原因の一つに日本の厳しい著作権法があげられる。(途中略)わが国の著作権法は、本文でも紹介した学者やネットビジネスの先人たちが指摘するように複製が前提のインターネットで、複製には許諾が必要な原則を貫こうとしている。

著作物をインターネットで公衆に送信する際、著作権者の許諾を必要とする「公衆送信権」を世界ではじめて導入したのも日本である。当時、文化庁は「解説/「著作権法の一部を改正する法律」について–『インタラクテイブ送信』について世界最先端を維持した日本の著作権法」(コピライト 1997年7月号)と鼻高々だった。

こうした利用には許諾を必要とする原則を貫こうとするアナログ時代の著作権法への執着が裏目に出てデジタルネット時代への対応が遅れた。

フェアユース導入国のGDP成長率と著作権法担当官庁

フェアユースは米国ではベンチャー企業の資本金とよばれるように、グーグルをはじめとしたシリコンバレーのIT企業の躍進に貢献した。米国に習いフェアユースを導入した国のGDP成長率と著作権法担当官庁を図表7にまとめた。

それによると、成長率はいずれも日本より高く、米国と韓国以外は著作権法だけでなく特許、商標などの産業財産権を含めた知的財産権を同一の官庁が所管していることが判明する。

以上の理由で、日本経済を牽引する基幹産業・成長産業であるコンテンツをめぐる政策を一元的な司令塔で担うコンテンツ省(庁)の新設を急ぐべきである。