スウェーデンのノースボルトという車載電池会社が負債総額約9000億円で破綻しました。日本の一般紙ではほとんど報じられていないと思いますが、この破綻はいろいろな意味合いを持っているように感じますので皆さんとシェアしたいと思います。
ノースボルトはリチウム電池をベースにした車載電池メーカーとしてテスラにいた技術者2人が2015年にスウェーデンで起業したもので基本的には「打倒テスラ」の意志をもってスタートしています。この事業に賛同したのがフォルクスワーゲンとゴールドマンサックス、BMWのほかにデンマークの年金基金やスウェーデン最大の保険会社など主要企業群を相当数が絡んでいました。
会社の戦略としては欧州ラインと北米ラインで双方にリチウム電池を提供するための工場を急速な勢いで作り上げていたのです。ところが肝心の電池がうまく作れないのです。私が見る限りこのテスラ出身の2人の技術者は資金調達とぶち上げ話と工場は作れたのにその中身がさっぱりついて行かなかったということになります。
このイケイケどんどんの会社を躓かせたのはBMW。「お宅、2024年に電池供給できるといったよね。だけど、全然その見込み、ないよね。よって購入契約は破棄です」と契約打ち切りをした6月から崩れるように組織がガタガタになります。夏ごろから社内からも「ヤバいかも」という声が出始め、それが現実のものになったというのがストーリーです。一応、再建案をもとに来年の春には再生したいとしており、経営陣を入れ替えて出直しをするとみられています。
私が不思議だと思ったのは全個体電池ではなくリチウム電池でなぜプロダクションができなかったのかであります。最新のレベルでなければ生産ラインは作れたように思えます。もちろん、それでクライアントであるBMWやVWが喜んだかどうかは別ですが。
ただ最近のリチウム電池は性能がひところに比べてはるかに向上しており、エネルギー密度の競争になっています。テスラが主導する次期リチウム電池4680型は密度が従来の5倍になっており、6倍の出力と16%の航続距離改善が見込まれています。この4680型電池の量産にこぎつけたのがパナソニックでそろそろ出荷ではないかと思います。
また全個体電池についてもトヨタ/出光グループが2027年から28年頃から搭載、ホンダ、日産も28年から30年にかけて搭載開始を発表しています。中国も太藍新能源社が長安汽車と組んで無隔膜全個体電池を27年に出すことを打ち出しています。VWが出資するアメリカのクアンタムスケープ社もそろそろ進捗のアナウンスがあっても良い頃です。韓国サムスン、LGも競合相手でしょう。つまり世界で電池の支配権をめぐり、過激な戦いが展開されているのであります。その数世界には80社以上あるとされています。
ではEVの売れ行きが一時ほどではない現状でそれらの電池メーカーの勝算はあるのでしょうか?
当然淘汰はされるものの一定の市場はあります。まず、テスラが展開するサイバーキャブがこれから5年ぐらいの間に普及してくればそれらに積み込む電池の需要は当然あります。EVの好き嫌いは個人の感性の問題ですが、サイバーキャブのように一種のインフラとなってしまえばそれは利用者の好みとは関係ないわけで政府や企業の後押し次第になります。
もう一つは電動垂直離着陸機(eVTOL)です。この夢のような空飛ぶクルマは案外実現するのがさほど遠くないところにあります。アイディアとしてはウーバーのような配車サービスで近くの離着陸場に行き、このeVTOLに乗り換え、空を一気に駆け巡り、目的地そばの離着陸場に到着、そこから先は再び配車サービスを使うというもの。いつ実現するかと言われれれば26年にも始まるとされています。当然この離着陸機は電動ですので電池がいります。航続距離は各社現状で概ね150キロ程度ですので中距離の移動にはもってこいということになります。時速は250-300㌔程度ですから新幹線並みです。
つまり電池の需要はありますが激しい競争で優勝劣敗が進むわけです。では私がこの倒産劇に注目したのはなぜか、といえば欧州の自動車産業は大丈夫か、という懸念なのであります。ご承知の通りVWは経営不振で組合と激しい交渉になっています。BMWもメルセデスなどドイツ勢をはじめステランティスやルノーなど欧州全般に自動車販売が苦しい状況にあります。
その背景の一つに欧州が自らが高すぎる理念を掲げ企業に対して過大なるコンプライアンスとガバナンスへの負荷をかけていることは大きいとみています。例えば25年から始まるCSRDと称する非財務情報の開示義務は従業員250人売上約80億店程度の企業全てが対象でその開示項目は1000以上あるとされます。一種のサステナビリティに関する開示ですが、企業が企業活動だけに集中できた数十年前に比べ欧州ではEUという良いところどりの理念先行型の集合体が企業の体力を奪いつつあることに欧州はいまだに気がついていないとも言えるのです。
欧州企業の低落は中国企業を利するのは当然でしょう。私は「欧州の病人」と言われた1990年の東西ドイツ統合後のドイツの不況が全欧州ベースに広がるのではないかと懸念しています。これが不治の病にならなければよいと思いますが、欧州は事業がやりにくいところというのがこの10年以上にみられる傾向です。そのような環境の中で世界的な競争力を持つ企業と技術が果たして生まれるのか、最近は欧州発のめぼしい話をとんと聞かなくなったなというのが本日の結論です。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2024年11月29日の記事より転載させていただきました。