聖職者の性的虐待事件と「時効」の壁

ドイツのローマ・カトリック教会アーヘン司教区で今月18日夜(現地時間)、同司教区が聖職者の性犯罪に関連した慰謝料請求訴訟2件の「時効」を主張し、それが認められたことに抗議して約400人がデモを行った。抗議イベントには、カトリック信徒の代表機関である教区評議会や複数のカトリック団体が支援を表明した。アーヘン司教区からはヘルムート・ディーザー司教も参加し、教会側の立場を説明した。アーヘン地方裁判所は今年7月、聖職者に性的虐待を受けた被害者2人による訴えを棄却した。2人の原告は控訴を予定しており、ケルン高等裁判所に訴訟費用の援助を申請中だ。

ドイツのノルトライン=ヴェストファーレン州のアーヘンにある大聖堂(バチカンニュース2024年11月19日から)

同抗議デモを報じたバチカンニュース(独語版)によると、被害者評議会のマンフレッド・シュミッツ氏は、「司教区が長年にわたり公務上の責任を否定してきた。今になって、慰謝料請求には時効が成立していると言うのはおかしい」と批判し、被害者との裁判外での交渉を求めた。教区評議会のアニータ・ツケット=デブール氏は、司教区の意思決定者に対し、被害者の声にもっと耳を傾けるよう要求した。また、ドイツカトリック女性連盟(kfd)の代表者は「司教区の指導部は被害者よりも金銭の問題を優先しているように見える」と述べた。

一方、ドイツ司教会議の虐待問題担当者でもあるディーザー司教は、週末に司教区が裁判で取った行動を擁護し、「司教区としては、慰謝料請求訴訟について個別に検討する必要がある。今回の2件については、財務委員会と司教座聖堂参事会の2つの組織の決定を考慮しなければならなかった。すなわち、10万ユーロ以上の慰謝料を含む法的取引において、司教としてこれらの助言に従う義務があるからだ」と説明している。聖職者の性犯罪への賠償請求で財政危機に陥る教会が出てきている。訴訟社会の米国では破産する教会が後を絶たない。

一方、アーヘン司教区の性的暴力独立調査委員会(UAK)議長で社会学者のトーマス・クロン教授は、司教区の委員会を批判、「被害者たちは、長い間虐待について語ることができなかったため、十分な時間があったとは言えない」と指摘した。また、ボンの教会法学者ノルベルト・リューデケ氏も司教区を批判し、「隠蔽によって長期間にわたって真相解明を遅らせた組織が、今度は『終止符』を打とうとする戦術で責任から逃れようとしている」と述べている。

聖職者の未成年者への性的虐待事件では、カトリック教会側は久しく沈黙し、事件の当事者の聖職者を人事という形で移動するなど隠蔽工作をしてきた。欧州最大のカトリック教国、フランスで1950年から2020年の70年間、少なくとも3000人の聖職者、神父、修道院関係者が約21万6000人の未成年者への性的虐待を行っていたことが明らかになった。教会関連内の施設で、学校教師、寄宿舎関係者や一般信者による性犯罪件数を加えると、被害者総数は約33万人に上るというのだ。その際、教会側の「告解の守秘義務」が事件の解明にとって大きな障害となってきたことが明らかになり、「告解の守秘義務」の見直しを要求する声が聞かれ出した(「聖職者の性犯罪と『告白の守秘義務』」2021年10月18日参考)。

ちなみに、ローマ・カトリック教会の「告解の守秘義務(Seal of Confession)」は、信者が神父に告白した内容を秘密にする義務であり、13世紀初頭、第4ラテラン公会議(1215年)で正式に施行された。1983年に改訂された現行の教会法典(カノン法)でも、告解における守秘義務が明記されており、神父がこれを破ることは聖職剥奪の対象となる。

ところで、アーヘン司教区の場合、「聖職者の守秘義務」問題だけではなく、「時効」(Statute of Limitations)という新たな法的な障害が表面化してきたわけだ。「時効」という制度は古代ローマ法に端を発している。ローマ法では、「所有権時効」や「刑事時効」といった概念が存在。一定期間、財産に対する権利を主張しない場合、その権利が失われる。刑事事件においても、時間の経過により訴追や処罰が困難になるという理由から、一定の期間を設ける考え方が生まれたという。この時効制度は現代まで継承されてきている。

ドイツにおける性犯罪の時効期間は、犯罪の種類や重さ、被害者の年齢に応じて異なる。軽度の性犯罪(性的嫌がらせなど)は通常3~5年で、性的暴行(強姦や性的虐待など)は10~20年となっている。特に未成年者に対する性犯罪の場合、時効の開始は、被害者が30歳に達するまで延期される。特に重大な強姦事件などでは、時効は20年以上となる場合もある。ドイツでは2015年に法改正が行われ、未成年者への性犯罪の時効期間が延長された。性犯罪における時効は多くの議論を呼んでおり、被害者が事件について話すまでに時間がかかる場合が多いことから、時効撤廃やさらなる延長を求める声も上がっている。

フランス教会の聖職者の性犯罪問題が報じられた時、エリック・ド・ムーラン=ビューフォート大司教が2021年10月6日、ツイッターで、「教会の告白の守秘義務はフランス共和国の法よりも上位に位置する」と述べたことが伝わると、聖職者の性犯罪の犠牲者ばかりか、各方面の有識者からもブーイングが起きた。同じように、アーヘン司教区の財務委員会のクリストフ・ヴェレンス氏が「時効の主張は、もはや立証できない請求から司教区を守るためのものだ」と説明し、「原告たちは高齢で、請求を適時に行う十分な時間があったはずだ」と述べた時、デモ参加者たちは笛を吹いて抗議した。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年11月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。