欧州連合(EU)の各国大使は11日、ウクライナで戦争を繰り広げるロシアに対して新たな経済制裁を決めた。16日のEU外相会議で正式に承認されればEUの15番目の対ロシア制裁となる。今回の対象は、ロシアが制裁を回避して石油取引を行うために利用している「影の船団」と、ロシア向けに無人機(ドローン)製造している中国企業。ロイター通信によると、発効すれば30近くの団体、50人を超える個人、45隻のタンカーに適用される。
ところで、12月に入り、ロシアを取り巻く政治・経済情勢は一段と厳しくなってきている。EUの対ロシア制裁だけではない。ガスプロム銀行に対する米国の新たな制裁を受けてロシア通貨ルーブルは暴落し、国民経済は更に深刻となってきた。また、ロシアの中東拠点であったシリアで半世紀以上独裁政治をしてきたアサド政権が反体制派の武装蜂起で12日間で崩壊し、アサド大統領は家族と共にモスクワに逃げてきたばかりだ。それだけではない。ロシアの官製メディアは連日、ロシア軍のウクライナ戦争での戦果を大々的に報じているが、ウクライナ戦争でのロシア側の人的損失は大きく、ロシア国防省内でもプーチン大統領の戦争指導に疑問を呈する声が聞かれてきた、等々の難題がプーチン大統領に迫ってきているのだ。
ドイツ民間放送ニュース専門局ntvのコラムニスト、ヴォルフラム・ヴァイマー記者は好評のコラム欄で「プーチン氏は敗者のように見える」と書いている。その理由は、中東の唯一の拠点であったシリアでロシアが支援してきたアサド政権が崩壊したことによるダメージだ。
特に、タルトゥース海軍基地は、ロシアが1971年にシリア政府と協定を結び、ソ連時代から使用している地中海沿岸の補給基地だ。2017年には、ロシアとシリアの間で条約が結ばれ、基地の長期使用権が認められた。ロシアにとって唯一の地中海海域における海軍基地であり、戦略的な価値が極めて高い。潜水艦やフリゲート艦などが定期的に寄港し、補給・修理を行ってきた。ロシア海軍が中東や北アフリカで影響力を行使するための足場となってきた。
また、2015年以来、ロシアが支援してきたシリアを軍事大国を自負するロシアが救助できなかったことから、プーチン氏の名誉と威信が大きく傷ついたばかりか、ロシアは頼りにならない、ロシアは弱し、といったイメージが軍事大国ロシアの管轄下にあった国、地域に広がってきているのだ(「シリア政府軍保有の化学兵器は大丈夫?」2024年12月10日参考)。
アサド大統領の失脚により、ロシアの地政学的な立場は劇的に弱まったことは間違いない。世界は、ロシアがその数少ない支持者すら守ることができない、という現実を目撃した。
ロシアの弱体化のイメージは、ジョージア(グルジア)や国内のイスラム系地域、特にダゲスタンなどで見られる。実際、ダゲスタンでは騒乱が発生しており、イスラム系反政府グループがシリアでの出来事に触発され、モスクワに挑戦する動きを見せている。‘ロシアは恐れるに足りぬ’といった雰囲気がそれらの国や地域でロシア離れを加速化する気配が見られるのだ。プーチン氏にとって情況は危険水位に入ってきているのだ。
ロシアが窮地のアサド政権を支援できなかったことについて、欧米メディアは「ウクライナ戦争で兵力も武器も投入してきたロシアはシリアを軍事支援できる余裕がないからだ」と受け取っている。
肝心のウクライナ戦争では、ロシアがウクライナ東部・南部で快進撃を続け、領土を奪っているというニュースがクレムリンから流れてくるが、ヴァイマー記者は「ロシア軍はゆっくりと、しかし着実に前進しているが、自軍の損失は驚くほど多く、戦況は厳しい。軍事ブロガーたちは『巨大な人的損耗の肉挽き機』と形容し、軍の指揮部がわずかな領土のために驚くべき数の兵士を犠牲にしている」と報告している。ロシア軍はウクライナ軍をクルスク州から追っ払うことすら出来ない。その責任をとって現地の司令官が更迭されたばかりだ。
クレムリンからウクライナとの停戦交渉に応じることを示唆する情報が流れてきているが、これはロシアのトランプ次期米大統領の再登場を予想した戦略的な対応策だけではなく、ロシア軍の台所事情が無視できないからだ。
欧米諸国の対ロシア経済制裁について、「効果がない」から「ロシアは制裁の影響が出来てきた」まで、さまざまな情報が流れているが、ヴァイマー記者は「ガスプロム銀行に対するアメリカの新たな制裁でルーブルは暴落。ルーブルは大きく下落し、現在では最弱通貨の一つに数えられている。プーチンの戦時経済とロシアの財政が深刻な圧力下にあることが明白になってきた。ロシア国内の不満は急速に高まっている。主要な政策金利はすでに21%に達しており、さらに上昇する可能性がある。民間企業の投資はほぼ停止状態だ。このため国内では不満が高まり、ロシア産業家・企業家連合(RSPP)は危機的な財政状況を公然と批判してきた」と解説し、「プーチン氏の暗黒の12月」と記している。
当方は「プーチン氏の『気が滅入る12月」という見出しをコラムにつけた。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年12月13日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。