アサド政権崩壊後のシリアの近況

シリアで半世紀余り続いたアサド父子2代の独裁政権が今月8日崩壊し、主要な反体制派勢力「シャーム解放機構」(HTS)が主導となった暫定政権が10日、発足し、急テンポで内戦からの復興に取り組みだした。HTSの指導者ジョウラニ氏によると、暫定政権を率いるムハンマド・バシル氏は来年3月1日までシリアの再構築に乗り出す。一方、欧米諸国はバシル暫定政権が民主国家を建設する意向があるかで依然懐疑的だ。一方、国連シリア問題担当のゲイル・ペダーセン特使や欧州連合(EU)のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長はアサド時代の対シリア制裁の段階的解除を要求、シリアの民主化を支援する意向を表明している。

中東で影響力を拡大するトルコのエルドアン大統領(左)と中東の拠点シリアを失ったロシアのプーチン大統領(2022年8月5日、クレムリン公式サイトから)

HTSの指導者ジョウラニ氏は、BBCのインタビューで、シリアに対する制裁解除を求め、「制裁は旧政権に向けられたものであり、被害者と加害者が同じように扱われるべきではない」と述べている。同氏は、HTSがテロ組織ではないと主張し、シリアを「第二のアフガニスタン」にする意図はないと強調、「女性の教育の重要性を信じており、一部の大学では女性の学生数が男性を上回っている」と述べている。

一方、国連安保理は17日、アサド政権が崩壊し、暫定政府が発足したシリアについて、シリアの主権や領土保全の原則を尊重するよう各国に求めた報道機関向け声明を出し、円滑な政権移行の実現を訴えた。ペダーセン国連シリア特使は「アサド政権崩壊後も紛争は終わっていない」と語り、シリア北部でトルコが支援する勢力とクルド人勢力間で武装衝突が発生していると指摘。同時に、イスラエルに対しては占領下のゴラン高原での入植活動の全面停止を求めた。

アサド政権の独裁から避難してきた海外のシリア国民の帰還の動きはまだ緩やかだが始まっている。イスタンブールからの情報によると、トルコに避難していたシリア難民が毎日、1500人程度がシリアに戻っているという。ちなみに、トルコでは約350万人のシリア難民が収容されている。また、2015年の中東・北アフリカからの大量難民の欧州殺到で100万人余りの難民を収容したドイツでは国内のシリア難民の帰還問題が浮上している。ただし、ショルツ連立政権が崩壊し、来年2月23日に連邦議会選を実施することになっており、ドイツとしては公式のシリア政策を確立してシリア難民の帰還を推し進める状況ではない。ドイツの最大の野党「キリスト教民主同盟」(CDU)からは、国に戻るシリア難民には1000ユーロの支援金を提供する話が出ている。他の欧州ではシリア情勢を観て、現時点では「難民の帰還、強制送還は時期尚早」という判断を下している国が多い。

トルコのエルドアン大統領は17日、EUのフォン・デア・ライエン委員長と会談し、EUと連携してシリア難民の帰還を支援することで合意、EU側からはトルコに難民支援を援助することを申し出ている。なお、トルコはアサド政権の崩壊後、シリアの復興に積極的に関与する姿勢を見せるなど、中東での戦略的地位強化に乗り出している。ただし、シリア北東部では米国が支援するクルド系勢力「シリア民主軍」(SDF)とトルコ側との武装衝突が生じるなど、状況は依然不安定だ。トルコはシリア国内のクルド系武装組織をテロ組織に指定している。

アサド政権時代、シリア政府を支援してきたロシアはアサド大統領がモスクワに政治亡命したことを受け、シリア国内の空軍と海軍拠点の移転を進めている。ロシアは2015年以来、シリア内戦に関与し、アサド政権を支援してきた。その代わりに、ロシアはシリアにフメイミム空軍基地(Khmeimim Air Base)と地中海沿岸にはタルトゥース海軍基地(Tartus Naval Base)を持っている。中東やアフリカ、地中海への戦略的な影響力を確保する要石として重要視されてきた。これらの拠点は、部隊や傭兵、武器の輸送拠点としても機能してきた。外電によると、ロシアはシリアから防空システムやその他の武器を撤収させている。これらの装備の一部は、反政府派指導者、「リビア国民軍」を率いるハリファ・ハフタル氏が支配する東リビアに移動されたという。

欧米の情報機関筋は、ロシアのプーチン大統領が東リビアの支配者ハフタル氏を利用して地域での影響力を維持しようとしている、と受け取っている。ハフタル氏は過去、数年間にわたりクレムリンから支援を受けてきた。リビアは長年の独裁者ムアンマル・アル=カダフィが失脚・死亡して以来、混乱に陥り、国は西部のトリポリ政府と東部のハフタル氏率いる勢力の間で分裂している。ロシアはハフタル氏を通じてトブルク港への優先的なアクセスを得る可能性もあるという。なお、リビアにはロシアの民間軍事会社「ワグナー・グループ」の傭兵が数千人いる。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年12月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。