ウクライナ戦争、「もっと早くに停戦」はできたのか?

12/20(金)に論壇チャンネル「ことのは」で、細谷雄一先生との対談の後半が公開されました。前半は以下(参照用の年表もあり)から飛べるとおり無料公開でしたが、後半は有料会員限定で、リンクはこちら

ウクライナ戦争、「西側」はどこで間違えたのか?|Yonaha Jun
論壇チャンネル「ことのは」にて、12月13日(金)の20時より、細谷雄一先生との対談「ウクライナ戦争、『専門家』は間違えたのか?」を配信します。全2回の前半で、どなたでも視聴可能。 後半は20日に公開の予定で、そちらは有料会員限定となります。ざっくり紹介すると、前半のテーマはウクライナ戦争は「なぜ起きたのか?」、...

2022年の2月にロシアが侵攻して始まり、このまま続けばまもなく4年目に入ってしまうウクライナ戦争。「途中でやめる停戦の機会はなかったのか?」が、ずばり後半のテーマです。

一時は「停戦を勧めるのは親露派!」に染まった日本のSNSも、いまや様変わりが激しいようで……(ちなみにこの理屈、「話しあいを勧めるのも二次加害!」と同じですね)。

左右とも12月16日

分岐点として、議論で採り上げるのは22年3月29日からトルコのイスタンブルで開かれた和平交渉。ロシア軍はキーウ攻略に失敗し撤退を始め、戦況がウクライナに有利なタイミングでした。

戦史として定評のある小泉悠氏の『ウクライナ戦争』(22年12月刊)でも、このとき高まった和平の機運はこう描かれています。

重要なのはロシア側がこれ〔和平案〕を一概に否定しなかったことである。ロシアの交渉団を率いるウラジミール・メディンスキー大統領補佐官はウクライナ側の提案を「検討する」と述べ、本国へ持ち帰る意向を示した。

……ウクライナの示した合意案には「中立化」の文言はあっても、「非武装化」は含まれていなかったことも注目に値しよう。〔ウクライナ側の団長の〕アラハミヤは、ウクライナは非武装中立になるのではなく、イスラエルやスイスのように独自の軍隊と動員予備力を持った重武装中立国を目指すと強調しており、仮にロシアがこの点を呑むならば、やはり一定の進展と見なすことができたはずである。

第4回交渉で特筆される最後の点は、議題の中に「非ナチ化」(プーチンが2月24日のビデオ演説で述べたもの)が含まれなかったことである。これもまた、ロシアがゼレンシキー政権の退陣とそれに続く傀儡政権の樹立という目標を後退させたことを示すように見えた。

133-4頁(強調は引用者)

後に報じられたところでは、実際の和平案はウクライナにとって、さらに有利なものだった可能性があります。対談でも言及する、本年1月5日の共同通信の報道にはこうあります。

平和への最大のチャンス、ウクライナ和平合意を壊したのは誰か 交渉当事者から新証言相次ぐ 「ロシアを追い詰めろ」が生んだ悲劇 | 47NEWS
長期戦の様相を呈し終わりの兆しの見えないロシアのウクライナ侵攻。しかし、開戦直後の2022年3月、双...

米国家安全保障会議(NSC)の欧州ロシア担当上級部長を務めたフィオナ・ヒル氏らは米外交専門誌フォーリン・アフェアーズで、ロシア、ウクライナ両国は(1)ロシア軍が侵攻前の地点まで撤兵(2)ウクライナはNATO加盟放棄を約束(3)NATO加盟の代わりとして、関係国により今後の安全を保障される―ことを柱とした和平合意で暫定合意していたことを明らかにした。先のウクライナ提案を基にした合意とみられる。

そうだったの? 侵攻以前の国境線まで回復できるなら(ただし、2014年に併合されたクリミアは別扱い)、これ以上の和平条件はないのでは。

なぜそれが流れたのか。イスタンブルでの和平案は有力な諸外国がウクライナの安全を保障し、もしロシアが再侵攻するなら「今度こそ」本気で防衛するという内容のため、ウクライナ単独では調印しても意味がありません。

ウクライナ側の交渉団を率いたアラハミヤが、後に証言したところでは――

同氏はさらに「ロシアが合意を100パーセント守るとの確信がなかった」とした後、直後にジョンソン英首相(当時)がキーウを訪問し「英国はロシアとどんな合意も調印する気はない。共にロシアと戦おう」と主張したことが交渉崩壊の一因だったことを明らかにした。さらに「複数の西側同盟国が(NATO加盟とは異なる)一時的な安全保障に合意しないよう」ウクライナに助言したとも語った。
(中 略)
ウクライナ紙「ウクラインスカ・プラウダ」は2022年5月5日、ジョンソン氏がゼレンスキー大統領に「プーチン大統領は戦争犯罪者であり、交渉相手ではない」「もしウクライナがプーチン氏と安全保障文書で署名するつもりでも、西側はしない」とのメッセージを伝えたと報じていたが、今回のアラハミア氏の発言はこうした報道を裏付けるものとして注目された。

上記、共同通信(2024.1.5)より

ジョンソンのキーウ電撃訪問(西側の主要国で初)は、2022年の4月9日。当時はウクライナを鼓舞するものとして賞賛されましたが、実際にはそれが、同国の地獄の扉を開けたのかもしれません。

そもそもジョンソンは、EU離脱の強硬論者として名を上げ、首相の座を手にした人のはず。「英国は独自の道を行くから、欧州なんてどうでもいいよ」と掲げてきた政治家が、なぜウクライナに関しては突出して戦争にコミットし、「勝手にロシアと合意しないでね」と口を挟んだのか?

同じく共同通信より

イギリス政治をいちばんのご専門とする細谷さんから、あまり報じられないジョンソンの実像と、英国史に照らしての考察が語られます。ぜひ、「ことのは」に入会しての視聴をご検討ください。

ご存じのとおり来月からは、和平に最大の影響力を持つ米国の指導者がトランプに替わり、それを見越した予備交渉も始まりました。先日のトランプ・マクロン(仏)・ゼレンスキーの3者協議に対しての、ロシア政府のコメントは以下のとおり。

長く忘れてきた過去が、消え去らずに戻ってこようとしている。歴史の書き直しが迫っています。

ロシア報道官「交渉拒んでいるのはウクライナ」 トランプ氏投稿受け | 毎日新聞
 ロシアのペスコフ大統領報道官は8日、トランプ米次期大統領が、マクロン仏大統領やウクライナのゼレンスキー大統領との会談後にソーシャルメディアに投稿した内容について注意深く精査したとし、ロシアはウクライナを巡る交渉に前向きだと強調した。タス通信が報じた。

ロシアのペスコフ大統領報道官は8日、……「交渉を拒み続けているのはウクライナだ」と主張。和平に向かうには、ゼレンスキー氏が、2022年3月にトルコ・イスタンブールでの交渉で示された停戦合意案に基づき「『現地の現実』を考慮した対話について指示するだけで十分だ」と、ロシア側の従来の主張を繰り返した。

毎日新聞(2024.12.9)

参考記事:

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想定を超えるトランプの圧勝以来、例によってネットでは「予想を外した」マスコミへの冷笑が盛り上がっている。 嗤われても仕方ない面はあって、そもそも対立候補が弱々しいバイデンだった時期、日本のメディアは「ほぼトラ」「確トラ」などと言って遊んでいた。ところが7月に候補が替わるや「ハリス推し」が始まり、彼女が次第に勢いを失っ...
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あまり知られていないが、ヘッダーの左の本の著者は私の指導教員である。専門が明治維新史なので、実は私も博士論文は「実証的」な明治史だった(笑)。かつ琉球処分という「領土の併合」を国際関係史の立場で研究したので、ウクライナでいま起きている問題にも関心を持ってきた。 開戦から2か月強の時点で、「はっきり勝ち負けをつける」形...

編集部より:この記事は與那覇潤氏のnote 2024年12月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は與那覇潤氏のnoteをご覧ください