トランプ次期政権の世界戦略とは(古森 義久)

トランプ氏HPより

顧問・麗澤大学特別教授 古森 義久

新しい年2025年の国際情勢の焦点はやはりアメリカのドナルド・トランプ新政権となるだろう。民主党候補との選挙戦に圧勝して、アメリカ国民多数派の信託を得たトランプ氏は新年の1月20日にアメリカ合衆国第47代目の大統領に就任する。トランプ氏はすでに2017年1月からの4年間、大統領を務めたから、ホワイトハウスからの統治は2度目、つまり第2期のトランプ政権の登場となる。

さてトランプ氏はアメリカの内政についてはすでにいくつかの公約を明示した。バイデン政権下で膨れ上がったバブル経済の是正、とくに高インフレ率の抑制の施策をまず掲げる。同時に異様に膨張した不法入国者の大量の本国送還である。少なくとも1,100万とされるバイデン政権下での不法入国者の国外への強制送還は当然ながら国家を挙げての大事業となる。

その他、トランプ次期政権は本来、信奉する保守主義の「小さな政府」路線に従い、連邦政府の縮小による効率化、規制の緩和と撤廃などを大胆に進めるだろう。民主党リベラル派のバイデン政権の施策を全面改変するほどの勢いとなることは確実である。アメリカの内政は大きく変わるのだ。

では、トランプ政権の対外政策はどうなるのか。国内政策の方針ほどは明確になっていない。だがトランプ陣営の世界戦略の基本はこれまでの選挙戦中にも明らかにされていた。トランプ氏自身が密着して、政策形成の場とした「アメリカ第一政策研究所(AFPI)」の対外政策発表などがその最有力の根拠となる。

同時にトランプ氏自身が選挙キャンペーン中の各地の集会などで対外政策についても語ってきた。その発言を集め、さらにAFPIの発表政策を合わせると、かなり明快な新トランプ国際戦略の大枠が浮かびあがる。以下、その内容を報告しよう。トランプ大統領の新世界戦略を便宜上、7つの柱に分けて、その特徴を明らかにしたい。

まず第1は「力による平和」の維持策である。

「力」とは総合的な強さだが、主体はやはり軍事力となる。トランプ氏自身、第1期の大統領時代には中国との戦争を防ぐ最善の方法として「中国と戦争をしても確実に勝つという能力を持つことが対中戦争を防ぐベストの方法となる」と明言していた。国家防衛戦略のなかでも明確な言明だった。

その姿勢の土台となるのは、「強い軍事力があってこそ平和が保たれる」という抑止政策である。同時にトランプ氏が一貫して唱える「強いアメリカ」という概念が重視される。その結果、国防予算が大幅かつ着実に増加される。この点は軍事忌避の傾向があるバイデン政権とは対照的である。なにしろバイデン政権の最新の国防予算は前年比1%増、トランプ前政権では一貫して10数%の増加だった。

第2には主権と国益の重視である。

この点は概念と実務の両方でアメリカという国家の利害、さらには独自の主権が強調されるだろう。概念というのはトランプ氏が常に主張する「アメリカ第一(America First)」という標語に象徴される。なにがあっても自国の国民の福祉や利益、自国の繁栄、安定、そして国益を優先する。いわば程度の差こそあれ、どの国家でも自然に履行されている原則である。「自国の利益よりも他国の利益を優先する」という政府や政治指導者がどこの国にいるだろうか。

この国益優先の実務というのは、トランプ政権がそのために実際に採用する施策のことである。トランプ次期大統領はカナダやメキシコという隣国、本来なら友好国にも特別な関税をかける方針を発表した。一見、乱暴な措置だが、その理由はアメリカ国内への麻薬性鎮痛剤「フェンタニル」の密輸入を防ぐことだった。自国の主権のどぎついまでの主張だといえる。

第3は他国への選別的な軍事介入である。

トランプ陣営はAFPIの発表政策では対外的な軍事介入は慎重にすると強調しながらも、「アメリカの国民が殺傷された場合、さらにはアメリカの国益が明確に侵害された場合には軍事力での行使による介入を躊躇わない」と述べている。ただし単に民主主義の拡散や人権の保護という普遍的、あるいは抽象的な目的のためには対外介入はしないと強調する。

この種の選別的な軍事介入としては第1期トランプ政権のシリアのアサド政権の化学兵器使用に対するミサイル攻撃での制裁やイランの革命防衛隊のスレイマン司令官のイラクでの殺害という実例がすでにある。前者は大量破壊兵器の使用という国際規範の重大違反、後者はアメリカ国民の殺傷への制裁だとされていた。トランプ政権はイスラム原理主義のテロ組織「イスラム国」(IS)を武力で壊滅した実例もある。

第4は中国を最大の脅威とみての強固な抑止策である。

トランプ政権は第1次の発足時から中国こそがアメリカにとって、そしてアメリカ主導の国際秩序にとって最大の脅威と見做し、強い対決と封じ込めの戦略を発表した。

「オバマ政権にいたるそれまでの歴代アメリカ政権の対中関与政策は失敗だった」と宣言した。その結果として軍事面では中国の大軍拡を抑える目的での国防予算の大増額を開始した。中国への抑止効果の大きい潜水艦発射の中距離核巡航ミサイルの開発にも踏みきった。経済面では中国の全面的な切り離し(ディカップリング)を唱えるにいたった。

バイデン政権はこの間、トランプ前政権の強固な対中政策のいくつかの部分を継承しながらも、軍事面などではソフトな姿勢を保った。中国との競合を唱えながらも、協力をも強調した。

しかし新年に登場する第2期トランプ政権は前政権での対中抑止をさらに強化する封じ込め策を採ることが確実視される。その背景には「アメリカの国家の根幹を揺るがせうる脅威は中国であってロシアではない」という基本認識があるといえる。

第5は既存の同盟関係の堅持と強化である。

トランプ氏の同盟観については「北大西洋条約機構(NATO)を軽視、あるいは離脱」という憶測がしきりだった。「日米同盟も破棄するかも」という推測もあった。だがこの種の推測はみな反トランプとなったジョン・ボルトン氏のような敵からの誇大情報がほとんど。

トランプ次期政権の同盟政策は前述のAFPIの政策発表が真実を告げる。そこではNATOの堅持と強化が明確に記されている。ただし集団同盟体制での防衛費の負担は欧州側に公約通りのGDP2%以上という水準を求める。「公正な負担がなければ、アメリカはその国を守らないかも」という骨子の言葉はみな欧州側に公正な負担の実現を促す「取引(Transaction)的」な言辞だという。

トランプ陣営の日米同盟の重視も明快である。AFPIの政策文書では「米日同盟はインド太平洋でのアメリカの関与にとって礎石(Cornerstone) である」と明記している。そのうえに「日本との同盟はグローバルにみてもトップの優先事項だ」と強調していた。

第6は北朝鮮への軍事がらみの圧力である。

バイデン政権の対アジア政策の特徴の1つは北朝鮮の核兵器開発や軍事挑発に対して、ほとんど何もしないことだった。トランプ前大統領が金正恩総書記に迫った「CVID」と略される完全非核化をプッシュする動きがなかった。その現実はオバマ政権時代の北朝鮮に対する「戦略的忍耐」策と変わらなくみえた。

しかし次期トランプ政権では第1次時代の政策の継続、そして強化がすでに強調されている。この政策の中枢にはAFPIで前政権の安全保障政策形成の要にあったフレッド・フライツ氏が位置している。フライツ氏は歴代政権のホワイトハウスやCIA(中央情報局)にあって北朝鮮問題を長年、担当し、北朝鮮の核問題と取り組んできた。また日本人の拉致問題解決にも多様な協力をしてきた人物でもある。

そして第7は孤立主義を避けるという傾向である。

次期トランプ政権は対外介入では選別的となるが、決して孤立主義にはならない点をみずから強調してきた。AFPIの発表政策でも次期政権の対外安全保障のアプローチは「単独ではない(Not Alone)」と、冒頭で明記していた。

この姿勢はトランプ氏が次期政権の国際戦略の主要メンバーとしてすでにウクライナ・ロシア問題の特使や中東問題の特使の任命を公表したことで裏づけられる。

トランプ氏は前政権でも中東和平追求の一環として「アブラハム合意」を推進した。アラブ首長国連合やバーレーンなどアラブ側諸国とイスラエルの国交を樹立させたこの合意は第1次トランプ政権の中東への外交関与の実績とされ、孤立主義からの離反を印象づけた。そもそもトランプ陣営は中国との全面対決の政策を打ち出すことで、国際的孤立を否定する軌跡をすでに印したともいえよう。

以上、列記してきた次期トランプ政権の世界戦略はバイデン政権の対外姿勢とはほぼ正反対といえるほどの違いがある。その結果、今後の世界は大きく変わることが避けられない。だがその変化はいま展望する限り、アメリカが従来の超大国らしく、強い抑止力とリーダーシップを発揮していくように見える。そんな期待を抱きながらトランプ次期政権の登場を眺めたい。

古森 義久(Komori  Yoshihisa)
1963年、慶應義塾大学卒業後、毎日新聞入社。1972年から南ベトナムのサイゴン特派員。1975年、サイゴン支局長。1976年、ワシントン特派員。1987年、毎日新聞を退社し、産経新聞に入社。ロンドン支局長、ワシントン支局長、中国総局長、ワシントン駐在編集特別委員兼論説委員などを歴任。現在、JFSS顧問。産経新聞ワシントン駐在客員特派員。麗澤大学特別教授。著書に『新型コロナウイルスが世界を滅ぼす』『米中激突と日本の針路』ほか多数。


編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2024年12月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。