イーロン・マスク氏が「一線を越えた」と批判される時

多分、本人にはまったく自覚がないのだろう。一国の大統領をXで罵倒することが大きな外交上の問題となることが、政治家のニューカマーには理解できないのかもしれない。
米実業家イーロン・マスク氏がX上でドイツのシュタインマイヤー大統領を「反民主的な独裁者」と批判し、「恥を知れ」と罵声を浴びせたのだ。それに先立ち、マスク氏はドイツのショルツ首相を「馬鹿者」呼ばわりしたばかりだ。そして今、ドイツの大統領を独裁者と呼んだのだ。

マスク氏から「反民主的独裁者、恥を知れ」と罵声を受けたドイツのシュタインマイヤー大統領、独連邦大統領府公式サイトから

興味深い点は、マスク氏がショルツ首相をバカ呼ばわりした時、ドイツの国民は「マスク氏のいつもの挑発的な言動」といった冷静な受け取り方をしてきたが、大統領を「反民主的独裁者」といわれれば、多くのドイツ国民は堪忍袋の緒が切れたというわけで、不快を飛び越して怒り出している。決して、シュタインマイヤー大統領が国民の愛する政治家だからというわけではなく、外国の実業家がわが国のトップを罵倒したという事実に多くのドイツ国民は我慢できないのだ。

ちなみに、マスク氏から「馬鹿者」呼ばわりされたショルツ氏はその直後の記者会見で「わが国には言論の自由がありますから・・・」と述べただけで、マスク氏の挑発には乗らないよ、といった余裕があった。しかし、大統領を罵倒されれば、そんな余裕は吹っ飛んでしまう。要するに、マスク氏は「一線を超えてしまった」のだ。

世界一の富豪であり、次期アメリカ大統領の顧問でもあるイーロン・マスク氏が、ドイツの国家元首を「独裁者」と呼ぶ権利があるのか、といった憤りが出てくる。普段は論争が好きで、相手をぎゃふんと言わせることが好きなドイツの政治家たちもマスク氏の大統領批判には超党派で反論している。独米関係への悪影響を懸念する声すら聞かれ出したのだ。

マスク氏がドイツ連邦大統領シュタインマイヤー氏に対して行った罵倒に対し、フェーザー内相は南ドイツ新聞に対し、「X上の一部の議論を、国内の多くの人々が本当に関心を持っている問題と混同すべきではない。マスク氏の発言は大多数の人々に頭を振って否定されるだろう。我が国の民主主義的国家の連邦大統領を反民主的な独裁者と呼ぶのは単なる馬鹿げた話ではなく、明確に否定されるべき中傷である」と付け加えている。

「緑の党」の副議員団長であるコンスタンティン・フォン・ノッツ氏は、「マスク氏は自由民主主義を不安定化させ、極右の政党や政治家を強化することに明らかに喜びを感じている」と批判し、「ソーシャルメディアプラットフォームの影響力について議論する必要がある。ドイツはナチス政権以降、一部の政党や財政力のあるアクターが公共の言論を支配することを防ぐシステムを構築してきたが、今やそれを破壊しようとする試みがある」と警鐘を鳴らしている。

ドイツ連邦議会のSPD会派代表ロルフ・ミュッツェニヒ氏は、マスク氏の言動が独米関係に深刻な負担をもたらす可能性があると警告し、「友好国間の境界線を越えるもの」と非難した。ミュッツェニヒ氏は「トランプ氏の大統領就任後、政府は、繰り返される不敬、誹謗中傷、選挙介入が新しい米政府を代表するものなのかを明確にすべきだ」と要求。また、「我々と米国との間に負担のない関係があって初めて、国際的な課題に取り組める」と強調した。

一方、保守派連合(CDU/CSU)の議員たちは、「マスク氏の連邦大統領への攻撃に非常に驚いている」と述べている。フリードリヒ・メルツCDU党首は先週、マスク氏によるAfD支持表明を厳しく批判している。

ドイツは2月23日、早期連邦議会選挙が実施される。ドイツは現在、選挙戦中だ。世論調査では野党第一党の「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)がトップを走っているが、極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)が社会民主党、緑の党を抜いて第2党に進出している。そしてマスク氏はこれまでAfD支持を表明してきた経緯がある。

マスク氏は、独憲法擁護庁によって「極右の疑いがある」と認定されているAfDへの選挙広告を行った。それだけではない。ドイツの代表紙「WeltamSonntag」に寄稿を掲載している。

独週刊誌「シュピーゲル」誌が12月31日に報じたところによれば、マスク氏はAfDのアリス・ヴァイデル党首の周辺と密接に接触していたという。同誌はヴァイデル党首の広報担当者ダニエル・タップ氏の発言を引用し、「ヴァイデル陣営とマスク陣営は定期的に連絡を取り合っている」と述べている。また、マスク氏とヴァイデル党首との会談が予定されていることを明らかにしている。ちなみに、ヴァイデル党首は数日前、X上でマスク氏のAfD支持に感謝する「親愛なるイーロン」と題したビデオメッセージを公開している。

イーロン・マスク氏


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年1月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。