前回、前々回の内容を掘り下げて、下方修正幅がどれくらいになるのか、より具体的にシミュレーションしてみたい。
【シミュレーション1】「雇用統計年次改定の暫定値と実績値」
いささか苦労をしたが、年次改定の暫定値と実績値をまとめることが出来たので、掲載する。
2021年は乖離幅54万人と飛びぬけて高いが、コロナ後の異常値と捉え、それを除けば実績値と暫定値の乖離幅は±10万人前後の範囲内である。今回の暫定値が81.8万人であったことを考えると、70万人から90万人程度の下方修正という予想が適切になる。
【シミュレーション2】「家計調査と事業所調査における雇用者数の差」
上記は年次改定の基準月である各年3月における家計調査と事業所調査(=非農業部門雇用者数)の前年比の差を表したグラフである(例:2024年3月までの1年間で、家計調査が64.2万人増、事業所調査が290万人増のため、マイナス225.8万人(64.2万人-290万人)と表現している。すなわち、1年間で家計調査に比べて、事業所調査の雇用者が225.8万人多く集計されている)。
ITバブル崩壊後の余波が残っていた2003年、コロナ期で変動が多かった2020年・2021年を除くと、基本標準偏差±1σ以内(黄色点線枠内)に収まっているため、この表からは標準偏差-1σまで120万人程度もしくはそれ以上の下方修正があってもまったく不思議ではない。
【シミュレーション3】「County Employment and Wagesに記載の全米雇用者数と非農業部門雇用者数の比較」
QCEW列をQ2からQ1へ差し替え、また年次改定の暫定値を加えるなど、先日掲載の表に修正を加えた。この過去平均乖離率2.48%に収まるとすれば約70万人の下方修正である。
【シミュレーション4】「フィラデルフィア連銀のレポート」
フィラデルフィア連銀と非農業部門雇用者数の雇用者数を比べると、今回の年次改定の基準月となる2024年3月において86万人のずれがあるため、このモデルが正しければ、86万人程度の下方修正が行われる。
よって、これらの数字から下方修正70万人から90万人程度がメインシナリオ、そして上限は120万人程度までの下方修正があり得るだろう。100万人を下回ればショックは起きないと思うが、100万人を超えた場合、「100万人」という見出しがおどり、動揺が走るかもしれない。
また、下方修正幅が70万人から90万人程度に収まったとしても以下の2つが起き得る。これらもインパクトあるものになるのかもしれない。
- 2024年5月~12月に非農業部門雇用者数100万人超の下方修正を記録する月が出る
- 非農業部門雇用者数が前月比マイナスに転じる月が出る
詳細は前回、前々回に記載の通りだが、以下グラフを再掲しておく。
結局、最後まで分からなかったことがある。それは「家計調査と事業所調査における雇用者数の差」である。前述の通り、例えば2024年3月までの1年間で、家計調査に比べて、事業所調査の雇用者は225.8万人多く集計されている。
調査方法が違う以上、乖離がある程度出るのはやむを得ないが、近年の乖離は極めて大きい。仕事をかけ持ちする人の増加(2024年3月までの1年間で49.2万人増)だけでは説明がつかない。
他に考えられるのが、Net Birth-Death Modelが雇用を多く推計している可能性である。通常、起業と廃業から生じる雇用の変化はすぐに分からないため、モデルを使用し、起業と廃業による雇用増減を“推計”で毎月発表の非農業部門雇用者数に反映させているが、年次改定によりこのモデルが雇用を過剰に推計していたと判明することである。
事実、このNet Birth-Death Modelはコロナ後に変更された(FAQ No.8)こともあってか、2022年以降、このモデルによる雇用推計が上がっており、2024年も高水準である。
但し、仮にNet Birth-Death Modelが過剰に雇用を推計していた場合でも、年次改定の暫定値(81.8万人の下方修正)はその影響も織り込み済みの発表になっていると思われるうえ、元々このモデルによる影響は比較的小さいため、重視しなくても良いはずだ。
ということで、年次改定で100万人を優に超える非農業部門雇用者数の下方修正がない限り、残念ながら「家計調査と事業所調査における雇用者数の差」は謎のままである。
なお、今回の修正対象は、事業所調査のため、非農業部門雇用者数・平均時給・平均労働時間などは変更になるが、家計調査で発表されている失業率・労働参加率などの変更はない。