トランプ政権の新国務長官のマルコ・ルビオ氏が、国務省管轄の対外援助予算の執行を90日間停止する措置を導入した。トランプ大統領にならって、就任早々に「アメリカ・ファースト」の抜本的な改革を導入するための措置である。
例外は、イスラエル・エジプト向け援助と、緊急食糧援助のみである。ウクライナが例外扱いされなかったことが、とりあえずメディアで注目されている。そこでゼレンスキー大統領が「ロシアがアメリカを操っている」といった話をしている動画を投稿したことも話題だ。
しかしイスラエル関連援助の例外の設定が極めて特別な措置だ。ウクライナはそれと同じレベルで特別ではないだけだ。アメリカが行っているのは、基本的には、全世界一律の援助停止措置である。もう少し大きな政策的視点による措置であることは明らかである。
ルビオ国務長官が説明しているように、多国間協調主義の色彩が強かったバイデン政権時代のアメリカの対外援助の傾向を見直し、「アメリカ・ファースト」の方針にそった対外援助のやり方に変更していくための総合的な見直しをかける、という狙いが、90日間の対外援助停止措置の意図である。
進行中の援助の停止を命じる方法は、決してほめられたものではない。現場で援助活動に従事している者たちには、大きな負担がかかる。ただ、政権が代わったところで対外援助の総合的な見直しをかける、という考え方自体は、決して破綻した話でもないだろう。見直しの成果をすぐに出そうとするので、急進的になっている。
トランプ大統領は、就任初日に、WHO(世界保健機関)からアメリカを脱退させる大統領令に署名した。もっともその後に早くも見直しを示唆しており、脱退発効までの一年間を、拠出金引き下げなどの交渉に使う姿勢も見せている。
トランプ大統領は、第一期政権の際に、UNESCO(国連教育科学文化機関)からアメリカを脱退させたことがある(バイデン政権が復帰させた)。その理由は、UNESCOは親パレスチナ寄りだ、というものであった。アメリカ脱退後には、UNESCOにおける中国の影響力が高まった。
当然のこととして、巨額の資金を提供すればその組織(分野)での影響力は高まり、脱退すれば影響力はなくなる。そのため国際機関からの脱退措置をとることを辞さないトランプ大統領を、近視眼的な人物と描写する方もいる。国際機関における中国の影響力を高めるだけだ、というわけである。
だがアメリカ人に言わせれば、拠出している金額に見合わない影響力しか行使できない場合には、ダラダラと残存しても、合理的な見返りが期待できない、ということになるだろう。
一般論として、あらゆる支出について、効果の度合いを審査し、優先順位を決めてから、進めていかなければならないことは、当然である。アメリカも例外ではない。トランプ政権の特殊性ばかりに目が行く。しかし、なんでもかんでもあらゆるところでアメリカは金をたくさん払わなければならない、とは誰にも主張できないだろう。そうだとすれば、一部分野で、中国の影響力がアメリカの影響力よりも上となる事態が訪れるとしても、両国の経済規模が拮抗してきている以上、一般論としては、そういうこともあるだろう、とは考えなければならない。
さらに言えば、この問題の背景に、現代世界の国際協力の業界全体を覆う構造転換があることも考えておかなければならない。アメリカを中心とする伝統的な「先進国」あるいは国際協力に資金提供している「援助国」の資金力は、相対的に低下してきている、ということだ。
世界の総人口は増大し続けている。アメリカは伝統的なドナー国(国際協力に資金提供している国)の中では、かなり顕著に人口を維持している稀有な国だが(欧州・東アジアでは人口は減少し始めている)、それでも世界全体の人口増加のスピードに追い付いているわけではない。
世界経済は3%台で成長し続けている。これについても、アメリカは「先進国」あるいは伝統的な「援助国」の中では、健闘しているほうである。しかし世界経済全体の成長率を凌駕するほどのスピードでは、成長していない。アメリカGDPの世界全体のGDPのシェアは低下の一途をたどっており、この傾向は今後も続くと予想されている。
GDP based on PPP, share of world
人口においても、経済規模においても、全体におけるシェアを低下させている国々だけで、世界全体の問題に取り組む活動の資金を提供し続ける仕組みには、限界がある。そんな仕組みでは、どんどん苦しくなっていくことは、必然である。援助提供国の審査が厳しくなり、優先順位付けが厳しくなるとしても、それはやむをえないところがある。
繰り返し書いてきているが、トランプ大統領は急進的に見えるが、一貫性が欠けているとまでは言えない。対外支援の審査を厳しくする、という作業が、「アメリカを再び偉大にする」という目標にとって、必要不可欠な措置である、という考え方自体は、間違っているとは言えない。
なおこの話が、ゼロ成長が基調で、対GDP比260%という債務を抱えながら、未曽有の人口減少・少子高齢化の時代に突入した日本にとって、さらに深刻なものであることは言うまでもない。トランプ大統領は知性が足りない、常識がない、と嘲笑して済む話ではないのである。
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