定年「前」から資産の取り崩しをしなさい

黒坂岳央です。

2024年1月から新NISAが開始したことも手伝い、最近はこれまでにない投資ブームの機運が高まっていると感じる。2024年の第1四半期にNISA口座数が約200万件増加し、2024年3月末時点のNISA口座数は約2,322万口座であり、これはざっくり日本の総人口の6人に1人という割合だ。

誰もが蓄財、長期資産形成に熱心なわけだが、名著「DIE WITH ZERO」で指摘されている通り、消費が旺盛な米国でさえ「人は亡くなる時に最もお金持ちになる」という矛盾が指摘されている。節約志向の日本人はよりこの傾向が強いだろう。

これからの時代、筆者は「資産の取り崩し開始時期は定年後ではなく、もっと早く、できれば40代や50代でした方がいい」と思っている。

一般的には「資産形成層」と言われる年代でさすがに早すぎないか?という反論も想定されるが、筆者の考えを述べたい。

※「資産の取り崩し開始時期」と言っており、「資産を食いつぶし時期」といっているわけではないことに留意して読み進めて頂きたい。加えて、資産の取り崩しとは純資産の減少ではなく、増加速度が上回れば使いながら増やすことも可能である。端的にいえば「老後のためにひたすら貯める一方」ではなく「少しずつ使っていこう」という話である。

Moor Studio/iStock

人は定年後にお金を使わない

特殊なケースを除き、多くの場合は定年後の年齢ではお金をそれほど使う機会はないと思っている。

結婚式や出産は終わり、子どもの教育資金も払い終えている。マイホームをこれから購入する予定もなく、街の中心地に住めば自動車を使わずとも公共機関だけで十分生活が可能。

こうした状況であれば、もう想定外の巨費はない。加えて、大学進学や海外留学や長期旅行などの教育費や娯楽費もそれほどないことが一般的だろう(老後の想定支出に医療費、修繕費などはあるが…)。

「老後の備えのために」とお金を貯めても、「では、その資金を使って具体的にあなたは何をするのか?」ということまで考えている人は意外と多くないのではないだろうか?

我々は定年後も働き続ける

かつては会社を退職したら、定年後の生活がスタートしてわずかばかりの余生の程なく先にあの世が待っていた。

サザエさんの漫画が連載されていた時代、波平は54歳という設定で男性の平均寿命は60歳前後、女性は65歳だった。今では54歳でも若さを感じさせる人は少なくないが、当時の波平は正真正銘「おじいちゃん」であり、高齢のお年寄りだったのだ。

しかし、今は違う。平均寿命は伸びに伸び続け、見た目も肉体も昔と比べて年齢は若い人が大勢いる。頭はしっかりと動き、体もよく動く。定年後でも働き続ける人は非常に多い。

2023年の総務省の「労働力調査」によると、60~64歳の就業率は74%、65~69歳では52%。半数以上の人が定年後も働き続けるのだ。

「60歳、65歳で定年を迎え、一生働かない」というのはもう昔の話で、これからはさらに働き続ける人が増える。

「本当は働きたくないが生きていくために仕方がなく」という人もいるだろうが、「社会とのつながりを失いたくない」「ボケ防止のために」「仕事が好き」という理由から、主体的に働き続けることを選択する人も少なくない。

筆者もその一人であり、できれば死ぬまで働きたいと思っている。理由はシンプルで、今どき60歳くらいで仕事をやめてしまえば、その後の数十年という老後を楽しく過ごせる自信がないからだ。

現在は寿命の伸び過ぎで老後に何もしないのでは、あまりにも人生は長過ぎる。周囲に定年退職後、怒りっぽくなってお店の店員さんに怒りをぶつけるようになった人や、社会性がなくなって頭の衰えを実感するという人をそれなりに見てきたので、余計にそう思うのだ。

しかも仕事は一度やめたら復帰が難しい。細くてもいいから、働き続けて習慣化してしまうのが望ましい。

働き続ければ過剰な資産形成も不要

そして働き続ければ、老後の食い扶持は確保できてしまう。それを考えると、若い時期にできたであろう経験を犠牲にしてまで、過剰な蓄財を励む行為は間違っているように自分には見える。

筆者は40代になってから欲しいもの、やりたいことはあまりコスパなどを気にせずドンドン経験するように気持ちを切り替えた。自分の中で明確に価値基準が変わり、経験は常に蓄財より優先する。

以前なら「これはさすがに高すぎるので、体感レベルで違わないコスパの良いものを選ぼう」と考えていたことも今はやらない。少しでも迷ったら買い、少しでも躊躇したら即経験を選ぶ。

子供たちも少しずつ大きくなってきたのもあり、ハイシーズンでもその時期しか行けないなら、コスパを気にせず家族での長期旅行にもたくさんいくようになった。

これらは「自分はお金を持っているのだ」という承認欲求に取り憑かれた稚拙な自慢をしたいわけではなく、「どうせ一生働くのだし老後の心配ばかりでケチケチしていてはもったいない。体力や気力がある今のうちに一生分の思い出をたくさんつくろう」という思考である。

そう、筆者は40代からすでに資産形成優先より、これまで作った資産を使った思い出作りを開始させたのだ。

自分は60代の定年後の経験はないのだが、あらゆる老人医療や心理学の本を読んでいると「年を取るとお金を使わない。いや、使う力が衰える」という意見で一致している。今の自分はやりたいことがたくさんあるが、20年後そう思わない自分がいる可能性を考えると、ケチケチするのは機会ロスでしかないと感じる。

最悪のケースとして、お金を使いすぎたり、資産運用に失敗して老後に懐が厳しくなっても構わない。どうせ死ぬまで働く。

若い内でなければ人生から喜びを引き出す力も衰える。自分は老後に資産がなくなること以上に、何よりそれが一番恐ろしいのだ。

 

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ビジネスジャーナリスト
シカゴの大学へ留学し会計学を学ぶ。大学卒業後、ブルームバーグLP、セブン&アイ、コカ・コーラボトラーズジャパン勤務を経て独立。フルーツギフトのビジネスに乗り出し、「高級フルーツギフト水菓子 肥後庵」を運営。経営者や医師などエグゼクティブの顧客にも利用されている。本業の傍ら、ビジネスジャーナリストとしても情報発信中。