独「野党」第1党はなぜタブーを破ったか

先ず、29日のドイツ連邦議会での経緯を紹介する。野党第1党「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)が提出した法案が、与党社会民主党(SPD)と「緑の党」の反対にもかかわらず、野党グループが結束して僅差だが過半数を得て可決された。採択された法案は、亡命希望が拒否された人に対する厳格なアプローチが規定されている。賛成348票、反対344票、議員10人が棄権した。具体的には、CDU/CSUの議員187人、AfD議員75人、FDP議員グループの議員80人、および無所属議員6人が賛成票を投じた。サハラ・ワーゲンクネヒト同盟(BSW)は投票前に棄権を表明した。SPD、「緑の党」、左翼党は反対の立場をとった。

ドイツ連邦議会の全景、ドイツ連邦公式サイトから

次は、なぜ上記の連邦議会での野党提出動議に対する採択結果が大きな波紋を投じたかだ。与党SPDのショルツ首相がCDU党首で次期首相に最も近いメルツ氏を名指しで非難し、「タブーを破った」と激怒した理由は何かだ。

最大の理由は野党提出の動議が極右政党「ドイツのために選択肢」(AfD)の支持を得て可決されたという事実だ。AfDが支持しなければ、CDU/CSU提出の動議は否決されていた可能性があった。もう一つの理由は、ドイツの政界では一部の連邦州で「右翼過激派」に分類されるAfDとは連携しないことが不文律だった。それを破り、CDU/CSUはAfDの支持を想定して動議を提出したことだ。
ショルツ首相の「タブー破り」とは、CDUのメルツ党首がこれまでAfDとは連邦レベルでは一切連携しないと何度も表明してきたにもかかわらず、メルツ党首はそれを破ったということだ。少数与党の「緑の党」のハベック副首相は「悪い意味で歴史的な日だ」と語っている。

SPDと「緑の党」は、極右ポピュリストに対する防火壁が「崩れつつある」と懸念している。SPD議会グループリーダーのミュッツェニヒ氏は、「CDU/CSUは議会の政治中枢から脱却した」と述べているほどだ。

投票前、ドイツのショルツ首相とCDU党首のメルツ氏の間で、AfDへの対応をめぐり、厳しい非難合戦が展開された。ショルツ氏は、メルツ氏が極右政党との明確な境界線を放棄したと非難し、「あなた方は違法な提案に対するAfDの支持を公然と受け入れている」と怒鳴った。ショルツ氏は「選挙後にCDU/CSUがAfDと連立を結ぶ可能性がある」と推測しているわけだ。
それに対し、メルツ党首はショルツ氏の批判を「卑劣だ」と一蹴し「移民に関する提案を実行するためにAfDの承認を受け入れたのだ。重要なのは、たとえ間違った人々が同意したとしても、正しいことを行うことだ」と強調した。ただし、AFDに対するCDUの立場には変化はないという。

一方、AfDの共同党首で首相候補者ヴァイデル氏は「ドイツにとって歴史的な日だ。AfDに対するファイアウォール(防火壁)は、有権者の意思を排除するためのテコとなっている」と指摘。は同時に、「CDU/CSUは移民を抑制するためのAfDの提案をコピーしている」と非難することを忘れなかった。

なお、動議案には、「有効な入国書類を持たず、欧州の移動の自由に該当しない人々に対して入国禁止措置がある。これはドイツへの亡命申請を希望する人々にも明確に適用されるべきだ。法的に出国義務のある者は全員拘留されるべきだ。犯罪者および国外退去を求められる者は、自発的に国外に出国するか、国外退去が実行されるまで無期限に拘留されるべきだ。恒久的な国境管理も必要」と明記されている。

現在の移民議論の出発点は、バイエルン州のアシャッフェンブルクで1月22日に起きた襲撃事件だ。アフガニスタン出身で精神障害者の男が、モロッコにルーツを持つ幼稚園児の2歳児を含む2人を殺害し、他の人に重傷を負わせた事件だ。28歳の容疑者は本来、国外退去を求められていた。それが実行されず、今回の事件となったのだ。それ以来、選挙戦の争点が移民対策とAfDへの対処問題に集中してきたわけだ。

ドイツでは来月23日、繰り上げ総選挙が実施される。複数の世論調査では、CDU/CSUの第1党復帰はほぼ確実とみられる一方、野党第2党のAfDの躍進が予想されている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年1月31日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。