欧州を戸惑わせた”ヴァンス発言”

独南部バイエルン州のミュンヘンで14日から慣例の「ミュンヘン安全保障会議」(MSC)が開催中だ。世界各地から国家元首、政治家、軍事専門家、著名人などが参加しているが、トランプ米政権からはバンス副大統領やルビオ国務長官らが欧州の政治家たちと初顔合わせをした。

毎年開催されるミュンヘン安全保障会議(MSC)の風景、MSC公式サイトから

ヴァンス副大統領はMSCで約20分余り演説したが、その焦点はトランプ政権の政策やウクライナ停戦問題ではなく、欧州の政治批判に注がれた。欧州は法治主義、民主主義、「言論の自由」を共通価値として掲げているが、ヴァンス副大統領はその欧州の価値観に鋭い批判を投げかけたのだ。曰く「欧州にとって脅威は、ロシアや中国ではない。(欧州の)内部だ」と指摘し、「米国が掲げている共通の価値観からかけ離れている」と主張。「言論の自由」では、「移民問題で厳しい対応を求める右派政党を阻害し、その政治信条が拡散しないように防火壁を構築している」と糾弾したのだ。

ヴァンス副大統領の主張は的外れではない。例えば、欧州連合(EU)は27カ国から構成されているが、その政治信条はバラバラで、統合された価値観といえないことは周知の事実だ。また、ドイツでは厳しい移民・難民政策を標榜する極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)に対し、ドイツの既成政党は討論を拒み、「防火壁」(ファイアウォール)を構築していることも事実だ。

ヴァンス副大統領の欧州批判に対し、ゲスト国ドイツのシュタインマイヤー大統領は「配慮と尊敬に欠けた発言だ」と珍しく反論。ピストリウス国防相は「欧州を権威主義国と同列に批判することは受け入れがたい」と精一杯反論していたのが印象的だった。

ヴァンス副大統領の演説の中にはウクライナを軍事侵攻したロシアのプーチン大統領への批判はなかった。ロシアの侵略戦争に直面してきたウクライナや欧州諸国にとって、バンス氏の口からロシア批判を聞きたかったはずだ。

ヴァンス副大統領は米国内で語るように欧州でも同じスタイルで政治家たちに語りかけた。直接的な意見だが、欧州への配慮が欠けていたことは事実だろう。欧州と米国の間には言語を含めパーセプション・ギャップがある。繊細さに欠けた、直接的な発言は欧州では余り受けが良くないのだ。

バンス副大統領はミュンヘンでAfDのヴァイデル党首と会見している。会見内容は報じられていないが、イーロン・マスク氏と同様、AfD支持を伝えたのではないか。マスク氏、そしてバンス副大統領と、トランプ政権の最重要人物から支援を受けたAfDは大喜びだろう。

AfDの首相候補者ヴァイデル党首 AfD公式サイトから

ヴァンス副大統領、そしてマスク氏に進言したいことがある。AfD支持を表明する前に、AfDの思想的指導者、ヘッケ氏の政治信条を聞く必要がある。ドイツの政界がAfDの躍進に異常とも思える拒絶反応を見せるのには、それなりの理由があるのだ。対メキシコ国境から殺到する難民への米国の対応と、AfDが主張する難民政策を同列視はできないのだ。後者には明確な政治信条があるのだ。

ちなみに、テューリンゲン州のAfDの代表,ビュルン・ヘッケ氏は国家社会主義の言葉を彷彿させるレトリックを常用し、国家社会主義に基づく専制政治を公然と主張している政治家だ。ドイツの基本法は「ドイツ国籍を有する者はすべてドイツ人」と明記しているが、ヘッケ氏はそれを認めていない。単なる外国人排斥政策だけではない。反憲法、反民主主義、反ユダヤ主義的な世界観を標榜している。彼は過去、ホロコースト記念碑を「恥の記念碑」と呼び、ドイツの「民族的再生」を強調し、移民や多文化主義に対して強く反対してきた。また、ドイツの過去に対する悔恨を「過度なもの」として捉えている。ヘッケ氏の存在は、AfDが単なる不満票、抗議票を集める野党勢力ではないことを示している。

MSCの最大のテーマはウクライナ停戦問題だ。ウクライナのゼレンスキー大統領はミュンヘンでヴァンス副大統領と会見し、戦争を停戦しようとする米国側の努力に感謝していたが、同時に、「私はプーチンと対面で停戦交渉する用意はあるが、そのテーブルに米国とロシアの他に欧州の代表を参加させるべきだ」と提案している。ゼレンスキー大統領は口にこそ出さなかったが、ウクライナの停戦問題が米国とロシアの間だけで話し合われることに懸念があるからだろう。

ウクライナ戦争は2月24日で3年目が終わる。ウクライナ側には国民にも政治家にも長い戦争で疲れ、痛みが刻み込まれている。その痛みと悲しみを無視し、米国とロシアの2大国間で停戦交渉が進められることに戸惑いと怒りを感じている面もあるだろう。トランプ政権はウクライナ国民、政治家に対して、最大限の配慮が必要だ。

一方、ウクライナ側には停戦交渉で最大限の公平さを追求することは当然だが、交渉の最終場面で「公平」を取るか、「停戦、平和」を選ぶかの時を迎えたならば、ゼレンスキー大統領には後者を選択することを勧める。公平さは歴史に委ね、これ以上の犠牲が出ないように「停戦」を選ぶべきだ。たとえ、その停戦が‘冷たい和平‘だったとしても、一部の領土を失うことになったとしてもだ。公平さを追求するあまり、停戦の機会を失ってはならない。

ヴァンス副大統領とトランプ大統領 同副大統領インスタグラムより


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年2月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。