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Irina Gutyryak/iStock
私は、以前の論考で「マイナ保険証では『なりすまし』を防止できない」と主張しました。この論考の公開後に、複数のファクトチェックサイトにこの情報に関するファクトチェックを依頼してみました。
依頼したのは以下のサイトです:InFact、リトマス、ハフポスト、Japan In-depth、BuzzFeed Japan、ファクトチェックセンター、毎日新聞、朝日新聞。
これらのサイトのうちInFactのみがファクトチェックを実施してくれました。結論は次の通りです。
結論 「なりすまし」を完全に防ぐことはできない
マイナ保険証を使用した際の本人確認の方法は、①顔認証・②暗証番号入力の2種類。マイナ保険証には顔写真がある点が、現行の健康保険証とは異なるものの、暗証番号を入力して本人確認を行った場合には顔写真が確認されることはない。そのため、他人が暗証番号を知っている場合には、「なりすまし」をする防止ことはできない。
また、InFactの取材に対して、厚労省は次のように回答しました。
Q:マイナ保険証を使用する際に、暗証番号による本人確認を行った際には、「なりすまし」は防げないという理解は正しいか?
A:おっしゃるとおりです。「なりすまし」を完全に防ぐことは難しいです。 ただし、健康保険証のように顔写真もなく、暗証番号の入力が不要といったところよりは、まだ「なりすまし」を防ぐ効果はあるというところです。
厚労省の回答では、従来の保険証と比べると、マイナ保険証では顔写真や暗証番号があるため、相対的には「なりすまし」を防ぐ効果はあると主張していますが、あまり説得力がありません。何故ならば、これまで従来の保険証で「なりすまし」受診をしてきた人たちは、マイナ保険証では暗証番号を選択しますので、防ぐ効果は全くないからです。
防止できるのは、マイナ保険証をたまたま拾った時とか盗んだ時のみです。この場合には、暗証番号が不明ですので「なりすまし」は不可能です。一方、徒党を組んで「なりすまし」受診をしている場合は、暗証番号を共有していますので、「なりすまし」が容易に実現してしまいます。
つまり、マイナ保険証により「なりすまし」受診が減少することは実際にはほとんどないわけです。したがって、不正受診防止はマイナ保険証推進の根拠とは成り得ません。
以前の論考では、不備を指摘するだけではなく、改善策も提言しました。厚労省が不備を認め、制度の改善を前向きに検討することを期待したいと思います。今後の対応の有無により、厚労省がマイナ保険証の制度に真剣に取り組んでいるかどうかが判明します。
今回は、8つのファクトチェックサイトに依頼してみましたが、取り上げてくれたのは一つのサイトのみでした。これは実に嘆かわしいことです。何故ならば、政府の誤情報は民間の誤情報と比べて国民に対する影響が極めて大きいためです。そのため、最優先でファクトチェックするべきものは、政府が流す情報だと私は考えます。
誤情報は、「勘違い・誤解により拡散した間違い情報」と定義されます。この定義で重要な点は、「勘違い・誤解が原因」という点です。人間は誰でも勘違いや誤解をすることはあります。したがって、政府や新聞などでも誤情報を発信してしまうことは有り得るのです。
たとえば、「原発の安全神話」は戦後最大の政府の誤情報です。政府は、地震や津波が起きても原発は安全と主張していましたが、東日本大震災の時、原発事故は起きてしまいました。政府の誤情報は国民に桁外れのダメージを与えることがよく分かります。ハンセン病問題や薬害エイズ事件も忘れてはならない重大な政府の誤情報でした。
これらは戦後日本の3大誤情報ではないかと私は思います。ハンセン病問題では、治療薬が開発された後においても、国により隔離政策が続行されて、隔離が必要という誤情報が発信され続けました。その結果、患者やその家族の人権が侵害されました。薬害エイズ事件では、厚労省は血友病の治療に用いる非加熱製剤の危険性を認識し、加熱製剤を認可した後も、危険な非加熱製剤をただちに回収せず、非加熱製剤は危険であるという情報を発信しませんでした。
ファクトチェックの対象から政府や新聞の情報が外れるということは有り得えないと私は考えます。民間人や民間組織が流す誤情報対策も重要ですが、政府や新聞の誤情報対策はそれ以上に重要です。もし、ファクトチェックサイトが政府や新聞のファクトチェックをしない方針であるならば、自ら存在意義を否定することになります。
ファクトチェックサイトには、政府に忖度することのない公正なファクトチェックを期待したいと思います。それができないのであれば、日本の未来は明るくありません。