ゼレンスキー大統領はどこで間違えたのか:反プーチン・ファーストの陥穽

ゼレンスキー大統領と、トランプ大統領・バンス副大統領の間のホワイトハウスにおける激しい口論の様子が、大きなニュースとなって世界を駆け巡った。

ゼレンスキー大統領とトランプ大統領とヴァンス副大統領

メディアはロシアが喜んでいる、と伝えている。他方、ゼレンスキーとの連帯を改めて表明したりしているのは、欧州(とカナダ)の政治指導者だけである。トランプ大統領の個性は強烈で目立つが、過去3年間の間に、ウクライナが国際世論で支持を減らしてきていることは、昨日の記事で書いた通りである。ある意味で、トランプ大統領は、その潮流の一つの象徴にすぎない。

欧州はどこで間違えたのか:懲悪ファーストの陥穽 篠田 英朗

欧州はどこで間違えたのか:懲悪ファーストの陥穽
トランプ大統領の就任から一カ月で、国際情勢は大きく変わった。その象徴が、ウクライナとロシア共和国の間の紛争の早期終結を要請する国連安全保障理事会決議2774だろう。 Resolution 2774 (2025) United ...

ガザは言うまでもなく、世界のあらゆる場面の紛争で、停戦が推奨されない例は、見たことがない。欧州だけは例外である、という欧州人の主張は、時間がたてばたつほど、国際世論の大勢から乖離していかざるを得ない。欧州の立場は、非常に悪い。

ホワイトハウスでの会談後、ゼレンスキー大統領との関係修復の可能性はあるか、という質問に答えて、トランプ大統領は、次のように述べた。

「彼は『平和を作りたい』と言わなければならない。プーチンはこうだ、プーチンはああだ、といった否定的なことばかりではなくて。」と述べた。

ゼレンスキー大統領と会うと、プーチン大統領の悪口ばかりを延々と聞かされるのに辟易としている、ということだ。

プーチン大統領は悪人だ、が続いた後、だからアメリカはウクライナを支援しなければならない、という結論が出てくるのも知っているだけに、プーチン大統領の悪口の羅列はもう勘弁してほしい、せめてもっと未来に向けた動機づけでウクライナを支援する話をしたい、という気持ちの吐露である。

言うまでもなく、このトランプ大統領の心情の吐露は、昨日の「欧州はどこで間違えたのか:懲悪ファーストの陥穽」という記事で私が書いたことと通じる。欧州に見られる傾向は、ゼレンスキー大統領によって象徴的に示されている。

自分と異なる意見を持っている者は、全て、「プーチンがどれだけ悪人かを理解していないからそうなるのだ」という論理で、一刀両断にする。そこで「プーチンは悪人だ」という話を延々と続ける。そして最後に「だからウクライナを支援しなければならない」という結論が来る。その結論に少しでも異議を唱えようものなら、「まだお前はプーチンがどれだけ悪人なのかわかっていないのか、プーチンに篭絡されているのだな、よし、プーチンがどれだけ悪人かさらにもっと説明してやろう」ということになるので、トランプ大統領にしてみれば、もう嫌だ、という気持ちの吐露になる。

あらゆる政策の決定基準が、「プーチンを困らせることができるか、喜ばせてしまうか」になっている。「自分が損をするか、得をするか」ですらない。仮に自分が損をしても、プーチンにも損をさせることができるのであれば、それでいいではないか、という基準である。

他人の意見を聞く際にも「プーチンが言っていることに近いか、正しくプーチンを否定することを言っているか」、を基準にする。「自分の言っていることは正しいか、間違っているか」ですらない。

悪人であれ何であれ、他者を中心基準とした政策基準を、「アメリカ・ファースト」を掲げるトランプ大統領は、非常に嫌う。

「アメリカ・ファースト」と「反プーチン・ファースト」の思考方法は、全く真逆を向いていると言ってよい。

ゼレンスキー大統領の言い分にも理があるとして、「なぜプーチンが悪人であることを深く理解しないのか」といった話を、トランプ大統領とバンス副大統領に、ホワイトハウスにおける数分の公衆の面前での会見の場を通じて、納得させようとするのは、無謀であった。

もちろん心情的には、ゼレンスキー大統領には同情するべきところもあるだろう。トランプ大統領を憎むあまり、どこまでも頑なに反プーチンであるかどうかを価値基準にした政策をとり続けるのも、一つの選択肢ではあるだろう。

だがゼレンスキー大統領は、四千万人の人口がいた国の大統領である。戦場で今もなおたくさんの人々が倒れ続けている。

私としては、政治家には「心情倫理」と「責任倫理」がある、というウェーバーの『職業としての政治』を思い出さざるを得ない。

果たしてウクライナは、これからどうなっていくのか。正直、私も、不安だ。

篠田英朗国際情勢分析チャンネル」(ニコニコチャンネルプラス)で、月2回の頻度で、国際情勢の分析を行っています。