イスラエル・ネタニヤフ首相「ハマス壊滅」の深層心理

イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相はパレスチナ自治区ガザを統治してきたイスラム過激派テロ組織「ハマス」の「奇襲テロ」(2023年10月07日)以来、報復としてハマスの壊滅に乗り出した。あれから17カ月余りが経過した。イスラエル軍の攻撃でハマスの指導者は殺害され、ガザはほぼ全滅状況だ。にもかかわらず、ネタニヤフ首相の「ハマス壊滅」はまだ終りを告げていない。

「ビビ王」という愛称を持つイスラエルのネタニヤフ首相 写真はドキュメンタリーフィルム「キング・ビビ」のポスター

イスラエルとハマスは現在、停戦状況にある。米国のウィトコフ中東担当特使によると、ハマスが実現不可能な要求を突き付けるなど、停戦延長交渉は難航している。ハマスが拘束する人質の解放、恒久停戦に向けた枠組みの話し合いがテーマだが、ハマスの出方は分からないだけに、ラマダン明けのパレスチナ情勢はまだ不透明だ。

そこでラマダン明けまで2週間余りの時間があるので、「なぜネタニヤフ首相(75)はハマス壊滅に拘るか」その深層心理を少し分析してみた。

イスラエルと「ハマス」との戦いの勝敗は既に明らかだ。ハマスの最高指導者イスマイル・ハニヤ氏が昨年7月31日未明、殺害され、多くのテロリストが亡くなっている。ボクシングの試合とすれば、レフリーは勝利者のイスラエルの手を取って、「貴方が勝った」と伝えるが、イスラエルは戦いをストップせず、戦い続ける。レフリーは何度も警告するが、イスラエル側は「ハマス壊滅」の旗を降ろさない、といった状況だろう。

イスラエルの「戦争論」は欧米社会の通常の「戦争論」とは違う。相手が白旗を挙げたり、相手の被害が甚大な場合、戦争当事国は停戦を模索する。しかし、イスラエル側は相手を完全に破らない限り、戦いを終えることはしない。徹底的にハマスを壊滅しない限り、ハマスは再びイスラエルを攻撃してくるという考えが根底にある。

ネタニヤフ首相の「ハマス壊滅」という言葉は決して同首相自身の政治生命の延命工作ではない。同首相にはユダヤ民族の統一王国時代の初代王、サウル王の運命が心から離れないのではないか。

ネタニヤフ氏は2023年10月28日、突然、「アマレクが私たちに何をしたかを覚えなさい」と述べた。アマレクについては旧約聖書「申命記」第25章や「サムエル記上」第15章に記述されている。モーセがエジプトから60万人のイスラエルの民を引き連れて神の約束の地に向かって歩みだした時、アマレク人は弱り果てていたイスラエルの民を襲撃した。「アマレク人は神を恐れなかった」と記述されている。

ネタニヤフ首相は当時、「アマレク人の蛮行」と「ハマスのテロ」を重ねて語ったのだ。神は預言者サムエルを通じてユダヤ統一王国初代国王サウルに「今、行ってアマレクを撃ち、そのすべての持ち物を亡ぼし尽くせ。彼らを許すな。男も女も、幼な子も乳飲み子も、牛も羊も、ラクダも、ろばも皆、殺せ」と命じている。サウルはアマレクと闘い、勝利したが、アマレク人の王アガダを人質にして生かしていた。それを知った神はサウルに激怒し、「あなたは私の言いつけを守らなかった」としてサウルから離れていく。

神の祝福が自分から離れた事を知ったサウルはその後、疑心暗鬼になっていく。最終的には、サウル王は力尽き、ユダ族のダビデがサムエルから油を注がれて2代目の王となる。

ネタニヤフ氏はサウル王の運命を知っている。ハマスを壊滅させず中途半端で終戦すれば、自分もサウル王のような運命が待っているかもしれない。サウル王の二の舞になってはならない、といった思いが強いはずだ。

ネタニヤフ氏とサウルは、一方がイスラエル首相であり、他方はユダヤ王国の王だ。しかし、ネタニヤフ氏には「KingBibi」、すなわち「ビビ王」という愛称が付けられているのだ。イスラエルの映画監督ダン・シャドゥア(DanShadur)氏はネタニヤフ首相の歩みを「KingBibi」というタイトルでドキュメンタリー映画を製作している。

ダン・シャドゥア監督によれば、ネタニヤフ首相は、祖国の未来を含め全ての出来事は自身のドラマの題材と受け取っている。彼は左翼、テロリスト、ジャーナリストから常に狙われ、批判されている一方、「自分だけがイスラエルを砂漠から導くことができる唯一の指導者だ」という思いが強いという(『ビビ王』のイスラエル王国の行方」2019年04月11日)。

イスラエル史を振り返ると、サウル、ダビデ、ソロモンの3王の統一王国時代があった。イスラエルが栄えた時代だったが、その後、南北に分かれた王国は消滅し、民族は放浪の民となる。
「キング・ビビ」と呼ばれるネタニヤフ首相は「ハマス壊滅」という神に約束した使命を果たして繁栄したイスラエルの国家建設を成し遂げるだろうか。それとも、神との約束を反故して、ソロモン王後のイスラエルの歴史のように、苦難の道を行くだろうか。

トランプ米大統領は2月に入り、ガザからパレスチナ人を隣国アラブの国に移住させ、その後、ガザを世界的なリゾート地として再建するというアイデアを発表している。実現できるか否かは別として、ネタニヤフ氏は盟友トランプ氏の案を「ハマスの壊滅」というトラウマから解放される機会と感じているかもしれない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年3月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。