金融商品取引における情報の対称性の限界

水産物等の卸売市場では、取引当事者間の情報の対称性が前提にされ、しかも取引単位が大口になっているから、情報弱者であり、かつ小口の取引者である消費者は参加できない。故に、仲卸業者と小売業者等は、消費者との情報格差を埋めて、大口を小口に分荷するという社会的責務を担うわけである。

こうした市場取引の原則は、水産物等に限らず、金融商品についても成立する。金融商品は、派生的には、ある金融商品を基礎にして、別の金融商品が創造されるにしても、根源的には、産業界が資金調達の手段として発行するものであって、その市場においては、基本的には、資金調達側の企業等を代理する専門業者と、資金調達側の投資家を代理する専門業者とによって、情報の対称性のもとで、取引のなされるのが原則なのである。

Igor Kutyaev/iStock

しかし、金融商品には、他の商品と本質的に異なる特殊性がある。まず、現在では、資本市場、即ち金融商品の市場は、情報空間のなかだけにある。実は、証券取引所のような物理的建物が存在する場合にも、全ての取引は、その物理的空間内ではなく、取引所の情報空間のなかで執行されているのである。これは、金融商品が物質ではなく、電子信号化されている以上、当然のことである。

また、金融商品においては、専門家だけに閉ざされた特殊な市場があるにしても、それは例外的で、個人投資家が直接に市場に参加できるようになっている。背景には、開示制度によって情報の対称性が実現されていることと、金融商品は、物理的なものではなく、情報化された抽象的な権利であるために、容易に取引単位を小口化できることがあるわけだ。

しかし、情報の対称性は、個人投資家の情報分析力に依存するわけだから、実際に対称的になるとは限らない。そこで、開示制度は、平均的な知識と思考能力を備えた普通の人を想定して、その人が投資対象の価値の分析を十分に行えるように、必要最低限の情報の開示を発行体に求めることで、情報の対称性が成立したとみなしているわけで、制度設計としては、それ以上のことは不可能なのである。

森本 紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
HC公式ウェブサイト:fromHC
twitter:nmorimoto_HC
facebook:森本 紀行