ドイツ国民の大多数は基本法(憲法)改正を承認か

借金する時は通常の場合、大きな声で頼む人は余りいないだろう。ましてや、公の場で借金を要請することなどは考えられないことだ。ところで、ドイツでこの度、戦後最大の借金(債務)が認められるために国の憲法(ドイツの場合、基本法)が改正されたばかりだ。もちろん、そのためのハードルは高い。議会の3分の2の支持がなければ認められないが、ドイツでは今月18日、連邦議会(下院)で採択され、そして連邦参議院(上院)で21日、そのハードルを越えることが出来、上下両院の承認を受けた。それを受けて、シュタインマイヤー大統領は22日、国防やインフラ投資に振り向ける巨額財源を確保する基本法改正案に署名し、改正が成立したばかりだ。

ドイツは欧州諸国の中でもこれまで健全財政を死守する国として知られてきただけに、そのドイツが巨額の財政債務を認める法案を採択したということは、それだけドイツは深刻な財政事情を抱えていたともいえる。ドイツの今回の決定は他の欧州諸国にも影響を与えるのではないかと経済学者の中には懸念する声が聞かれる。

基本法改正案はキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)と社会民主党(SPD)が提出したもので、同法案を通じて防衛予算に対する「債務制限(Schuldenbremse)」を緩和する。今後、ドイツの国内総生産(GDP)の1%を超える防衛支出は、基本法の負債規制の対象外とされる。さらに、基本法改正により、年間の国債発行を国内総生産(GDP)比0.35%までに抑える債務抑制ルールに例外規定が設けられる。各州の債務制限も緩和され、今後は連邦政府と同様に、GDPの最大0.35%までの借り入れが可能となる。そのうえ、インフラ投資のための5,000億ユーロ規模の特別財源が計画されており、その運用期間は12年に及ぶ。このうち1,000億ユーロは各州に割り当てられ、さらに1,000億ユーロは気候変動対策と経済の脱炭素化を支援する「気候・転換基金(KTF)」に充当される予定だ。

CDUメルツ党首インスタグラムより

基本法の改正でウクライナへの軍事支援の継続、国防軍の近代化とともに、リセッションにある国民経済の再建、鉄道、道路といった基本的インフラの整備への道が切り開かれたことで、経済界、産業界では概ね歓迎されている。次期政権を担当するCDU/CSUとSPDにとっても政権運営にとって巨額の財源を確保することは不可欠だった。

ところで、巨額の債務を抱える財政政策に対して、反対の声がないわけではない。右派政党「ドイツのための選択肢」(AfD)のクルパラ共同党首は18日の連邦議会で、次期首相の有力候補者メルツCDU党首に対し、選挙前には財政の規律を強調し、健全財政を主張していたが、選挙後は巨額の財政負債を要求しているとして、「貴方は国民の政治への信頼を大きく傷つけた」と糾弾。左翼党、自由民主党(FDP)も同様に、財政パッケージの採択は「国家の健全な財政運営を破壊する」として、メルツ党首を非難した。

実際、CDU/CSUは選挙戦では社民党・緑の党・自由民主党(FDP)の3党連立政権の財政政策を批判し、健全な財政を要求してきた。そのCDU/CSUがここにきて巨額の財政赤字をもたらす基本法改正を提出したわけだ。明らかに、選挙戦での公約違反といわれても致し方がない。それに対し、メルツ党首は「われわれが批判してきたのは、ショルツ政権内の財政政策での対立を問題視してきたのだ」と説明しているが、説得力は乏しい。選挙前の主張とその後の政策は誰がみても180度異なっているからだ。

メメルツ党首は「緑の党」と交渉し、財政パッケージから「緑の党」が推進する環境保護政策へ財政支援することを約束。そのうえ、総選挙後の議席構成ではCDU/CSU,SPD、そして「緑の党」の3党を合わせても3分の2は難しいため、選挙前の連邦議会の最後の会期で財政パッケージを採決するという綱渡りをしている。

興味深い点は、メルツ党首が明らかにその見解を180度変えたが、それに対して野党の一部を除いて大きなメルツ批判の声は出ていないことだ。ドイツ経済を回復し、投資を生み出し、インフラを整備するために巨額の財源が必要だ、という点で大多数の国民は今回の基本法改正を「やむ得ない対策」と考えているのだろう。サイレント・マジョリティは今回の基本法改正を承認している、と受け取れるわけだ。

メルツ党首を主導とするCDU/CSUとSPDの連立政権は来月20日の復活祭前までに連立交渉をまとめて、新政権を発足する見通しが高まってきた。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年3月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。