トランプ米政権が政府系放送局「ボイス・オブ・アメリカ」(VOA)などの記者らに対し休職を命じ、大きな波紋が広がっている(BBC及び米ニーマンラボの記事を参照)。
VOAは英国の国際報道サービス「BBCワールド」に相当する。
人員整理の一環として、トランプ政権の容赦ないナタが降りおろされた格好だ。15日以降、VOAのウェブサイトには新しい記事が掲載されていない。第2次大戦末期から多数の言語による対外発信を行ってきたVOAを事実上の「解体」に追い込んだと見られている。
今回の措置はトランプ氏が14日に署名した大統領によるもので、VOAのほかにラジオ・フリー・アジア(RFA)、ラジオ・フリー・ヨーロッパ/ラジオ・リバティー(RFE/RL)も対象となる。
1000人以上のVOA職員が無期限の有給休職となり、VOAのウェブサイトや関連する通信チャンネルの活動も停止した。
VOAが世界中の何百万人もの人々に提供してきた客観的なニュースや情報を損なうと懸念されており、報道の自由や米国の国益への悪影響も指摘されている。米大統領官邸のウェブサイトはVOAを「急進的な米国の声(VoiceofRadicalAmerica)」と表記している。

トランプ大統領 ホワイトハウスXより
VOAとは
VOAは正確で偏りのないニュースと情報を提供することで、ナチスのプロパガンダと戦うために1942年に放送を開始。以来、世界に向けて米国の価値観や政策を発信する対外宣伝活動の役割を担ってきた。現在までに48の言語でニュースを発信し、毎週3億5400万人以上の視聴者・リスナーに情報を届けてきた。
VOAは連邦政府の予算で運営されているが、BBCによると、「1976年には当時のジェラルド・フォード大統領が、VOAの編集独立性を保護するための憲章に署名した」。
1994年には、非軍事放送を監督する放送理事会が設立され、「2013年の法改正により、VOAとその関連団体が米国内で放送を開始できるようになった」という。
国内外の報道機関やジャーナリスト団体は「政府による報道機関への介入」として、強い懸念を表明している。
報道の自由を擁護する組織「国境なき記者団」も、VOAの閉鎖はロシアや中国などの権威主義体制がチェックされずにプロパガンダを広めることを許すことになると指摘し、投獄されているVOAのジャーナリストや職を失ったジャーナリストを危険に晒すと非難した。
長年にわたって独立性を保ってきた米国の報道機関が、政権交代によって急激にその機能を停止させられたという点で、国際社会に強い衝撃を与えた。また、VOAの活動停止は、世界中の情報アクセスに悪影響を与え、報道の自由を脅かし、米国の国際的な情報発信力を低下させるという、広範で深刻な影響をもたらす可能性がある。
背景には政府批判?
ニーマン・ラボによると、トランプ大統領は最初の任期時からVOAを標的にしてきた。
保守派の映画監督で親トランプ派のマイケル・パック氏をVOAを傘下に持つ「米グローバルメディア局(USAGM)」の最高経営責任者に任命している。パック氏は「経営陣の大部分を解雇し、世界的なインターネットの自由プロジェクトを停止し、取締役会を解散させ、従業員の就労ビザの更新を拒否。トランプ氏の忠実な支持者を組織に任命した」。
2020年、連邦判事はパック氏をジャーナリストの報道の自由を守る憲法修正第1条の権利侵害で有罪とした。
トランプ大統領の2期目が今年1月に始まって以来、USAGMの人事部は「トランプ大統領に批判的と受け取られた」コメントをめぐり、個々のVOAジャーナリストを調査し始めたとニューヨーク・タイムズ紙は2月に報じている。
他国の政府も過去15年間に通信社を解体したり、根本的に変えたりしている。
2013年、ロシアのプーチン大統領は国営通信社RIAノーボスチを閉鎖し、ロシア・トゥデイに置き換えた。2015年、ハンガリーのオルバン首相は国営通信社MTIを自身の支持者が支配する大規模なメディア・コングロマリットに統合した。
民主主義の長い伝統を持つ米国の大統領の一声で、国際放送が消える・・・驚くべき展開となってきた。
編集部より:この記事は、在英ジャーナリスト小林恭子氏のブログ「英国メディア・ウオッチ」2025年3月22日の記事を転載しました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「英国メディア・ウオッチ」をご覧ください。