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本稿では、兵庫県問題の経緯を整理し、第三者委員会と百条委員会の報告を分析、その上で賛否両論を比較することで、地方自治における民主主義の機能不全をフランシス・フクヤマ教授の理論を用いて考察する。最終的に、『民意とは何か』を問い直し、混乱の背景を明らかにすることを目指す。
兵庫県で何が起きているのか?
昨年から続いている兵庫県問題に関して、橋下徹氏は、元大阪府知事として地方自治の経験を持ち、議会と知事の関係について法治主義の観点から発言している
「だから(議会は)不信任決議ができるわけです。不信任決議の後、斎藤さんは邪道な出直し知事選をやったんです。これは邪道で、法律のたて付けは議会から不信任決議が出てきた時には、議会を解散しなきゃいけないんです」
と主張する。これが正しいか否かは、結論が出ていない。先日の第三者委員会の報告では、齋藤知事の客観的視点でパワハラと言えるとの記者会見を行い、各メディアとも、一斉に第三者委員会がパワハラ認定したと報じた。
ただし、元県民局長の告発文の中身についても、虚偽であることも同時に認めた。
第三者委員会は法律の専門家によって構成されているので、法律の範囲内で適正な判断を下さなければならないが、個人の感想や意見に近いことなら言える。報告書の中身を見ると、「判断した」や「べきと考える」など、意見論評の域を出ない表現も目立つ。
第三者委員会報告書の中身
第三者委員会の結論は、パワハラ認定に留まり、その他の疑惑は証拠不足で結論に至らなかった。この結果は、問題の深刻さとメディアの報道規模に比して限定的とに留まった。
第三者委員会の結論は10件のパワハラ行為を認定したものの、その他の不正疑惑は証拠不足で未解明に終わり、メディアの報道規模に比して限定的な結果に留まった。これは、パワハラ自体の重大性を軽視するものではなく、問題の全体像が依然として不明確であることを示している。
これについて齋藤知事は、第三者委員会によるパワハラの指摘については「真摯に受け止める。不快な思いをさせた職員には謝罪する」とのコメントを出した。また告発者探しについては適切な対応だったとも。
多くの反齋藤知事派の人々は、第三者委員会の報告書を根拠に齋藤知事批判を再燃させている。
本来、改革派として大阪維新の会推薦で兵庫県の改革に乗り出した齋藤知事だった筈が、維新の会がハシゴを外し、兵庫県内の利権を失いたくない人々が、執拗に齋藤知事批判を繰り返しているに過ぎないことが、本当のところだろう。
齋藤知事を推薦した維新の会自身が、改革政党の本義を忘れ、利権構造そのものになり変わってしまおうとしている。加えて、県議会の席を失いたくない自民党議員などと兵庫版55年体制を組んでるだけだ。
※『兵庫版55年体制』とは、自民党と維新の会が県政で利権を共有する構造を指す筆者の造語である。
第三者委員会の報告書にしても、多分に委員の私見が入っているのではないか?との指摘もある。
拙稿ではこの兵庫県問題で民意、民意と叫ぶ人たちの中でも、反齋藤知事派の言う民意が果たして本当に民主主義と言えるのか?について考察してみたい。
既に二度、民主主義の厳しい選択を乗り越えた齋藤知事に対して、果たして、更なる民意を問うことの意味はどこにあるのか?を考えてみたいのだ。
齋藤知事反対派の主張
齋藤兵庫県知事反対派の団体としては、「兵庫県政を正常に戻す会」が集会を行なったり、県警や神戸地検に捜査を要請を行う嘆願書の署名運動を行ったりしている。
彼らの主張の要旨は以下の通りだ。
・齋藤知事の不適格性
・知事選での不正疑惑
・県政混乱と正常化の必要性
・齋藤知事の不適格性
百条委員会と第三者委員会の報告内容を受け、齋藤知事の不適格性を指摘。元県民局長の告発文書の中身を問題視。
・知事選での不正疑惑
PR会社merchの選挙関与が公選法違反に当たると指摘。
・県政混乱と正常化の必要性
元県民局長の告発文に対する知事の対応等、現在の県政混乱の原因を齋藤知事だと指摘する。
齋藤知事擁護派の主張
一方で齋藤知事を支持する人々の意見は、というと。
・県行政改革の実績
・有権者のメディア不信に応える情報発信
・選挙結果を通じた民意の証明
・県行政改革の実績
天下り規制の内規の厳格化。海外事務所整理と隠れ借金の透明化による財政健全化。学校整備事業推進と県立大学無償化実現。井戸県政化に構築された利権構造打破。
・有権者のメディア不信に応える情報発信
従来の県行政幹部、OB、県議会、兵庫県記者クラブなどの既得権益層への有権者の不信感に応え、齋藤知事独自の一時情報発信に努めた。ネットリテラシーの高い層への支持拡大.
・選挙結果を通じた民意の証明
2024年11月の選挙における111万票の圧倒的な得票を得て、しかも、投票率は前回の44%から55%へと上積みした。特筆すべきは都市部ではなく得票が県全体に及んだこと。この結果を齋藤知事支持派は明確な証拠としている。
といったところとなる。特に3点目の選挙結果については、二度の選挙を経ての結果であり、兵庫県民の意思の表れであって、民主主義の根幹をなすものだと受け止めているようだ。
一方、県議会は昨年9月、不信任案を可決して県知事選に至ったわけですが、結果は県議会の思惑とは全く違った。地方自治体は二元代表制をとっており、県議会議員も民意を得ているとは言うものの、齋藤知事の得票数は圧倒的で、県議会が推した候補者との得票差は圧倒的。
特に自民党、立憲民主党、国民民主党、公明党は自主投票の形をとったものの、実質的には次点の稲村和美候補を推したが、大方の予想に反して、稲村候補は敗退した。
・斎藤 元彦(さいとう もとひこ): 1,113,911票(当選)
・稲村 和美(いなむら かずみ): 976,637票
・清水 貴之(しみず たかゆき): 258,388票
・大澤 芳清(おおさわ よしきよ): 73,862票
・立花 孝志(たちばな たかし): 19,180票
・福本 繁幸(ふくもと しげゆき): 12,721票
・木島 洋嗣(きじま ようじ): 9,114票
この時、立花孝志候補が齋藤知事失職に至る経緯を踏まえ齋藤知事擁護に回ったことで、二馬力選挙などと揶揄されたが、一方で兵庫県下22市長が市長会の総意として稲村候補支持を表明したことも、後々、問題視されるに至る。
そして、百条委員会と第三者委員会の報告内容は、反齋藤知事の論調となっている。果たしてそこに客観性は存在しているのか?という疑問はついて回ることになるが、いずれも、齋藤知事への刑事告訴に至るような内容とはなっていない。
兵庫県問題の総括
- 県知事選(2024年11月)
- 2024年3月に元西播磨県民局長が斎藤知事のパワハラや不正を告発する文書を公表し、県が告発者を特定して懲戒処分(停職3か月)としたことが発端。
- 県議会は6月に百条委員会を設置し調査を開始。7月に告発者が自殺し、9月に不信任決議が全会一致で可決され、斎藤氏は失職。11月17日の出直し選挙で再選を果たした。
- 選挙では、斎藤氏の「県政継続」と「疑惑否定」が支持を集めた一方、反対派は「疑惑解明」を訴えた。
- 百条委員会(2024年6月~2025年3月)
- 2025年3月4日に報告書を公表。パワハラ疑惑について「一定の事実が含まれ、不適切な行為」と認め、県の対応を「公益通報者保護法に抵触する可能性が高い」と指摘。
- 法的拘束力はなく、知事への辞職要求は明示せず、「説明責任を果たせ」と提言。
- 第三者委員会(2024年9月~2025年3月)
- 2025年3月19日に報告書を提出。10件のパワハラ行為を明確に認定し、県の告発者特定や懲戒処分を「公益通報者保護法違反で違法」と断定。
- 知事の「おねだり体質」や不正疑惑の一部は否定したが、対応の不適切さを強く批判。
- 擁護派と反対派の意見
- 擁護派(主に選挙支持層や一部議員):再選は「民意の信任」と主張。百条委や第三者委の指摘は「政治的攻撃」や「行き過ぎた解釈」とし、県政運営の継続を重視。
- 反対派(自民党や公明党の一部、市民団体):パワハラ認定と法令違反を重く見て、「知事の資質不足」や「県政の混乱」を強調。辞職やさらなる追及を求める声も。
明確な点
- パワハラの事実性
- 百条委と第三者委の双方が、斎藤知事の職員への叱責や威圧的言動を「パワハラ」と認定。第三者委は具体的に10件を特定し、法的根拠に基づく評価を下した。
- 県の対応の不適切さ
- 告発者特定や懲戒処分が公益通報者保護法に抵触するとの結論が両委員会で一致。特に第三者委は「違法」と明言し、県の初動対応の失敗を明確に指摘。
- 知事の姿勢
- 斎藤氏はパワハラを認め謝罪(3月26日)したが、県の対応は「当時は適切」と主張し、報告書への全面的反論は控えた。この一貫した態度は明確。
不明確な点
- 不正疑惑の真偽
- 優勝パレードの補助金問題や知事選での事前運動など、告発文書の他の項目は両委員会で「証拠不十分」とされ、結論が出ていない。県警への告発もあり、捜査の行方が未定。
- 知事の今後の対応
- 再選後の知事が報告書をどこまで受け入れ、県政改革にどう反映するかは不明。擁護派は「民意で決着済み」とするが、反対派は「辞職勧告や不信任再提出の可能性」を示唆し、方向性が定まらない。
- 法的責任の有無
- 第三者委が「違法」と認定した県の対応について、司法判断に至るかは不透明。知事個人の責任追及や処分の可能性も議論が分かれる。
県民を混乱させているポイント
- 民意と調査結果のギャップ
- 選挙で斎藤氏が再選され「信任された」との見方がある一方、両委員会がパワハラと法令違反を認定したことで、「民意が正しいのか、調査が正しいのか」という矛盾が県民に混乱をもたらしている。擁護派と反対派の対立がこのギャップを増幅。
- 責任の所在と収束の見通し
- 知事が謝罪しつつも辞職せず、県の対応を正当化する姿勢は、「誰がどう責任を取るのか」「いつ収束するのか」を不明確にしている。県議会や知事の次の一手が見えず、県民は宙吊り状態。
- 組織運営への不安
- パワハラや告発者への対応が明らかになり、県庁の職場環境や通報制度への信頼が揺らいでいる。若手職員の転職意向や県政停滞への懸念が報じられ、県民生活への影響が不透明。
考察と結論
兵庫県民を最も混乱させているのは、「選挙での信任」と「調査での断罪」が並存し、知事と議会の対立が解消されない点だ。
明確なのはパワハラと県の対応の問題性であり、不明確なのは不正疑惑の結論と知事の今後の方針。この状況下で、県民は「県政が正常化するのか」「知事が変わるのか」を予測できず、分断が深まっている。
混乱収束には、知事が具体的な改善策を示すか、議会が新たな決議で民意を再確認するかの行動が求められるが、現時点ではその兆しが見えず、県民の不安は続く。
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以後、
・民主主義と兵庫県政
続きはnoteにて(倉沢良弦の「ニュースの裏側」)。






