(前回:第三者委員会の報告書を読む①:本件文書事項1〜6、県の処分と公益通報)
【事項7】パワハラ、不適切な言動ないし対応の有無
委員長は、委員会がパワハラかどうかを考えるに当たっての2つ基本的な視点を以下のように述べた。
1つはパワハラの問題を当事者の関係だけで捉えないということです。人にはパワハラに対する耐性、耐える力に違いがあります。人によってこれはパワハラだ、パワハラでないと考える線引きの基準も異なることでしょう。そうだとすると、相手の方がパワハラでないと感じていると言っているというだけで、パワハラかどうかということを判断するのは適当ではないと考えます。パワハラがあると周囲の職員が萎縮したりします。就業環境が害されれば、職員の士気は低下します。士気が低下すると県政が停滞します。県政の停滞によって被害をこうむるのは県民です。そのような視点でパワハラを見ないといけないというのが第1の視点です。
第2の視点は、パワハラには程度があるということです。暴行罪とか障害罪とか犯罪にわたるようなパワハラもあります。民事で訴えられて損害賠償が認められるようなパワハラもあります。それから、司法問題にはならなくても懲戒処分を科すべきという風な程度のパワハラもございます。そこまでは至らなくても、関係を分けた方がいい、切り離した方がいいとか、指導した方がいいという風なレベルのパワハラもあるでしょう。目指すはパワハラのない社会、職場です。そうだとすれば、損害賠償が認められるかとか、犯罪になるかというレベルではなくって、いかに風通しの良い職場を作るかと、そのために、この行為はどう見るかという点でパワハラ見るべきではないかという風に考えております。そのような視点で見た時にいくつかの問題をお話ししたいと思います。
「消費者庁」サイトの「パワハラと公益通報のQ&A」と厚労省サイトのいわゆる「パワハラの3要件」が以下のようであり、また世間一般では「相手がそう感じなければハラスメントにならない」(委員長も「人にはパワハラに対する耐性に違いがある旨を述べている」)と考えられていることもあって、委員長の発言には少々驚いた。
消費者庁サイト
Q1:職場で行われたパワハラやセクハラについての通報は、公益通報に該当しますか。答:パワハラは労働施策総合推進法、セクハラは男女雇用機会均等法においてそれぞれ規定されていますが、いずれも犯罪行為若しくは過料対象行為又は最終的に刑罰若しくは過料につながる法令違反行為とされていないことから、これらの法律違反についての通報は、公益通報には該当しません。なお、これらのハラスメントが暴行・脅迫や強制わいせつなどの犯罪行為に当たる場合には、公益通報に該当し得ます。
厚労省サイト
職場のパワーハラスメントの概念について
以下の1から3までの要素のいずれも満たすものを職場のパワーハラスメントの概念として整理(「パワハラ防止法30条」)
上記の「1から3までの要素のいずれも満たすもの」がパワハラであることがポイントである。つまり、それが叱責を伴う指導ではなくパワハラであると断定するには、1は当然としても、同じに2と3を満たす必要がある。となると、かなりこじつけない限りパワハラ認定は容易でない、というのが筆者を含めた世間一般の見方であるまいか。
ダイジェスト版の「パワハラ該当性を含めた事実認定」16件は下表の通りで、10件がパワハラ、5件が該当性なし、1件(付箋投げ)がどちらともいえず、と評価された。
本年文書はパワハラについて、先ず「知事のパワハラは職員の限界を超え、あちこちから悲鳴が聞こえてくる」「(職員からの訴えがあれば)暴行罪、傷害罪」と記した。これら16件のいくつかについて、以下で見ていくことにする。
主な行為①:出張先で20m歩いたことについて叱責した件
委員長は、出張先の入り口に向かうエントランスの地下には遺跡と思われる埋蔵物があり、車両入侵入禁止は埋蔵物を保護するためだと述べた。知事は公用車が車止めの前で止まると「ロジ」(「ロジスティック」の意)が不適切であると考え、車から降りて理由を聞くことなく、車止めを持ち上げる仕草をして担当者を叱責したと述べた。
そして、車両侵入禁止には客観的な理由があり、必要性を欠く指導だとし、かつ叱責が、直後の会議で重要な役割を担う職員に対して行われたことは、職員の心をざわつかせ、指導方法として相当性を欠くものとした。また、この話が県庁内に広まり、ロジに気をつけないと知事の怒りを買うと沢山の職員を萎縮させた。これらからこの行為をパワハラと判断したと述べた。
が、いくつかの疑問が湧く、先ずは公用車を止める場所を間違えたことだ。【報告書の添付資料8】を見ると、博物館の敷地を入ると直ぐに三差路があり、そこを左折した二差路を右に行くと車止めのある狭い道路(報告書では「歩行者用道路」)があり、左に進むと駐車場がある。
報告書に記された「ロジ」では、公用車の「黒のアルファード」はここを左折して駐車場で知事を降ろし、駐車場右下方で待機する出迎え職員2名と共に、駐車場の下方の道を左斜めに徒歩で進んで、玄関から館内に入ることになっていた。
ならば、待機していた職員2名は、公用車が駐車場に向かわずに「歩行者用道路」に向かったと気付くはずである。が、2名が12:45に駐車場に向かったところ、「黒のアルファード」が駐車していたため、公用車が先に到着したと思い込み、玄関に移動して知事を待った。
そこへ13時少し前に別の「黒のアルファード」が敷地に入って来たので、2名は駐車場に向かおうとした。が、「黒のアルファード」は駐車場ではなく「歩行者用道路」の車止め前で停車した。2名はそこで知事の「何でこんなところに車止めを置いたままにしているのか」との「激しい叱責」に遭う。そこから知事は職員と「歩行専用道路」を歩いて館内に入った(点線)。

【報告書の添付資料8】
つまり、職員には2つのミスがあるようだ。1つは前述の公用車が間違えて「歩行者用道路」に向かったこと。2つ目は、駐車場で待機した職員2名が駐車していた「黒のアルファード」の中を確認せず、勝手な思い込みで玄関に移動し待機したこと。加えて、待機するなら駐車場と「歩行者用道路」の分岐点でするべきであったろう。
知事の叱責は20m歩かされたことよりも「ロジ」に係るこの2つのミスに対するものではなかろうか。報告書には、知事が「入り口まで道が続いていたし、出迎え職員は入り口で待っていたのだから、歩行者道路が車両通行禁止であると知らされていない当時の認識の下で、職員の対応をロジの不適切と考えたことは誤っていない。・・口調は強いものであったが、注意、指導の範囲内である」と述べたと記されている。
だが、会見で委員長は、職員のミスにも、知事の弁明にも全く触れず、もっぱら地下の埋蔵物と知事の言動にのみ言及した。これには大いに疑問がある。筆者も知事と同様の認識の下、昨年9月、本欄に記事を寄せた。

主な行為③:空飛ぶクルマの件
大阪府が万博の目玉にし、知事も重点を置いていた事業(空飛ぶクルマ)について、知事レクの日の朝に新聞が事業内容を報道したことに知事が、「この記事は何だ、この事業は自分の直轄である、勝手にやるな」と強く叱責し、職員が事情を説明しようとしても聞こうとせずやり直しと、協議を打ち切った件である。
委員長は、報道は新聞社が独自にその価値を認めて行ったもので、職員が依頼して記事にしてもらったものではないので、この叱責は理不尽と言わなければならないとし、多くの職員を萎縮させたとして、パワハラ認定した。
報告書には、その後、秘書課から産業企画部に「再度協議の日を設定するとの連絡があり」、開かれた協議で知事は本件を了承したとある。が、会見ではこのことには触れなかった。
報告書が、この案件は企画部と服部副知事が知事協議で説明していたので、知事は企画部の主導だった述べているように、実際に推進していた産業企画部が知事の感度を企画部を通じて知るしかなかったとし、知事と十分なコミュニケーションが取れていなかった背景を指摘した。
主な行為④:県立美術館館休の件
知事が令和5年7月20日に美術館が4日後から9月初めまで休館すると報道で知り、その日の深夜0時46分、数回にわたり側近幹部らにチャットを送り、「美術館の長期休館は聞いていない、知事が報道で知るのはおかしい」と指摘し、翌日朝一で教育長と担当部長を知事に呼ぶよう指示し、こんなことでは美術館への予算措置はできないと示唆した件である。
教育委員会は令和5年3月頃に同年7月24日から9月8日までの休館を決め、それを記したリーフレットのカレンダーを同年4月27日頃に秘書課を通じて知事と副知事に配布し、美術館のHPにもその旨が告知されたと記されている。
また教育長は7月21日に知事を訪い、万博のためのメンテナンスで休館が必要なこと、費用は令和4年度の補正で予算化されていること等を述べたが、知事は納得せず、教育長は謝罪するしかなかった、と報告書は記している。
知事は休館中に代替事業を行うよう指示し、美術館が急遽、盆踊りの展示や他施設への出前事業、地域イベントなどを企画した結果、知事は7月31日の協議でこれを了承した。が、会見で委員長はそれらのことには言及していない。
が、委員長は、教育委員会は独立した行政委員会で、知事に指導権限はないと述べ、事情を聞かず叱責するのは相当でないし、予算措置を仄めかすことも不適切だとし、一定範囲の職員が知ることとなり萎縮させたので、パワハラに当たると認定した。
この件では知事のパワハラをハイライトするのではなく、むしろ知事が代替事業の実施を指示した結果、美術館が短期間で幾つかの代替事業を実施したことを評価すべきではなかろうか。折角の夏休みに、代替案もなく県民のための公共施設を休館するは怠慢だからである。
(その③:事項7:パワハラ事例(2)とまとめに続く)