(前回:第三者委員会の報告書を読む②:事項7 パワハラ事例(1))
主な行為⑤:SDGs選定書事業式の件
令和5年度「SDGsの未来都市」及び「自治体SDGsモデル事業」に県と事業が選定され、表彰式が5月22日月曜日に東京で行われるところ、5月19日金曜夜10時過ぎ知事が担当職員に、式に「報道機関が取材に来ないのはおかしい」「なんとか明日追加対応して取材に来るよう交渉してほしい」とチャットした件である。
担当職員は翌土曜報道各社と交渉したが、良い返事が得られなかったため、月曜は職員を東京に派遣して動画を撮影し、報道に持ち込むことにした。
この件について委員長は、相手(報道機関)の決めることは、職員が必ず実現できることではなく、これは高すぎる要求だと思うとし、また夜間・休日にチャットを送り、業務を行うことを求めるのは、行き過ぎだとして、パワハラに該当するとした。
だが報告書を読むと、19日22:09に知事が幹部4名に送ったチャットにはこう記されている。
22日のSDGs未来都市等に認定について、メディアの東京現地の取材の集まりがいまいちだと思います。特にNHKやサンが来ない。・・①認定都市代表スピーチを兵庫県知事がすること、②県内で、モデル事業制定は初、③ひょうごフィールドパビリオンの取り組みが高い評価を得ていることをきちんと記者配布資料で伝えているのか。・・もしできていないのであれば、明日追加対応して下さい。それと個別に記者に売り込みをすること。・・努力や動きをせず、漫然と内閣府リリースを転送しているだけであれば、絶対に許されません。
知事が表彰式終了後の22日月曜20:27、同じ4氏に送ったチャットにはこう記していた。
結局、神戸新聞や時事は来ていなかったようです。・・どこが取材に来たのか確認しておいてください。・・結果的にどこも来ていないのは仕方がないですが、どうも、皆さんの報告が、とりあえず楽観的な報告をして、その場を凌いでいるだけ、に感じます。
本件について委員会の弁護士の目には、「パワハラ3要件」の「2」に当たる「高すぎる要求」であり、「夜間・休日にチャットを送り、業務を行うことを求めるのは、行き過ぎ」であって、パワハラに該当する、と映ったのだろう。
が、世間には、これらのチャットを知事の県の発展と部下の成長を願う気持ちの発露と受取り、また部下に対する指示も、急とは言え、その懇切な内容は的を射ていると感じる者も少なからずいるのではなかろうか。
主な行為⑦:机を叩いて職員を叱責
知事就任翌月の、尼崎沖を埋め立てて万博資材の運搬拠点を設けるとの報道に知事が、自分は知らない・関与していないと立腹し、所管局長と課長を呼び、2人が入室すると「県として意思決定していないことを先に出すのは良くない、許せない」と机を叩いて叱責した件である。
所管局長らは、この件は前知事時代から協議され、パブコメも経ているので、県として意思決定していないことの報道ではないと説明し。退室した。机を叩いての叱責は多数の職員の知るところとなった。知事はその後の知事協議の際、適切な行為ではなかったと反省の意を表した。
委員会は、知事就任ひと月後に生じた本件は、「相手の職員に精神的衝撃を与え」「多くの職員の間で、知事は気に入らないと机を叩いて怒ると評判になり、伝え聞いた職員の相当数に畏怖と萎縮を生」み「勤務環境は悪化した」として、パワハラ認定した。
主な行為⑧:付箋を投げた行為
知事はこの件につき「元副知事と協議した際、2度付箋を投げたが、付箋は仕切りのアクリル板に当った」と述べ、副知事も「威圧を受けたとまでは感じていない」と委員会に述べた。
が、報告書は「伝え聞いた職員を萎縮させ、就業環境を悪化させる可能性がある。パワハラとは断定しないが、その疑いが残ると指摘しておく」と記した。
主な行為⑫:はばたんペイの「うちわ」
県民の家計支援目的の「はぱたんペイ」は、買物で使うプレミア付きカード。協議でキャンペーン用「うちわ」を見た知事は「舌打ちをし、大きなため息をついた」。広報室長らは何が問題か理解できなかったが、「うちわ」に知事のメッセージや写真がないからだと判り、従前のものに加えメッセージと顔写真を入れた「うちわ」を追加発注した。その後、担当課は事業ポスター等に知事の名や写真を入れるよう気遣うようになった。
委員会は、知事のメッセージや写真を入れることは当然の業務とは言えず、指示のなかった本件で追加発注までする必要があったかは疑問なしとしないとした。舌打ちをし、ため息をついて相手に考えさせようとする指導方法も、無用に相手を威圧し、萎縮効果を生じさせるとし、本来の仕事以外への気遣いをさせ、勤務環境を明かさせたものであり、パワハラに当たるとした。
本稿では省いたが「ココロンカード」なる小中高生が協力施設を無料で使えるカードの裏に井戸前知事の名がそのまま書かれていたので、知事の求めにより既発行のカードを含めて斎藤知事の名入りのものを発行し直した。つまり、前知事時代はカードに名入れしていたのである。
こちらはパワハラ認定しなかったものの、報告書には「カードを一斉に差し替えることは、知事の名前をアピールする、ないしは知事個人の個人的感情を満足させるものと考えざるを得ない」と記している。少々踏み込み過ぎた記述ではなかろうか。
パワハラ認定された案件には「空飛ぶクルマ」と同様のコミュニケーション不足とそれに伴う事前説明不足が背景にあるものとして、「AIによるマッチングアプリ」や「介護テクノロジーの導入」がある。説明する側は予算化や議会承認がされているので、知事が当然知っているものとしてことを運ぶが、知事には覚えがない案件もあろう。
その辺りを報告書は、「判らないことがあれば、聞けばよいのであって、事情を聞かずに説明を拒否するのは適切でない。事情を聞けば前提事実を正しく認識できるから、指導を行う必要のない案件もある。また指導の必要があっても、事情を聞かず強い口調で叱責することは相当性を欠く」と評価・提案している。確かにその通りである。
が、中には担当職員の段取りや気配りの欠如を指導したものが少なからずある。そうしたことを指導した結果が、夏休みの美術館の休館リカバリーのような県民サービスの維持向上や、「うちわ」に見るような「気遣い」の定着に繋がったことも多いのではなかろうか。
報告書は「パワハラ3要件」の3にいう「身体的若しくは精神的な苦痛を与えること、又は就業環境を害すること」を意識してか、「萎縮させた」「畏怖させた」「就業環境を悪化させた」と記し、また元局長は「(職員からの訴えがあれば)暴行罪、傷害罪」をしているが、知事のパワハラを実際に訴えたケースはない、
つまり、相手側の心の問題について牽強付会と思われる案件もあるし、「うちわ」に知事のメッセージや写真を入れることが「本来の仕事以外への気遣い」なのかとの疑問がある。また相当数の職員が「伝え聞いた」だけで「萎縮」し「就業環境が悪化する」職場も想像し難い。
要は、かつての「24時間戦えますか!」は何だったのかということ。これだから日本は30年間の低成長に喘ぎ、今や一人当たりのGDPで韓国や台湾の後塵を拝する状況に陥っている、との見方も出来るのではあるまいか。
まとめ
報告書は、元局長が本件文書に書いたパワハラを除く事項1〜6全てについて、事実がなかったと評価した。それは取りも直さず、元局長の記述が虚偽であったということであり、斎藤知事の「うそ八百」発言が「うそ」ではなかったことの証左である。
が、事項4の「コーヒーメーカー」は「他者から疑惑の目で見られる・・こと自体は否定し難い」とし、事項6「優勝パレード」も「元副知事が協賛金と補助金の両方に決定的な役割を果たしたことから、外形的に見て疑念を懐かれる原因になったと指摘せざるを得ない」、即ち3号通報にいう「真実相当性」が認められるとした。
県の懲戒処分の当否
前記により、報告書は県が元局長に科した懲戒処分理由の①~④につき、①誹謗中傷文書(本件文書)の作成・配布を3号通報に該当するとして違法とし、それに伴い、通報者探索やそれに知事や元副知事が関わったこと及び公用PCを引き上げたことを違法、極めて不当とした。
また②~④については適法としたが、これらの証拠を3号通報が禁じる通報者探索と公用PC引き上げで得たことが適法なのかという疑問が残る。が、報告書は、探索と引き上げは違法だが、「判明した非行が軽微なものといえないので、懲戒処分は避けられない」とした。
何なるご都合主義か。が、そのご都合主義は、本件文書が公益通報に当らないという立場の者からすれば、県及び知事の行為すべてに違法性はないということになるから、委員会が、今後に予想されるこうした意見への予防線を張ったように筆者には感じられる。
「不正の目的」の有無
報告書は、本件文書が「不正の目的」をもって作成・配布された場合には公益通報にならない、との極めて重要な件に関し、以下のような要旨で「不正の目的」は認められないとして、本件文書の作成・配布が3号通報に該当すると判断した。
- 元局長の4月1日付のマスコミ送付文書及び百条委員会宛陳述書には、「今の県政運営に対する不信感、将来に対する不安感、頑張って働いている職員らの将来を思っての行動」としてあるので、知事らに「反省し改めてもらい、風通しの良い県政になるようにとの願いを込めたもの」と考えられる。
- 元局長の知事らへの強い不満や批判的な態度が公用PCその他から窺われ、「知事らの失脚や信用失墜を望む感情もあったと考えることもできる」。本件文書は、公益目的はあるが知事ら対する「複雑な感情」に基づいても作成され、配布されたものと認められる。
- だが、元局長は3月末での退職を希望し、民間団体への再就職も決まっていたから「不正の利益を得る目的」があったとは認められない。
- 文面からは知事らの信用が低下する効果を望む感情も窺える。が、当時の退職をめぐる状況に照らすと、実際に知事やや県幹部らを失脚させる目的まであったとは認められない。
- 文書末尾に「関係者の名誉を棄損することが目的ではないので、取り扱いには配慮するようにとあるので、記載のある組織・団体等に損害を与える目的があったとも認めがたい。
- 公用PCには「政権転覆」といった文言もあったが、元局長が退職間際であったこと等に照らすと、単に空想上のものであって、実行に移す意図までを窺うことはできない。
しかし、そうした理由については、退職間際だからこそ「立つ鳥が跡を濁した」との見方も出来まいか。だとすれば、退職間際だから公用PCの「政権転覆」なる文言が「単に空想上のもの」であろうとの安易な推論は成り立たなくなる。
そして何より最大の問題点は、本件文書を配布した3月12日以降の4月1日に元局長がマスコミや百条委員会に宛てた文書の言い分を、委員会が斟酌したことだ。即ち、後講釈なら何とでも言い繕いが出来るのである。これが理由にならないことは誰の目にも明らかではなかろうか。
これが通るなら、悪意をもって組織に関する虚偽の告発文書をばら撒いたとしても、当該組織による通報者探索は違法となって、社会に混乱を招くことになりはしまいか。