
FRBパウエル議長 Federal Reserve Xより
米3月雇用統計・非農業部門就労者数(NFP)は、市場予想を上回りました。失業率は4カ月ぶりの水準へ上昇しましたが、労働参加率につれたテクニカル的な側面は否めず、市場は悲観せず。不完全雇用率も低下したため、堅調な結果と言えるでしょう。
米3月雇用統計の結果というより、4月2日発表の相互関税と3日に中国が発表した34%の報復関税を受け世界的な貿易戦争が激化する懸念が渦巻き、FF先物市場では5月利下げ確率が100%に到達、50bpの利下げも27.5%織り込む状況です。年内の利下げも、相互関税発表前の2-3回程度から5回へ傾いています。
画像:FF先物市場、6月は据え置き予想が逆転
ドル円は堅調な結果でも反応薄で145円半ばを上下していましたが、パウエルFRB議長がインフレ警戒を強調しつつ利下げに急がない姿勢を打ち出した結果、米株一段安と米金利上昇につながり、ドルが急速に買い戻される展開を迎えました。ロンドン時間では一時144.54円まで24年10月以来の安値を付けたものの、NY時間の午前2時過ぎに一時147.44円まで本日高値を更新。2日連続の衝撃的なボラティリティに言葉を失うほどです。
5分足チャート:ドル円は米2月雇用統計後、米10年債利回り(緑線、左軸)につれ下落も148円台へ怒涛の切り返し(NY時間午前2時頃まで)
今回の雇用統計のポイントは以下の通りで、ヘッドラインの結果より弱い内容が目立ちました。
(労働市場にポジティブ)
・NFPが市場予想を上回る
・労働参加率が改善
・不完全雇用率が小幅に低下
(労働市場にネガティブ/ニュートラル)
・NFP、過去2カ月分は下方修正
・平均時給の伸び、前年比で生産労働者・非管理部門含め伸び鈍化(インフレ抑制の観点ではポジティブ、購買力の観点でネガティブ)
・民間部門の総賃金(雇用者数×週平均労働時間×時給)、前年比の伸び鈍化
・週当たり労働時間は低迷継続
・失業率が上昇
・就業率は2カ月連続で60%割れ
・失業者のうち失職者は前月と変わらず
・完全解雇者の労働力人口の割合が小幅ながら上昇
・長期失業者の割合が上昇(ただし、失業期間の中央値は前月より以下)
以下は、今回の雇用統計の詳細。
〇非農業部門就労者数
米3月雇用統計・非農業部門就労者数(NFP)は前月比22.8万人増となり、市場予想の13.5万人増を上回った。前月の11.7万人増(15.2万人増から下方修正)からも増加し、3カ月ぶりの強い伸びだった。
NFPの内訳をみると、民間就労者数は前月比20.9万人増と市場予想の13.7万人増を上回った。前月の11.6万人増(14.0万人増から下方修正)も超えた。民間サービス業は19.7万人増と、前月の9.0万人増(10.6万人増から下方修正)を下回った。
チャート:NFPは堅調な伸びを維持、失業率は2カ月連続で上昇も今回は労働参加率に連れた格好
1月の1.4万人の下方修正(12.5万人増→11.1万人増)と合わせ、過去2カ月分で4.8万人の下方修正となった。これで、2023年以降では、26回のうち18回目の下方修正(8回は上方修正)となる。
チャート:NFPと修正幅(グレー枠は2023年以降の修正幅)
サービス部門のセクター別動向は11業種中で9業種で増加し、速報値ベースの8業種を上回った。今回最も雇用が増加した業種は17カ月連続で教育・健康で、続いて娯楽・宿泊、小売が並んだ。後者2業種は前月減少していた。一方で、卸売と情報は減少した。
(サービスの主な内訳)
財生産業は前月比1.2万人増、前月の2.6万人増(修正値)に続き増加した。業種別をみると、建設が同1.3万人増と2カ月連続で増加、製造業も0.1万人増と2カ月連続で増加。鉱業・伐採は小幅ながら減少に転じた。
チャート:業種別、雇用の増減
〇平均時給
平均時給は前月比0.3%上昇の36ド ル(約5,240円)と市場予想と一致した。前月の0.2%(0.3%から下方修正)を上回る。2021年2月以降の上昇トレンドを維持した。前年同月比は3.8%と市場予想の3.9%だけでなく、前月の4.0%(4.1%から下方修正)にも届かず、8カ月以来の低い伸びだった。生産部門・非管理職の前年同月比は3.9%と、2021年5月以来の4%割れを迎えた。
チャート:全米と生産労働者・非管理職の平均時給は、そろって伸び鈍化
〇週当たり労働時間
週当たりの平均労働時間は市場予想と前月(34.1時間から上方修正)と一致し34.2時間だった。複数の職を持つ者が増加するなか(後述)、2006年以来の最長を記録した2021年1月の35時間を下回り続けたままだ。財部門(製造業、鉱業、建設)は前月まで5カ月連続で39.7時間を経て40時間へ延び、9カ月ぶりの水準を回復した。もっとも、コロナ禍で最長となった2022年2月の40.3時間以下が続く。全体の労働者の約7割を占める民間サービスは3カ月連続で33.1時間と、2020年3月以来の低水準だった。2006年以降で最長を記録した2021年5月の33.9時間以下のトレンドを保つ。
チャート:週当たり平均労働時間、低迷継続
〇総労働投入時間、民間の総賃金
総労働投入時間(民間雇用者数×週平均労働時間)は就労者数の伸びが前月を上回ったため、前月比0.2%増と2カ月連続でプラスだった。
民間部門の総賃金(雇用者数×週平均労働時間×時給)は前月比0.4%増と、前月の0.6%増を下回った。しかし、前年同月比は4.4%増と2021年3月以来の低水準近くに押し返された。3カ月平均は4.7%増と、6カ月ぶりの低い伸びだった。
チャート:民間部門の総賃金、前年比は伸び鈍化
〇失業率、労働参加率、就業率、不完全就業率、長期失業者
失業率は4.2%と市場予想と前月の4.1%を上回り、2カ月連続で上昇した結果、4カ月ぶりの高水準になった。労働参加率が62.5%と2023年1月以来の水準へ低下した前月の62.4%から上昇したため、失業率がつれた格好だ。
自発的離職者数は87.0万人と、減少に反転。自発的離職者数に占める失業者の割合は前月の12.9%→12.3%と4カ月ぶりの水準へ低下した。労働市場の減速を受けて、転職希望者が減少した可能性を示す。
チャート:自発的離職者数、減少に反転
失職者数(一時的な解雇ではなく再編やM&Aなど会社都合での解雇者、派遣など契約が終了した労働者)は、前月比横ばいの250万人だった。失職者数の割合は前月の34.2%→35.3%へ小幅に上昇、失業者のシェアで1位を維持した。失職者のうち、完全解雇者が労働人口に占める割合は1.06%と前月の1.03%からわずかに上昇し4カ月ぶりの水準をつけたが、2021年11月以来の高水準だった2024年11月の1.11%以下が続く。レイオフ(一時解雇)は81.1万人と3カ月連続で小幅に減少した。失業者に占めるレイオフの割合は前月の11.5%→11.4%へ低下した。失業者を押し上げたのは労働市場への新規参入者で、前月比7.7万人増の73.9万人と2017年4月以来の高水準だった。前月、失業者を押し上げた再参入者は同3.2万人減の217.6万人。結果、それぞれのシェアは新規参入者が前月の9.3%→10.4%へ上昇、再参入者は前月の31.1%→30.7%へ低下した。
チャート:失業者の割合は失職者が引き続きトップだが、自発的離職者数がレイオフをわずかに3カ月連続で上回る
チャート:失職者は前月比で変わらず
チャート:労働人口に占める完全解雇者の割合は4カ月ぶりの水準へ上昇
チャート:レイオフは前月比で3カ月連続で小幅減
失業率が4カ月ぶりの水準へ上昇したが、サーム・ルール(失業率の直近3ヵ月移動平均と過去1年間での最低水準の差が0.5pt以上なら、1年以内に景気後退入りするとの説)を確認すると、0.27ポイント前月と変わらず。 景気後退入りの節目となる0.5ptを下回ったままだ。
チャート:サーム・ルールでの景気後退入りの節目以下が続く
(出所:Street Insights)
労働参加率は前述したようにと2023年1月以来の低水準だった前月の62.4%を上回り、62.5%。もっとも、20年2月(63.4%)以来の高水準を回復した2023年11月の62.8%以下が続く。
就業率は前月と変わらず59.9%、24年11月以来の60%割れが続いた。
チャート:労働参加率は小幅改善、就業率は横ばい
経済的要因でパートタイム労働を余儀なくされている者などを含む不完全雇用率は、2021年10月以来の高水準だった前月の8.0%から7.9%へ小幅改善した。
チャート:不完全雇用率、前月から小幅改善も高止まり
失業者とは、①失職中、②過去4週間に職探しを行なった、③現在、勤務が可能――の3条件を満たす必要がある。失業期間の中央値は前週の10.0週から9.8週へ短縮した。一方で、27週以上にわたる失業者の割合は9カ月ぶりの低水準だった前月の20.9%から21.3%へ上昇した。
チャート:長期失業者が全失業者に占める割合
〇病気が理由で働けないとする人々
「病気が理由で働けない」とする人々は、前月比39.4万人減の104万人と3カ月ぶりに減少。コロナ前平均の2015‐19年の平均値の93万人に接近した。
チャート:「病気が理由で働けない」とする人々は2015-19年の平均値に接近
〇家計調査の就労者内訳
今回、事業所調査(給与台帳ベース、NFPや平均時給、週当たり労働時間など、CES)と家計調査(聞き取り調査ベース、失業率や労働参加率など、CPS)の就業者数の数字を比較すると、今回はNFPの増加と同じく家計調査の就業者数は前月比20.1万人増と増加、前月の58.8万人減(注:人口推計値の変更を受けたもの)から改善した。
チャート:NFPと家計調査の就業者数、今回は増加で一致
家計調査の就業者数を雇用形態別でみると、フルタイムと複数の職を持つ者が増加したが、パートタイムは減少した。
チャート:フルタイムと複数の職を持つ者は増加、パートタイムは減少
チャート:複数の職を持つ者は3ヵ月連続で過去最多
NFPと家計調査の就業者数の動向の、どちらを信用すべきか悩むところだろう。米労働統計局によれば、NFPを含むCES(他に平均時給、週当たり労働時間が含まれる)は、他指標とコロナ禍を経て同様に回答率が低下してきた。直近のデータをみると、CESは2024年3月に43.5%、雇用動態調査(JOLTS、求人件数などを含む)は33.2%と、それぞれ低水準を保った。失業率や労働参加率などを管轄するCPSは対面と電話での聞き取り調査となるなか、2024年4月に69.7%と、他と比較して高い。こうした違いを踏まえれば、CESの結果よりCPSの方が信頼性が高いように見える、しかし、CESの調査対象は12万2,000以上の会社や政府機関である一方で、CPSは6万世帯に過ぎない。従って、通常は雇用の伸びについてはNFPを扱うCESを重視する傾向が強い。
チャート:雇用関連の調査回答率は低迷
編集部より:この記事は安田佐和子氏のブログ「MY BIG APPLE – NEW YORK –」2025年4月4日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はMY BIG APPLE – NEW YORK –をご覧ください。