米の値段は需給バランスで決まる

今、日本で米の値段が高くなっていることが問題になっている。

どうすれば安くなるのか。消費者は高いと思えば買わなければいい。多くの人が米を買わなければ値段は安くなる。

今の日本では、米の値段は統制価格ではない。だから値段は需給バランスで決まる。高いと思って米を買う人が減れば需給が緩み、値段は下がるのだ。

もちろん生産量が増えて需給が緩んでも値段は下がる。しかし、米が増えるのは今年の秋まで待たないといけない。直近の値段を下がるには、消費者が買わないという選択肢しかない。

では、今の米の値段は高すぎるのか。市場の原理からいえば、妥当な価格だとしか言えない。値段が高いのであれば売れなくなるはずだが、米の販売量は落ちていない。文句を言いつつも、消費者は妥当な価格だと思うから、今の値段で米を買っているのだ。

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今の値段が妥当なのだとすれば、なぜ今まで米の値段は今より安かったのか。それは市場原理が働いていなかったからだ。

儲かると思う業種には新規参入が起こって競争が起こり、その結果値段が下がるというのが経済学の論理である。今まで米の流通においては正当な競争が起こっていなかったから、適正な価格形成がなされていなかったのだ。昨年の夏以降、米の流通で儲かると思う業者が増え、新規参入が起こり農家から農協より高い値段で買うようになった。農家も農協以外の業者に売ることで集荷競争が起こり、適切な価格形成機能が働くようになったのが今の状況である。

ではなぜ今まで米の流通に関して農協の支配力が強かったのか。別に政治的圧力で農協の独占を崩さなかった訳ではない。農協を通さずに高値で販売している農家は全国各地に実際にいた。単に多くの農家は儲けようとしなかったから、自分で販路開拓をするなどという面倒なことをせずに、農協に出荷していただけなのだ。

もともと米の値段は政府が決めていた。生産者から高く買って、消費者には安く売った。その差額は政府が補填した。米の流通は全量政府が管理し、米の生産量が消費量より多くなると、生産量を減らさせた(減反政策)。

今は米を自由に作ったり売ったりすることができる。そして生産量が消費量より多ければ値段は下がり、生産者の採算が取れなくなって生産量が減る、というのが正常な市場原理である。

ところが日本の稲作農家の多くは、米の生産で利益を上げるのではなく、稲作をすること自体が目的になっていた。だから稲作経営が赤字でも米を生産する。多くは兼業農家で、工場勤務や公務員などによる定常的な安定兼業収入により生計を立てていた。米の値段がたとえ安くても、自分で販路を開拓して高く売ろうとせず、農協に出荷した。農協も自然と米が集まるので、値段を上げて集荷の努力をする必要はなかった。

今は農家の多くが高齢化しているが、農外の就労で得られる厚生年金があるので、やはり生活には困らない。小規模な営農を体力の持つ限り続けているのが現実である。

では米の国境措置をなくせば、米の輸入が増え、米の値段が下がるのだろうか。そんなに単純な話ではない。国境措置がなくなった所で、米の輸入は増えない、というのが私の予想である。

そもそも、何で輸入米が安いと思えるのだろうか。日本人の味覚にあう米は決して安くない。

よくカリフォルニア米なら日本人でも食べられると言われる。しかしカリフォルニア米は高くて、関税ゼロでも日本では売れなかったから輸入量が増えなかったのだ。

日本産コシヒカリはカリフォルニア米より安い

日本人は国内市場を開放したら、外国から日本に大量に食料が入ってくると思い込んでいるが、どうして外国から見て今の日本がそんなにおいしい市場だと思えるのだろうか。特に食料品に関しては日本人は口うるさく、それに対応するよりは、自国内か中国に売る方が商売としておいしい、と考える方が正しいのだ。

米に関しても、カリフォルニアは降水量が少なく生産に限界があるので、日本向けの米を作るより、アメリカ国内で売る方が儲かるのだ。たまたま昨年はカリフォルニア米の値段が下がり、日本の米が高くなったから、今ならカリフォルニア米が日本に入ってくる、というだけで、その状態が永続的に続くとは決して言えない。

TPP騒動の時に、カリフォルニアの農家を調査した論文がある。そこでの結論も、たとえ日本がコメ市場を開放した所で、アメリカから日本向けの輸出は増えないということだ。日本にコメを売る努力をするより、ミニマムアクセス制度のもとで確実に一定量を日本政府が買ってくれる方が、アメリカにとっても次ごうがいい、ということである。

1990年代以降の米国カリフォルニア州の稲作の変化

今の制度では、ミニマムアクセス分は無税だが確実に日本がアメリカから輸入することになっている。ミニマムアクセス分を越えれば法外な関税がかかるが、実際には無税でも売れないから、昨年のような状態にならない限り輸入量はミニマムアクセス分を越えていなかったのだ。

TPP日米コメ交渉は国益につながらない-コメの関税維持のため、関税ゼロの輸入枠を設定すれば消費者負担が増加-

以上のような農業現場の実態をふまえたまともな議論は、ほとんど世間で聞かれることはない。私はずっと、コメの国境措置は撤廃すべきだと主張してきた。それは撤廃しても農業に大きな変化が起こらないから、という理由からだ。自民党はそのことがわかっているかどうかは別にして、「農業を保護している」というポーズを取ることで、農村票を失わないために今の制度を維持しようとする。

これはTPP騒動の時も同じである。実際にTPPが発効しても日本の農業にほとんど影響がなかったことは、歴史が証明している。そもそも今現在TPPが発効していることを知っている日本人がどれだけいるのだろうか。それなのに当時は「TPP賛成」と言うだけで「日本の農業を崩壊させる思想の持ち主」というレッテルを貼られ、実際に自民党は東北地方を中心にいくつかの議席を失った。こういう経験がある以上は、仮に今の状況でコメの国境措置をなくす、とは政治的に言えないだろう。

改訂版「地方」をマジメに考える