米中一騎打ち「貿易戦争」と日本の立ち位置

トランプ大統領が仕掛けてきた高率関税問題は、追加引き上げの90日間の延期決定によって、新しい様相に入ったように見える。中国に対しては、合わせて145%の関税を課す措置を残したからだ。これに対して、中国は対米関税を125%に引き上げる措置をとった。さらに防衛関係のアメリカ企業6社を「信頼できない企業リスト」に加えたり、12社に輸出規制を課したりする措置もとっている。

トランプ政権が、無人島まで含めて全世界に対してとった措置である高率関税措置は、中国に対してのみ相互に貿易活動を停止するようなにらみ合いの段階に入り、その他の諸国とは別の道をたどることになった。

普遍的な高率関税の導入だったはずの措置が、米中一騎打ちの貿易戦争へと進展している。二大超大国同士の対決だ。激震である。

習近平国家主席(中国共産党新聞)とトランプ大統領(ホワイトハウスX)

「延期」決定で、株式市場が大きく高騰したことなどを受けて、「世界が救われた」といった見方も出た。だが修羅場はこれからだ。私はどちらかというと不安が高まった。

中国にとってアメリカは最大の貿易相手国であり、米国市場へのアクセスが途絶えることには深刻な意味があると考えられる。ただし第一期トランプ政権の際にも貿易戦争と呼ばれたやりとりを行った経緯があり、第二次トランプ政権との間での貿易戦争は織り込み済で、準備はしているはずだ。ロシアが欧米諸国とその米国の同盟諸国からの経済制裁をかいくぐって経済成長を続けているように、中国は関税回避策をとってはくるだろう。

アメリカにとっても中国は第4位の貿易相手国であり、防衛装備品からスマートフォンに至るまで、中国製の部品や素材に大きく依存している。しかし何といっても、中国が米国の国債を大量に保有していることが、大きなポイントである。ここ数年で中国は米国の国債をだいぶ売却し、米国に対する海外の最大債権国の座を日本に譲っている。だがそれでも2025年1月時で7608億ドルを保有している(ちなみに日本の保有額は1兆0790億ドル)。

今回の騒ぎの中で、中国が国債をかなり売り始めているという指摘がなされている。米国10年債金利は、トランプ政権成立後に、4.8%台から一時は3.89%まで低下する流れを見せていた。ところが、現在の混乱の中で10年債金利が再度上昇し、4.45%をつけた。

アメリカの財政赤字は、累積で2024年度に35兆ドルで、対GDP比で124%の水準に達している。日本が対GDP比で257.2%の累積債務を抱えている状況よりもまだマシだが、日本が世界最悪水準なので、アメリカの状況が楽観視できることの理由にはならない。日本の債務残高は、1,105兆円で、絶対額で見れば、アメリカの5分の1程度である。

トランプ政権が、追加高率関税を延期する措置をとったのは、10月9日の日本時間の昼頃から米10年債の利回りが急騰したためで、その原因は、日本の農林中央金庫による売却が原因だという見方が広まっている。アメリカのアキレス腱が露呈した形だ。日本人の私から見ると、今は米国国債の話は、極めて繊細な事項だ、うかつな動きは禁物だ、という気がしてならない。

トランプ政権の評判は、日本国内でも非常に悪い。しかし日本の唯一の同盟国である。空前の規模の貿易赤字のみならず、巨額の財政赤字を抱え込んで、非常に苦しい立場にあることも、客観的な事実だ。アメリカが倒れてしまったら、結局は日本も大変な事態に見舞われることになる。最大債権国の立場は、交渉の際のカードに使うことはあっても、本気でアメリカの損失になるように使うべきではないだろう。

世界情勢の長期的な趨勢としては、アメリカの一極突出を前提にした「グローバルな」仕組みは、国際安全保障面だけではなく、国際経済制度の面でも、勢いを失っていく流れが顕著だ。トランプ大統領がその原因であるかのように語る風潮があるが、これは二カ月前に始まったことではない。トランプ政権の誕生は、原因と言うよりは、結果に近いものだと言うべきだろう。

もちろんトランプ政権によって事態がいっそう悪化していく危険性はある。それにしても、日本が望むのは、アメリカの一極支配的な体制のソフトランディングと呼びうるような流れでの収束だ。トランプ憎し、の気持ちで浮足立つと、かえって日本が抱えるリスクも高まってしまいかねない。トランプ政権期であるからこそ、むしろ運命共同体としてのアメリカを支える気持ちが大切ではないだろうか。

日本人は、日米同盟を、国際秩序の盟主との間で結んだ直接契約であるかのように思っているのかもしれない。しかしアメリカは、世界の幾つかの大国の中の一つの大国、になろうとしている。日本から見れば、依然として圧倒的な国力を持つ超大国だ。しかし国際秩序の盟主といったものではない。日本は、少し異なる態度で、しかし依然として代替物のない外交資産として、アメリカとの同盟関係を運営していかなければならない。

5万円給付といった謎なアイディアが飛び交っている。しかし今起こっているのは、地震や津波のような自然災害でも、新型コロナのような感染症の流行でもない。国際社会の力の構造の転換という政治現象である。場当たり的な対応は、必要性が低いように思われる。パートナーとの緊密な対話を欠かすことなく、長期的な視野を持った展望を持つ努力をすることが大切だ。

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