経営者の適切な距離感が組織を強くする

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(前回:役割主導の組織設計:時間軸で考える識学の経営論

「識学」とは、組織内の誤解や錯覚がどのように発生し、どのように解決できるか、その方法を明らかにした学問です。

2025年4月1日に識学にて安藤社長と対談をしました。本稿は対談時のやり取りを記事化したものですが、読みやすいようにアレンジを加えています。

【対談者】
安藤広大氏(株式会社識学・代表取締役社長)
尾藤克之(アゴラ・コラムニスト)

株式会社識学

マネジメントコンサルティングの識学
株式会社識学は、独自のマネジメント理論『識学』で、経営者・マネージャー・部下、すべての社員が無駄なストレスなく、自らの役割に集中できる組織を作り上げ、よりよい未来と成長をもたらします。組織運営上の課題解決は株式会社識学にお任せください。

右:安藤社長、左:筆者 於:株式会社識学にて

距離感のマネジメント

安藤広大氏(以下、安藤):私はあえて部下との距離を保つことを意識しています。オフィスでも部屋を分け、社員とはできるだけ接しないようにしています。人間として近くなると、どうしても情の要素が入り込んでしまうんです。

これが組織にとって危険なのは、私が会社のルールの根幹だからです。私と社員の距離が近すぎると、ルールが感情に左右され始めます。興味深いことに、ルールが「社長の好き嫌い」や「社員との関係性」によって変わると、ルールがルールとして機能しなくなり、組織運営の基盤が崩れるのです。

だからこそ、ルールを体現する私は「人間」として振る舞うべきではないのです。社員との個人的な付き合いは一切しません。歴史に例えるなら、劉邦が中国を統一するまでは黒子に徹していたのに、統一後に表舞台に出始めて各地を回るようになった途端、威厳を失ったようなものです。距離感の喪失は致命的なのです。

尾藤克之(以下、尾藤):威厳を保つことも大切なのですね。

安藤:威厳も重要ですが、さらに重要なのは組織の一貫性です。もし私がいなくなれば、中間管理職も全員いなくなる可能性があります。だから管理職も経営者に迎合してはいけないのです。管理職との適切な距離も必要です。

実は多くの成功企業がこうした構造になっています。ただ、その仕組みが明確に理解されているわけではありません。例えば稲盛さんが「社員と距離を縮めろ」「社内で飲み会をしろ」と言っていても、それは彼がすでに「勝ち切った」からこそ言える言葉です。実際には彼自身も社員との間に大きな距離感を持っています。家族経営のような近さを持つ会社は、長期的には成長できないのです。

大企業のCEOが社員と食事をする意味と、50人規模の会社で社長が社員と食事をする意味は全く異なります。社長に会うこと自体が社員にとって特別なことで、日常の組織運営には影響しません。

しかし中小企業の社長が同じことをすると、社長が直接社員の要望を聞いてしまい、「社長がこう言っていた」と中間管理職に伝わり、組織の指揮系統が乱れてしまうのです。

組織改革のアプローチ

尾藤:御社の組織診断サービスはどのように位置づけられているのでしょうか?

安藤:組織診断は私たちのサービスの一部ですが、必ずしも全クライアントに提供するわけではありません。組織改革において最も重視するのは「仕組みで組織を良くする」という考え方です。つまり、ルールに最大限の効力を持たせることが核心なのです。

ルールを中心にしたPDCAサイクルを回すためには、社員がルールに従うという大前提が必要です。そのために私たちが強調するのが「姿勢のルール」です。

姿勢のルールとは、特別な能力を必要としない基本的な行動規範です。挨拶や掃除などがその例で、こうしたルールをしっかり定め、全員が守る状態を最初に作ることが重要です。これができていないと、どんな素晴らしい戦略や戦術も実行されず、PDCAは回りません。その結果、「やる気を引き出すため」のPDCAという本末転倒な状況に陥るのです。

私たちの会社では、こうした姿勢のルールを守れない人は昇格できません。

尾藤:それは厳しい方針ですね…

安藤: 「昭和的」と批判されるかもしれませんが、私たちは「決めたことを実行できるか」という点を重視しています。例えば社長が「社訓の唱和」が必要だと判断したなら、全員が真剣に唱和する組織文化を作ることが前提なのです。

尾藤:会社全体で変えるべきことと部門ごとに変えるべきことの区別はありますか?

安藤:私たちの考え方では、組織運営には「答え」があるのです。その答えに沿って実行するだけなので、本質的には難しくありません。ただし、組織規模が大きくなればなるほど、その考え方を理解する人の比率を高める必要があります。50人規模と大企業では取り組み方が変わってきますが、適切な機会をいただければ十分に実現可能です。

現在、私たちは二種類のプログラムを提供しています。「理論を教えるプログラム」と「機能を組織にインストールするプログラム」です。

削ぎ落すコンサルティング

尾藤:コンサルティング業界の出身者に対する市場の見方はいかがですか?

安藤:私たちのアプローチは「削ぎ落とす」コンサルティングです。一般的なコンサルは「付け加える」ことに注力しますが、私たちは最終的にシンプルな状態、つまり本当に必要なものだけを残す方向で進めます。

例えば、モチベーションサーベイのようなものは本来不要です。仕事の第一の目的は稼ぐことです。また、過剰なミーティングや、「頑張った社員に同僚がポイントを贈れる」といったPOSのようなシステムも、実質的な意味はありません。新しいものを導入するよりも、余計なものを取り除くことが重要なのです。

尾藤:日本企業は不要なことを多くしているということですね。

安藤:その通りです。日本企業は余計なことばかりをしています。そして重要なのは、これらを排除することは単にゼロになるのではなく、プラスになるということです。

例えばモチベーション重視の発想は「モチベーションを上げてくれない会社が悪い」という考え方につながり、結果的に「うまくいかないのは自分のせいではない」という責任転嫁を生みます。これが成長の最大の障害になるのです。

また、1on1ミーティングを例にとると、本来は部下が現場で気づいた情報を上司に伝える能力を磨くべきなのに、1on1では上司が情報を引き出そうとするため、部下が主体的に報告する力が育ちません。

こうして「やらないこと」がゼロではなくマイナスになるのです。余計なことをやめれば時間も生まれますし、シンプルになるだけなのに、多くの人はそれをやり続けることが「仕事をしている」ことだと思い込んでいる。それをコンサルティングする会社まであるのは、もう理解できません。

尾藤:こういった考え方は耳障りが悪いでしょうね。

安藤:ええ、非常に耳障りが悪いので、ビジネスとして売り込むのも難しいです。だからこそ、私は「必ず真似する人が出てくる」と思っていますが、「仕組み」というブランドを確立することで、簡単には模倣できない価値を提供していきたいと考えています。

尾藤:貴重なお話をありがとうございました。

安藤:こちらこそ、ありがとうございました。

まとめ

対談では、識学が提唱する「仕組み」による組織マネジメントの本質について深く掘り下げられた。主なポイントは以下の通りである。

ポイント
  1. 「時間軸の重要性」:短期的な感情や満足ではなく、長期的な成長を重視する
  2. 「褒めることの弊害」:過度な褒め方は基準を下げ、成長を阻害することになる
  3. 「成長の順序」:「やる気→成長」ではなく「環境→努力→成長→やる気」という順序が正しい
  4. 「組織設計の考え方」:個人特性に合わせるのではなく、役割に人を合わせていく
  5. 「リーダーの距離感」:組織が機能するためには適切な距離を保つことの重要性
  6. 「評価制度の本質」:成果主義自体は正しいが、実装に問題があった
  7. 「姿勢のルール」:基本的なルールを全員が守る組織文化の構築が前提
  8. 「削ぎ落とすアプローチ」:余計なものを取り除き、本質に集中する

この対談を通じて、日本企業における組織マネジメントの課題と、その解決策としての「仕組み」の重要性が明らかになった。個人のモチベーションや感情に依存するのではなく、適切な環境や仕組みを構築することこそが組織成長の鍵であることが示された。

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