災害時トイレクライシスの対策に「スカウト式トイレ」を

令和6年元旦夕刻、能登半島で震度7の大地震が発生した。古い木造住宅は軒並み倒壊し圧死者多数、インフラは寸断され病院は機能喪失に近く救援もままならない状況となった。東北大震災の教訓が生きてか、津波による死者はほぼゼロだったのが不幸中の幸いだったが、東北大震災で大問題になったトイレ問題は、能登でもまたしても発生した。

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地震、断水、トイレ問題発生

報道によれば地震発生直後に断水が発生している 1)2)3)。断水すれば水洗トイレは流せず機能喪失する。石川県全体の水洗化率は94.9% 4)なので、地震発生直後にトイレ問題は発生したことになる。

1月2日にはトイレ問題について報道 3)が見られる。トイレの水洗に必要な水量は最新式のもので5L以下、旧来のものは10L以上あるが、タンク内の水は大便の水洗であれば一回で使い切ってしまい、断水していれば次は無い。高架貯水槽があっても一日利用水量の一割程度の容量 5)なので、一日持たない。避難所のトイレは数人が使っただけで数時間後にはもう流せなくなっていたことになる。

尿だけであれば便器に溜まる封水量を超えた分は流出する(筆者実験済)が、大便は流れない。大便をする人があれば、あとは便器内に溜まるだけになってしまう。一日尿量は約1L~、便量は200g程度とされるから、50人避難者が居れば一日の排泄物は70L前後になる。洋式便器の容量は7~10L程度(筆者概算)なので10基あっても一日たらずで一杯になる。

筆者は学生時代、体育会ヨット部員であったが、毎週末と長期休暇は合宿所生活であった。合宿所とはボロボロの古民家で、トイレは汲み取り式「ボットン便所」である。水洗ではない「したら、落ちて、溜まる」だけ、大をすると尿でも多いと「おつり」が跳ね返ってきたりする。それが嫌で何日も我慢したり、あるとき牛乳瓶ほどの巨大な便が便器の縁に載っていて「したやつは名乗り出て始末せよ」ミーティングまであった。それでも便が溢れることはないから、被災地のトイレの惨状推して知るべしである。

発生する諸問題そして感染症

避難所の水洗トイレはあっという間に便尿が溜まるバケツ同然になる。

発生する衛生的問題として、

  1. 臭気
  2. 便器特に洋式便器便座の(病原体)汚染
  3. 手洗い困難
  4. 感染
  5. ハエ等の害虫発生
  6. 心理的不快感

等が起こり得る。

衛生的問題に続いて二次的問題として、汚いトイレに行きたくないがために食事水分摂取を控えることによる 1)便秘、脱水、体調不良 さらに脱水は 2)脳梗塞や心筋梗塞など血栓性疾患 の原因となり得るため、災害関連死に結び付き得る。

仮設トイレは報道等によると5日頃までには設置が各所で始まっているが、問題も発生している※6)

  1. 要介護者等がトイレの段差を登れない
  2. 電灯が無く夜間真っ暗になる場合がある
  3. 便槽容量に限界がある

等である。

特に3は本来なら専門業者が回収処理するが、道路寸断された被災地ではどこまで十分に対応できただろうか。仮設トイレの便槽容量は400~500L程度のようなので、一日の排せつ物が一人2Lなら200人分、50人の避難所なら4日分である。

人類と医学の歴史は感染症との戦いの歴史である。特に中世ヨーロッパでのペスト大流行は有名、下水道が不備だった中世の都市では、トイレは「おまる」であり排せつ物を路上にぶちけまけていたことが原因の一つと言われて久しい。

多数の人間が密に集まることは新型コロナで感染症リスクと再認識された。避難所と排泄物で汚染されるがままのトイレは、まさに感染の巣窟である。

報道によれば2月10日時点で避難所でインフルエンザやコロナ等の呼吸器感染症99人、ノロウイルス感染等が43人報告された 7)という。インフルエンザ、新型コロナ、ノロウイルスとも基礎疾患がある高齢者にとっては致死的リスクになる。住居が倒壊を免れても停電断水のため避難した人も多数居ると想われるが、避難が逆に感染機会となり死を招くことにもなりかねない。

トイレが無い場所でどうするか「スカウト式トイレ」

筆者はボーイスカウト活動経験がある。様々な活動を行うが基本は野営つまりキャンプ、アウトドア訓練であり、トイレについての訓練もあった。

野営は整ったキャンプ場とは限らないから、トイレも作るのである。といっても簡単で、またげる程度の深さ30cm~ほどの穴を掘る。周りに目隠しになる木や茂みがあればそのまま使うこともあるし、シートなどで隠すこともある※8)

尿は土に浸み込むので貯まらず、便も少しずつ埋めるのであまり匂わず害虫も発生しにくい。汲み取り便所のように「おつり」もはねないし、流す必要が無いので水も不要である。撤収時には完全に埋め戻しトイレだったことがわかるよう木の枝で目印を立てておけば、我が国なら数か月で土に還る。

都市部特に露出した地面が無い場所では困難だが、今回の能登地方は過疎地かつ戸建てが多いので(69.3%)※9)、しゃがめる程度の地面があれば「スカウト式トイレ」は設置できる。一戸に居住者2〜3名なら、一度掘れば数日は使えるはずである。浅い井戸や水源が近い場合は適切ではないが、昨今の住宅ではまず考える必要は無いだろう。

都市部、住宅密集地でどうするか

スカウト式トイレを設営できれば、仮設トイレ整備までの一週間足らずは十分足りるはずである。しかし露出した地面が無い都市部や庭というほどの土地がない住宅密集地では、スカウト式トイレの設置は困難になり得る。

東北大震災での下水管の損傷は、意外に少なく2.33%であった※10)。断水により水洗不可能でも下水管路が健在なら、尿は便器にして自然流下でき、便は簡易トイレや袋、オムツ等に(装着せずまたいで)することで「悲惨トイレ」から逃れ得る。オムツにした便はゴミ袋に密閉すれば処理は容易い。

近年有用性が言われるマンホールトイレ※11)はスカウト式トイレの現代版である。ビルなどであらかじめ下水にアクセスできるマンホールを必要数設置しておいて、いざとなれば上に置くだけである。

災害弱者の早期二次避難の必要性

前述のように「スカウト式トイレ」の活用と「大小でのトイレ使い分け」で、災害時でも仮設トイレ整備までの数日程度は何とか凌げそうである。残る問題は災害弱者、この場合は要介護者や重度障害者など、トイレ自立できない人である。

筆者がかつて勤務した徳洲会は全国に多数の拠点が存在し、独自のDMATとしてTMATを組織し緻密な記録も公表されている。

今回能登地震でも1月1日夜には派遣準備を開始し翌2日午後には輪島市、穴水市に到着、3日中には避難所に介護需要があると把握されている。F避難所では300人ほどの避難者のうち15人ほどが要介護度が高いと報告され、地元クリニックや訪問看護ステーションの看護師がケアしているとある。また6日には避難所で新型コロナ、発熱や下痢嘔吐が発生しPPEとゾーニング対応とある。

前述のように要介護者は簡易トイレ利用も困難であり得る。認知症であればゾーニングや手洗いなど理解できずに徘徊して感染媒介する恐れがあるし、新型コロナは筆者も外来業務で家庭内感染はほぼ必発と経験しているから、避難所がクラスターになりかねない。避難後数日で感染症が目立ち始めたのは、十分衛生を保てない人たちが感染し媒介した可能性もあり得る。

以上を鑑みると、特に重度要介護者や重度障害者、医療的ケア児など、さらに妊産授乳婦と乳幼児は、早期にケアの整った場所に二次避難させる必要性がある。トイレと衛生的自立を考えると、車椅子以下のADLないし認知症など概ね要介護3以上がその対象と考えられる。

筆者は1月4日の拙稿で、リロケーション・ダメージ等を考えると要介護者の早急な二次避難は二の次と述べたが、東北大震災の経験に関わらずトイレ問題が繰り返され避難所感染クラスターが多数発生したことを鑑みると、再考が必要である。

石川能登地震、災害弱者をトリアージし迅速な救援を
石川県能登沖至近で震度7の大地震が発生した。元旦の夕方、誰もが正月気分の中、まさに青天の霹靂いや大地震である。現地で家屋倒壊、火災が起きたとの第一報はわずか2、3時間後には報道された。 まだ被害全容は明らかではないが、国・与党...

おわりに

本稿執筆は能登地震直後であるが、学術誌からビジネス誌まで軒並み掲載拒否され、ようやく昨夏に橋本財団Opinionsで掲載の場を得た。本稿はそれを一部加筆修正した。そして一年年明けたこの正月、いまだ珠洲市で水道復旧せず給水活動が続いているとの記事があった 12)。過疎地、陸の孤島のような地理とはいえ、あまりに復旧が遅いと愕然とし、再投稿する。

能登震災では下水損傷が甚大であり、報道によれば管路の7割以上が損壊したともいう 13)。人口減少する過疎地に元通り上下水復旧させることは、費用時間ともに厳しいこともあり得る。過疎地集落や郊外の全壊住宅から市街地へ、集住コンパクトシティ化を進める必要もあるだろう。今後のインフラ減築も踏まえて、バイオテクノロジーやろ過膜など新技術により次世代型汲み取りトイレの開発も必要になり得る。当座は全国的対策として、マンホールトイレを一定規模のビルやマンション等には設置を義務化してはどうか。

長期与党政権が東北大震災後に叫んだ「国土強靭化」は虚しくまさに瓦解した。東北大震災でトイレ問題が知られたのにほとんど対策は無かった。原発止めて電力の1/3を喪失したのに節電はどこへやら街は電飾でキラキラである。「のど元過ぎれば」は少なくともトイレについてはもうやめて、次に備えるべきだ。

かつてルーブル宮殿は汚物が酷くそれがベルサイユ宮殿遷宮の理由という説もある。南海地震その他大都市が被災したら都市丸ごと汚物にまみれて伝染病蔓延のため放棄などということに、ならないようにしたいものである。

※1)【時系列でわかる①】石川・志賀町で震度7 大津波警報も発表
※2)【時系列でわかる②】津波注意報がすべて解除
※3)白煙のなか続く救助、揺れ・断水に住民不安 能登半島地震 – 日本経済新聞
※4)令和3年度末 汚水処理人口普及率 石川県
※5)貯水槽水道の管理について 弘前市
※6)なぜ繰り返す?被災地トイレ問題◇記者が見た現実、最初に必要なのは… 時事通信
※7)呼吸器などの感染症140人超 能登半島地震の被災地 北國新聞
※8)スカウト式トイレ (ボーイスカウト大網白里第一団)
※9)平成30年住宅・土地統計調査住宅数概数集計(石川県分)の概要
※10)東日本大震災における下水道管路施設震災被害復旧対応
※11)「マンホールトイレ」とは
12)能登の水をつなげ! 給水ボランティア活動中 いまだ断水の珠洲で「助かる」の声受け年末年始も
※13)地震で下水道も被害… 点検済みの7割以上で損傷 自治体別の水道復旧見込み時期は

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