ルンバの警鐘:盛りすぎ日本のロボット技術

関谷 信之

kawasaki公式チャンネルより

大阪・関西万博に、バイクメーカーKawasaki(川崎重工)がロボットを出展している。4足歩行――いや4足「走行」と言った方が良いかもしれない――ロボット「CORLEO(コルレオ)」である。

公式サイトによると、

「マシンが常にライダーの挙動を感知し人馬一体の安心感を実現」

「ロボティクスがもたらす4脚の悪路走行性能に加え、モーターサイクルで培った操縦性と安定性を併せ持つ」

とのこと。プロモーションビデオは秀逸だ。ぜひご覧いただきたい。

森の中。微かに聞こえる川のせせらぎ。鳥のさえずり。そこに、馬のひづめのような音が加わり、だんだん大きくなってくる。駆けてきたのはコルレオだ。倒木を難なく飛び越え、あっと言う間に森を抜け、草原を駆けていく。まさしく「4本脚のモーターバイク」である。岩山を登り、雪原を疾走し、川を渡り、崖を飛び越える。夜は地表にマーカーを照射し、森の闇などものともしない。岩山の頂上に辿り着いたコルレオを背景に、

「コルレーオゥ」

の一言で、プロモーションビデオが終わる。まるで新車のCMだ。販売すれば予約殺到、納車(馬?)は数年先になることだろう。

公式サイトには、

  • 150cc水素エンジン搭載
  • ステップとハンドルで検知する重心移動によりマシンを操作
  • ラバー素材の左右二分割構造を採用したひづめを4脚の先に搭載。あらゆる地形に対応
  • 夜間は路面に進路を示すマーカーを照射

とある。報道のコメント欄には、「欲しい」「めちゃくちゃ乗りたい」「ワクワクする」など好意的なコメントが寄せられる一方、「実現性が不透明」「ただのCG」「イメージ映像やり過ぎ」といった批判も散見される。

そう。これはイメージだ。万博で展示されているコルレオは、走ることはもちろん、歩くことさえできない。当然、人も乗せられない。Kawasakiの万博出展総責任者・鳥居敬氏は言う。

「未来の私たちの移動がどうなっていくのかをイメージしていただいて、その未来を一緒に作り上げていきたい」

【万博】四足歩行の「未来の乗り物」展示 重心を移動させ進行方向など操作 燃料は水素 川崎重工開発

「2050年に向けてこういった乗りものが実現できれば」

150cc水素エンジンが生む電気で4脚を駆動 川崎重工のコンセプト「CORLEO(コルレオ)」登場

つまり、コルレオは、あくまでKawasakiの「構想」。150cc水素エンジンやら、重心移動操作やら、ラバー素材のひづめやらは、製品スペックではない。「設定」なのである。

案の定、先の報道記事には以下のようなコメントも投稿されている。

「CGではなく、どこまでできるのか知りたい」
「ぎこちなくてもいいから本物を見せてほしい」

では、ご覧頂こう。以下の映像が現実である。

Kawasakiが、国際ロボット展2022に出展した4足歩行ロボット「RHP Bex」の映像だ。

人を乗せて移動できている。荷物も運べている。動きは鈍いが、大変な技術であることはわかる。だが、先のプロモーションビデオと比べると大分見劣りがする。この差を、どう考えるべきか。

ルンバの警鐘

ロボット掃除機「ルンバ」を製造するiRobot社の創業者ロドニー・ブルックス博士は、日本企業の過剰「演出」に警鐘を鳴らす。

博士は、東日本大震災の原発事故を知った直後、iRobot社製ロボット「パックボット」4台を日本に提供するとともに、社員6人を派遣している。ロボット大国と言われていた日本が、なぜ海外のロボットに頼らざるを得なかったのか。インタビューで問われたブルックス博士は、「教訓」としつつ、以下のように答えている。

「(教訓とは)日本のロボットが実際よりもはるかに高度なものであるかのように、メディアが誇大宣伝をしていたことです」

「彼らが持っていたのはすばらしい『ビデオ』であり、現実のものではありませんでした」

『人工知能のアーキテクトたち』Martin Ford著/株式会社オライリージャパン

博士が日本を批判するのは、これが初めてではない。2006年には、ロボットを操縦する人間を意図的に隠し、あたかも自律ロボットであるかのように印象付ける企業姿勢を

「倫理的に問題」「ロボットの能力に間違った印象を植え付ける」

『ブルックスの知能ロボット論』Rodney A. Brooks 著/株式会社オーム社

と、苦言を呈している。かなり手厳しい。だが、ブルックス博士は、頻繁に日本を訪れ、ロボットやAIの学会・企業との交流を深めた親日家でもある。その意見は、傾聴に値するのではないか。

コンセプトの日本

万博のKawasakiブースには「コルレオ」の模型が置かれ、先のプロモーションビデオが大型スクリーンで流れている。Kawasakiのウェブサイトには発案エピソードが掲載されている。

「モーターサイクル愛好家に向けた新感覚モビリティの提案として、CONCEPT01の『CORLEO(コルレオ)』が誕生しました」

ANSWERS(アンサーズ) | つぎの社会に向かうKawasakiのこたえ | 川崎重工業

まるで完成したかのような印象を受ける。だが「誕生」したのはコンセプト。作るのはこれからだ。

運用段階の米国・中国

一方、海外の4足歩行ロボットは実用段階にある。

ボストン・ダイナミクス社(米国)の4足歩行ロボット「SPOT」は、20年6月に価格を800万円として以降、原発(チェルノブイリ・福島)、農場(大分県由布市)、鉄道(東急電鉄)にまで、活躍範囲を広げつつある。福島原発では、現在も20台前後の「SPOT」が作業を行っているという。

左上(東北エンタープライズ)、右上:建設(山陽測器)
左下:高知県ゆず農園(高知工科大学)、右下:鉄道(東急電鉄株式会社)
各ウェブサイトより

「SPOT」を追うのが、ユニツリーロボティクス社(中国)の「Unitreeシリーズ」だ。低価格かつ高い運動性能を持つロボットを提供している。「Unitree B1」は、防塵・防水性能の規格最高位「IP68」を取得。最大走行荷重は80kg。販売プロモーション映像には体重100kg超の男性を乗せ歩行するシーンも。関西万博の工事現場でも活用実証実験が行われている。

上:Unitree B1下:Unitree B2
共にTechShare株式会社公式チャンネルより

絵にかいた餅にならぬよう

「コルレオ」のコンセプトは素晴らしかった。獅子を模したというフォルムは美しく、プロモーションビデオには圧倒された。画餅にしてはならない。

2050年まであと25年。日本の誇るバイクメーカー「Kawasaki」の底力を、是非見せて欲しい。