
Fahroni/iStock
政策提言委員・金沢工業大学特任教授 藤谷 昌敏
報道によると、3月28日に発生したミャンマー中部を震源とするマグニチュード7.7の大地震について、ミャンマーで実権を握る軍の報道官は31日午後、これまでに2,056人が死亡し、3,900人がけがをして、270人の行方が分かっていないことを明らかにした。大きな被害を受けた第2の都市マンダレーでは、複数の建物が倒壊した。
一方、タイの首都バンコクでは、この地震の影響で建設中のビルが倒壊したという。ビルは3月28日の地震発生直後、垂直に崩れ落ちた。建設作業員ら15人が死亡、約70人ががれきの下敷きになった。
地震が少ないタイで強い揺れを伴う地震は極めてまれで、住宅の壁のひび割れが多発し、全国で3,000棟以上のビルが点検対象になった。ひび割れを目にして突然パニックになったり、地震が発生していないのに揺れたように感じて建物外に逃げ出したりする人も相次いだ。
バンコクには多くの高層ビルがあり、その8割は耐震構造ではなかったが、今のところ他のビルは何とか持ちこたえており、完全に倒壊したのは今回の建設中のビルだけだ。
震源地から約1,000キロも離れた建物がなぜ倒壊したのだろうか。
中国が建設していた倒壊ビル
倒壊したビルは、チャトチャック・ウィークエンド・マーケットからほど近い場所にあり、鉄筋コンクリート造の34階建てのビルだった。ゼネコンであるイタリアン・タイ・デベロップメントと中国の大手企業「中国中鉄」の子会社「中鉄十局」が共同で手掛けていた。がれきのサンプル収集作業を主導するエーカナット工業相は「基準を満たさない鉄筋が使われた可能性がある」と述べた。同省は半年前から基準に満たない製品を製造する鉄鋼メーカーの取り締まりを実施しており、工場7ヵ所を閉鎖した。
こうした中、タイの捜査当局は工業省と連携して捜査に乗り出し、「中鉄十局」の中国人男性従業員4人が現場近くの事務所から資料を持ち出そうとしたとして一時拘束された。地元裁判所は4月1日、ビル敷地内に許可なく入ったとして、4人に禁錮1ヵ月(執行猶予1年)と罰金3,000バーツ(約13,000円)を科した。
今回の倒壊事故の原因は、主に3つあると言われている。
① 耐震設計の不足
タイでは地震が少ないため、耐震構造が十分に施されていない。
② 施工不良
倒壊したビルは中国企業が施工しており、使用された資材が安全基準を満たしていなかった可能性がある。
③ 長周期地震動
地震の揺れが長周期地震動であったため、高層ビルに特有の揺れが発生し、構造に大きな負荷がかかった。
中国企業による崩壊事故が続発
ケニア橋梁崩落事故
2017年7月4日、ケニア西部で総工費1,200万ドル(約14億円)をかけて中国企業が建設していた橋が、完成を目前にして崩落した。現場は同国のケニヤッタ大統領が2週間前に視察したばかりだった。崩落したのはケニア西部ブシア郡で中国の建設会社が建設していたシギリ橋で、これまで政府の開発プロジェクトから置き去りにされてきた経済困難地域にあり、ケニヤッタ大統領は大統領選挙の再選を目指してインフラ開発を公約の柱に据えていた。
同大統領が公約に掲げるインフラ開発プロジェクトは、中国企業と中国からの出資に大きく依存している。総工費38億ドル(約4,300億円)をかけて2017年6月に開通した鉄道のマダラカ・エクスプレスにも、中国企業が出資していた。
カンボジア・シアヌークビルのビル崩壊事故
2019年6月22日、カンボジア有数のリゾート観光地、シアヌークビルで、中国企業が所有する完成間近の7階建てビルが崩壊した。6月25日時点で死者28人を数え、カンボジア史上最悪のビル倒壊事故となった。ビル内には、中国人の電気技師ら作業員約80人が寝泊まりしていた。カンボジア当局が当初から違法建築で建設中止を勧告していた中で発生した事故だった。
ビルを建設していた中国企業はこの勧告を無視、違法建築を続行していた。6月25日には、シアヌーク地裁で事故直後から拘束されていた中国人のビル所有者1人が過失致死罪の容疑で、さらに中国人の建設会社社長1人と中国人の現場責任者2人が共謀罪容疑で計4人がそれぞれ起訴された。
セルビアの駅舎崩壊事故
2024年11月1日、セルビアの首都ベオグラードの北西70kmにある都市、ノヴィサドの鉄道駅で駅舎の外側に設けられた屋根が崩落する事故が発生し、少なくとも14人が死亡、30人以上が重軽傷を負った。駅は、運輸省が1,600万ユーロ(約26億円)を投じて2021年から中国企業によって改修工事が行われ、今年7月に工事が完成したばかりだった。
駅の改修工事を請け負ったのは「中国鉄路国際有限公司」(CRIC)と「中国通信建設有限公司」(CCCC)だった。この事故では手抜き工事疑惑が浮上し、ベオグラードなどでは責任を問い担当大臣の辞任を求める大規模な抗議デモが発生した。同国のインフラ投資で存在感を高める中国と、それと手を組む政府に対する一般国民の不信感の高まりが噴出した。
こうした崩壊事故の続発は、習近平政権の「一帯一路」政策の下、中国企業が欧州、アジア、アフリカなど各地で、インフラ建設などを積極的に推し進めてきたことによる。その結果、各地で中国企業による「手抜き工事」、「現地政権の汚職の深刻化」、「建築基準の不徹底」、「建築の過剰なスピード優先主義」などが問題となったが、未だに是正される兆しが見えていない。
習近平氏は「一帯一路」政策の質的転換を目指すとしているが、まずは違法建築の根本的見直しが必要だろう。
■
藤谷 昌敏
1954(昭和29)年、北海道生まれ。学習院大学法学部法学科、北陸先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科修士課程卒、知識科学修士、MOT。法務省公安調査庁入庁(北朝鮮、中国、ロシア、国際テロ、サイバーテロ部門歴任)。同庁金沢公安調査事務所長で退官。現在、経済安全保障マネジメント支援機構上席研究員、合同会社OFFICE TOYA代表、TOYA未来情報研究所代表、金沢工業大学特任教授(危機管理論)。
編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2025年4月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。