宗教者は「信仰の隣人」にもっと理解を

話は2023年5月6日に遡る。国王を継承した英国のチャールズ3世の戴冠式がロンドン中心部のウェストミンスター寺院で行われた時だ。

正教会の名誉総主教、コンスタンティノープル総主教バルトロメオス1世と会見したフランシスコ教皇、バチカンニュースから

戴冠式では、チャールズ国王は金色の布の天蓋の下で、カンタベリー大司教によって祝福され、奉献された聖油が注がれた。ウェストミンスター寺院の戴冠式は、非常に宗教的な行事だ。チャールズ国王の多くの称号の中には、イングランドがローマと決別した後も維持された英国国教会の「信仰の擁護者」が含まれる。

チャールズ国王の戴冠式には宗教改革以来初めて、カトリック教会の代表だけではなく、他のキリスト教の宗教団体の代表も出席した。ユダヤ教、イスラム教、ヒンズー教、仏教、シーク教の代表たちがチャールズ3世に「信仰の隣人」として挨拶した。

チャールズ国王は皇太子時代の1994年、英国の宗教的多様性を反映させて「(英国国教会の)信仰の擁護者ではなく、(全ての)信仰の擁護者になる」と述べ、英国内で大きな議論を呼んだ。英国国教会はヘンリー8世以来、戴冠式の場で伝統的に「Defender of the Faith」と宣言してきた。チャールズ3世はそれを「the」(英国国教会を指す定冠詞)を除き、「全ての信仰の擁護者」という意味合いを込めて「Defender of Faith」と宣言した。

なお、聖公会(アングリカン・コミュニオン)は西暦597年、ローマ教皇の支配下でカンタベリー大主教が管理するローマ・カトリック教会所属の教会として始まったが、1534年、英国王ヘンリー8世がローマに離婚願いを申請した際、バチカンがその願いを拒否したことを受け、ローマ教会の支配から脱し、英国王を首長とする英国国教会を創設した。現在、世界に約7000万人の信者を有する。聖公会の教えは本来、ローマ・カトリック教会の教えを土台とし、宗教改革のプロテスタントの影響を受けてきたことから、新旧両教会の中道教会とも呼ばれる。

ところで、宗教界では超教派運動(エキュメニカル運動)がある。21日、88歳で亡くなったローマ教皇フランシスコは生前、他宗派の指導者と積極的に会合した。宗派の相違を乗り越えて,他宗派への理解を深めていくことで、宗教人の連帯は深まっていく。そして「信仰の隣人」への相互尊重と敬意を培っていく。そこにエキュメニカル運動の目的がある。

ただ、現実は容易ではない。宗教が理由で多くの紛争、戦争が繰り返されてきたのが人類の歴史だ。21世紀の今日でも状況に大きな変化はない。
例えば、ユダヤ教、キリスト教、そしてイスラム教はアブラハムを「信仰の祖」とする唯一神教だが、本来、兄弟宗教にもかかわらず、争い、いがみ合いを続けている。

神学者ヤン・アスマン教授は、「唯一の神への信仰(Monotheismus)には潜在的な暴力性が内包されている。絶対的な唯一の神を信じる者は他の唯一神教を信じる者を容認できない。そこで暴力で打ち負かそうとする」と説明し、実例として「イスラム教過激派テロ」を挙げる。自身の神を絶対的に信じる信仰者は他の宗派の神を容認できないからだ。アスマン教授は「妬む神」と呼んでいた。

それゆえに、というべきか、先のチャールズ国王の戴冠式での「信仰の隣人」への擁護者発言は示唆に富んでいる。「信教の自由」を守る運動も同様だろう。チャールズ国王流に表現するならば、「Defender of the Faith」ではなく、「Defender of Faith」だ。自身の宗教だけの擁護者ではなく、他宗派の「信仰の隣人」の擁護者でもあるべきだ。特に、宗教者は他宗派の困窮に対して、無関心であってはならない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年4月日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。