「静かな退職」で人生逃げ切れない理由

黒坂岳央です。

先日、TBS の朝の情報番組『THE TIME』に出演し、「静かな退職」について問われた。

番組では限られた時間で要点のみを述べたが、本稿ではビジネス現場の視点に絞り、インタビューで提示された疑問をあらためて整理し直しつつ、実務家に向けた示唆を提示する。経済政策や労働法学の深掘りではなく、あくまで現場で汗をかく当事者向けの私見である。

RyanKing999/iStock

Q.1「静かな退職」は増えているのか?

結論――現象自体は昔から存在するが、SNS による可視化が進み「若者の新トレンド」として再ラベル化、つまりは名称が変わっただけである。

総務省「労働力調査」(2024 年平均)によれば、20 代正社員の平均残業時間は 2010 年比で 14 %減少しているが、年代別離職理由に占める「仕事が自分に合わない」の割合は横ばい(約 14 %)で推移している。すなわち“やる気喪失層”の比率は統計的に目立った上昇がない。

また、1970 年代から既に「窓際族」や「給料泥棒」なる言葉があった。要するに呼び名が変わっただけ、というのが実態である。

会社を「自己実現やスキル向上の場」とする人もいれば、逆に「給料がもらえるサブスクのようなサービス」と見なす人もいる。特に後者は、最低限の労働で雇用を維持することを目的とし、積極的なキャリア形成を放棄している。

そして、これは最近の若者に限った話ではない。会社員時代の自分自身が、そうした社員を何人も見てきた。たとえば積極的な出世道を諦めてしまった中年のおじさんたちもそうだ。

忙しく残業をしていると、ダラダラコーヒーとお菓子をつまみながら雑談を降って来る。聞けば家に帰ってもやることがないので、それなら会社に身をおいて残業代をもらうほうが「コスパがいい」ということのようだ。

Q2.将来に希望が持てない若者がいるのはなぜか?

筆者の見解は、「将来の展望が描きにくくなったため」である。

かつて自分が在籍していた外資系企業では、入社時に Fast Track(昇進前提組) と Base Line(昇進期待薄組) がほぼ決まっていた。前者は次の転職やMBA取得を視野に成果を量産し、後者は“出社=仕事”という姿勢に陥りやすい。

昨今の若手がキャリアに悲観的なのは、この二分構造が日本企業にも浸透し始め、「最初の配属でコースが決まる」 という空気を肌で感じ取っているからだろう。

また、「静かな退職」が若者の間で広がっているように見える風潮にはSNSの影響も無視はできない。特にアルゴリズムはセンセーショナルな悲観論を拡散する傾向があり、そうしたコンテンツが高再生を稼ぐ。

「人生は運ゲー、遺伝子ゲーなので個人レベルで努力しても報われない」といった風潮があることで、若年層がそれを真に受け、頑張らないことを合理化しているのだろう。

Q3.「静かな退職」は日本特有か?

結論、似たような動きは存在する。

中国には「躺平(寝そべり族)」、韓国には「サランチ族」のような概念があり、アジア圏でも“低コミット雇用”は珍しくない。

欧米ではジョブ型雇用のため解雇ハードルが低く、静かな退職は短期で顕在化しづらいが、職務範囲ぎりぎりしか働かない “Bare‑Minimum Monday” などが話題になっている。つまり地域差は形態であって本質ではない。

結局、世界のどこへいっても「意欲格差」は存在するのだ。

Q4.静かな退職は将来どうなる?

よくない。理由はAIが積極的に奪っているのは“新人が最初に教わる仕事”だからだ。

生成 AI は既に議事録要約(例:Notta)、経費精算チェック(例:LayerX インボイス)などを代替し始めた。新人が腕慣らしで任される定型業務こそ真っ先に消える。そうなれば企業はますます 「習熟コストが低い人材」より「最初から戦力になる人材」 を選好するため、静かな退職組は労働市場で行き場を失う恐れが大きい。

当然、そうなれば「スキルや経験のない新入社員はどうやって仕事を学べばいいのか?」という懸念も出てくる。

だが、希望がないわけではない。AIが苦手とするのは関係構築と信頼醸成と考える。これはAIというシステムへの信頼の有無を問うものではない。人がお金を出すのは、相手のスキルだけでなく「人間性」といった信用も含めてベットするのが商慣習となっているといいたいわけだ。

顧客の本音を引き出し、長期取引へ導く営業力や、現場でトラブルを丸く収める調整力は、学習データだけでは再現しにくい。したがって 「信用残高を積む仕事」 がキャリアの保険になる。

Q5.静かな退職にメリットはあるのか?

「静かな退職を選ぶことに何かメリットはあるか?」という問いに対して、自分は「空いた時間の使い方次第」と答えた。

確かに静かな退職は精神的には楽である。出世を望まず、残業も回避するので時間と精神的余裕が生まれる。その時間を副業やスキル習得に使えば、ある意味で本人にとっては合理的な戦略とも言えるかもしれない(雇用する側にとっては「コスパがいい人材」とは言えないかもしれないが)。

ただし、余暇時間で遊んでばかりとなれば年齢とともに市場価値が下がり、「仕事ができない、やる気もない中年」への一本道が待っているだけだ。そうなれば再就職が困難になることは避けられない。

最後に改めて述べておきたい。筆者は静かな退職そのものを「ケシカラン」などと昭和臭く否定するつもりはない。重要なのは、「余暇」をレバレッジに変えられるかである。

会社内で成長機会を得るか、会社外で稼ぐ力を育てるか。いずれにせよ、仕事と学びから逃れられる者はいない。静かに働くことを選ぶのであれば、同時に静かに未来を設計し始めるべきである。

 

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ビジネスジャーナリスト
シカゴの大学へ留学し会計学を学ぶ。大学卒業後、ブルームバーグLP、セブン&アイ、コカ・コーラボトラーズジャパン勤務を経て独立。フルーツギフトのビジネスに乗り出し、「高級フルーツギフト水菓子 肥後庵」を運営。経営者や医師などエグゼクティブの顧客にも利用されている。本業の傍ら、ビジネスジャーナリストとしても情報発信中。