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「アルバニア案」とは、1971年10月25日に第26回国連総会で採択された、アルバニアなど23カ国が共同提案した中国代表権問題に関する「2758号決議」の通称である。
「中華人民共和国政府の代表が国際連合に対する唯一の合法的な中国の代表であり、中華人民共和国が安全保障理事会の5常任理事国の1つであることを認識する」などの内容が盛り込まれ、台湾代表は同案の議決を待たず議場を後にした。
爾来、中国は事あるごとに「一つの中国」を世界に喧伝する。例えば、政治学者の浅野和生氏は5月1日の『産経』正論でアルバニア案に触れ、「蔣介石政権が不法に占めていた地位からこれを追放するというもので」「中華民国あるいは台湾という語は用いられていない」にも拘らず、昨年9月の国連総会で王毅外交部長が次のように演説したとして、これを難じている。
(71年の国連決議は)中華人民共和国政府代表を国連における中国の唯一の合法的代表であると認め、台湾地区の代表を直ちに国連とその所属するすべての機構から追放することを決定した。この決議は台湾を含む全中国の国連代表権問題を抜本的に解決し、「二つの中国」は存在せず、「一つの中国、一つの台湾」も存在しないことを明確にした。
確かに「2758号決議」の「追放」に係る文節はこうなっている。
中華人民共和国にすべての権利を回復し、中華人民共和国政府の代表を国際連合における唯一の合法的な中国の代表として承認し、蒋介石の代表(representatives of Chiang Kai-shek)を国際連合およびこれに関連するすべての機関において不法に(unlawfully)占有している地位から直ちに追放することを決定する。
が、外務省サイトにも「アルバニア等は『中華人民共和国政府の代表権回復,中華民国政府追放』を趣旨とするアルバニア決議案を早々と事務局に提出した」とあり、研究書の多くも「中華民国代表」や「国府代表」と書いている。何より台北は49年から、今も中華民国の臨時首都である。従い、「2758号決議」が「蒋介石の代表」と記しているのは不可解だが、その件はここでは措く。
この案件に関連して米下院はこの5月5日、民主党コノリー議員と共和党キム議員によって共同提案された「台湾国際連帯法案(Taiwan International Solidarity Act)」)を超党派で可決した。コノリー議員は自らのサイトで次のように述べている。
中国は長年、台湾に対する主権の主張を強めるため、国際機関における政策と手続きを歪曲し、しばしば世界の保健、統治、そして安全保障への取り組みを損なってきました。この超党派の法案は、北京による国際機関の武器化に対抗し、台湾の人々の願いと最善の利益に連帯することを確実にするものです。本日、この法案が下院を通過したことを大変嬉しく思います。
今後、同法案は上院に送られ、そこで可決されれば大統領の承認の後に発効する運びとなる。その第2項は以下のように書かれている。
第2項 国連総会決議2758(XXV)に関する明確化
2019年台湾同盟国国際保護強化構想(TAIPEI)法(公法第116-135号)(台湾との外交関係に関する)第2節(a)は、末尾に以下の新たな段落を追加することにより修正される:
(10)国連総会決議2758(XXVI)は中華人民共和国政府の代表を、国連に対する中国の唯一の合法的な代表として定めた。また、中華人民共和国と台湾の関係について見解を示したり、台湾の主権に関する声明を発表したりもしなかった。
(11)米国は、台湾国民の同意なしに台湾の地位を変更しようとするいかなるイニシアチブにも反対する(The United States opposes any initiative that seeks to change Taiwan’s status without the consent of the people.)。
上記の段落が追加される「TAIPEI法」(Taiwan Allies International Protection and Enhancement Initiative Act))とは、18年に可決された「台湾旅行法」を強化する目的で20年3月に制定された米国の国内法である。米国と台湾の関係範囲を拡大し、他の国々や国際機関が台湾との公式・非公式の関係を強化することを奨励する目的を有している。
当時の台湾は、陳水扁の民進党が2000年に初めて国民党から政権を奪い、陳政権2期8年のあと馬英九国民党政権2期8年と続き、16年に再度蔡英文の民進党が政権を取り返した1期目に当たっていた。馬政権の「三通政策」を謳歌していた北京は、蔡英文の台湾を孤立させるべく大キャンペーンを開始、19年までに台北と外交関係を持つ国は22か国から15か国に減った。

蔡英文と同じ年の11月、大統領選に勝ったドナルド・トランプは蔡英文に電話を架けて互いに祝福し合い、台湾旅行法承認や両国の閣僚級会談などを行う一方、18年から米中貿易戦争を仕掛け、米中関係は悪化した。そんな中で成立した「TAIPEI法」は、台湾と外交関係を持つ国の維持や台湾が国際機関により多く参加できるようにすべく、以下に主眼を置いた。

- 必要に応じて、国家としての資格が必須ではなく、米国も参加しているすべての国際機関において台湾が加盟できるよう主張する。また、他の適切な国際機関において台湾にオブザーバーの地位が与えられるよう主張する。
- 必要に応じて、あらゆる組織の米国政府の代表者に対し、米国の発言力、投票権、影響力を活用して、そのような組織における台湾の加盟またはオブザーバーとしての地位を主張するよう指示する。
- 首脳会談や米中包括的経済対話など、米国と中華人民共和国の間のあらゆる関連する二国間関与の一環として、あらゆる組織における台湾の加盟またはオブザーバーとしての地位を適宜主張する。
「蒋介石の代表」が「アルバニア案」の議決を待たずに退場した辺りの経緯は、清水麗・麗澤大教授の『台湾の国連脱退をめぐる政治過程の一考察』に詳述されている。こうした論文がネットで読めるのは大変ありがたい。また、五十嵐隆幸・防大教授の労作『大陸反攻と台湾』(名古屋大学出版会)には、台湾側の史料を読み込んだ記述が豊富に盛られている。
清水論文には、中国成立2年後の51年当時国連代表だった蒋廷黻と蒋介石の次のような問答の記述がある。
蒋廷黻:万一中共が国連に割り込もうとしたら、我々はどのような態度をとるべきか。
蒋介石:我々の復国の基礎は二つある。すなわち、国連によって保障される国際法上の地位をよりどころとすることと、内政において、台湾を復興の基地とすることである。この二つの基礎は、ともに非常に重要だが、根本は台湾にある。もし、両者を兼ねそなえることができなければ、私は、国連を放棄してでも、台湾を確保する。これは、わが政府が最後にいたったとき、やむをえずとる唯一の政策である。
「台湾を復興の基地とする」とは「大陸反攻」を諦めないとの意味だ。そして蒋介石は判断を誤った。71年当時、米国連大使だったブッシュ父は、中国と中華民国の両方を国連に残す「二重代表制」を事務総長に正式提案し、日本もそれに同調した。同時に、この件を3分の2の多数決で決めるとする台湾追放反対の「重要問題決議案」を総会に持ち込んだ。
しかし、55年に開催された「アジア・アフリカ会議(バンドン会議)」以降、これに参加した「AAグループ」を中心に、特に60年代に入って国連加盟国が急増、その多くが「重要問題決議案」の否決に回った。斯くて冒頭に記した「アルバニア案」が賛成76、反対35、棄権17で採択され、二重代表制決議案は表決に付されないこととなったのである。
蒋介石の面子が「大陸反攻」の旗を降ろさせなかった様に、ベトナム戦争で疲弊した米国のキッシンジャー国務長官とニクソン大統領の頭の中も、ソ連の覇権に対抗すべく中国との国交回復で満たされていた。その中国にしたところで、毛沢東は文化大革命の後遺症とソ連との国境紛争に苦しんでいたのである。
あれから半世紀以上が経った。今のプーチンも内情は相当苦しいに違いない。トランプの気が変らないうちに面子を棄てないと、蒋介石の轍を踏む、と筆者は思う。
さて、今般の「台湾国際連帯法案」、米国は大国の大波に翻弄される「小舟・台湾」の防波堤をどれほど高くできるだろうか。