野党の党首は石破首相よりトランプ大統領を批判せよ

ファクトチェックが不十分

参院選を前に与野党8党首が日本記者クラブ主催の討論会に出席しました。自公が過半数を取れるかどうか微妙とする予測も多く、新聞社説などは「事実上の政権選択選挙」(朝日)、「自公が過半数を失えば、連立政権の組み換えなど政局が流動しよう」(読売)と書いています。

日本記者クラブ主催党首討論会で発言する野田佳彦代表
立憲民主党HPより

世論調査では「自公が過半数を維持する方がよいと思うかについて、思う37%、思わない48%」(読売)です。自公が過半数割れをしても、連立の枠組み次第では、「自公+アルファ」ですから、「政権選択選挙」とまでは言えないにせよ、「アルファ」を引き込むには、首相の座を明け渡すことになる可能性があります。

それほど重大な岐路に差し掛かっているにもかかわらず、党首討論では、票稼ぎのつもりなのか「消費税減税」「社会保険料の引き下げ」などに野党は関心があるようでした。対米関税交渉については、石破政権の外交姿勢の甘さを野党は批判しました。関税交渉といっても、トランプ氏は自由貿易体制への歯止め、同盟関係の大転換、同盟国の属国化を意図しているようですから、批判すべき対象は石破首相ではなく、トランプ大統領だと私は思います。批判すべき相手を間違ってはいけないのです。

朝日新聞は「報道各社は事実関係を確かめるファクトチェックに力を入れている。ネット上に広がる言説、画像、動画も対象だ」(社説)と指摘しました。ネット上に流れる意図的な偽情報のチェックは必要です。それ以上に重要なのは、政権担当者の言動のチェックです。

トランプ氏は「日本はコメを切実に必要としているのに、受け入れようとしない。米国の自動車も受け取らない。日本には30%か35%の関税を支払ってもらう」と発言しました。その根拠となる事実関係が正しいのかを、メディアは即座にチェックすべきなのです。

自動車とコメのうち、コメはミニマムアクセスという関税ゼロの枠(年間77万トン、うち対米38万トン)があり、それが不十分だとトランプ氏は認識しており、それは正しく、米国産米の輸入拡大は日本の消費者に歓迎されましょう。農水省、JA農協、コメ議員がそれに反対で、一方、石破首相、小泉農相は減反政策に見直しに着手しようとしています。そうした事実関係の解説をメディアはなぜもっとしないのか。

自動車については、トランプ氏の指摘は事実に反するでしょう。米国車が日本で売れないのは、「米国車のサイズが大きすぎて、日本の道路事情、車庫事情に合わない」、「燃費が日本車に比べ悪い」、「日本は国際的な安全基準(60か国が採用)を採用しているのに、米国は独自の基準で生産し、日本に輸出する場合、多額の改造費がかかる」「ディーラーの数も少ない」などによるのでしょう。

日本車の対米輸出は年間140万台程度で、米国車は1万6700台(2024年)と大差があるのは、そうしたことが背景にあるようです。事実関係を恐らく知った上で、トランプ氏は乱暴な発言を繰り返しているのでしょう。ファクトチェックをすれば、「クロ」(事実に反する)となります。トランプ氏の大げさな発言を垂れ流すのではなく、メディアはファクトチェックを即座にして、その都度、反論の報道すべきなのにしない。

立憲民主党の野田代表は「首脳会談を求めて突破口を開く構えと覚悟が必要だ」と、石破首相を批判しました。さらに「日米交渉は『やったふり感』は見えても、両国の距離感はどんどん遠ざかっている」と述べました。批判すべきはトランプ氏のなりふり構わない交渉のやり方です。他の野党の党首も、なぜもっとトランプ氏を鋭く攻撃しないのか不思議です。石破首相が窮地に追い込まれる都合がいいのでしょうか。

戦後の自由貿易体制が崩れようとしている中で、野田代表は「もっと多国間の関係の中で自由貿易の意義を説いていく作戦が必要だ」と、主張しました。トランプ氏はグローバリゼーションによって、富を増やした階層と貧困化した階層に明暗が分かれ、高学歴でない白人などの貧困化した階層がトランプ氏の支持層になっています。「自由貿易の意義を説く」はトランプ氏の耳に入らないでしょう。

時代は歴史的な転換期にきているのに、「財源の当てがない減税、現金給付」、「賃上げのための中小企業支援」、「移民は外国人に頼らない国家運営」など、与野党党首の発言を聞いて、日本の政治家はなぜもっとスケールの大きな議論ができないのかと、失望感を持ちました。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2025年7月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。