中国軍の独軍機へのレーザー照射の波紋

ドイツ外務省は8日、中国の軍艦が紅海上空で偵察任務に当たっていたドイツ機にレーザー照射した件で、中国大使を召喚し、説明を求めたことを明らかにした。同事件の背景、中国側の狙いなどについてまとめた。

中国軍艦によるドイツ機へのレーザー照射を批判するドイツのワーデフール外相、ドイツ外務省HPから

ドイツのワーデフール外相は中国軍艦がドイツ偵察機にレーザー照射した件について、「事件は憤慨の極みだ。中国はこの事件について説明責任を果たす必要がある。中国のいかなる不適切行動、そして我々のルールに基づく秩序に反するいかなる行動も断固拒否する」と批判し、中国大使を召喚し、ドイツ側の立場を明確に伝えたことを明らかにしている。

事件は今月2日、発生した。ドイツ筋によると、中国の軍艦がドイツの偵察機に理由もなく、事前の連絡もなくレーザーを照射した。この偵察機は、欧州連合(EU)の紅海におけるフーシ派に対するミッション「アスピデス」のため紅海上空を飛行しており、イエメンのフーシ派民兵による攻撃から商船を守ることを目的としていた。

中国軍によるレーザー照射の事例はこれまでも多数報告されてきた。フィリピン沿岸警備隊の巡視船が2023年2月6日、南シナ海の南沙諸島のアユンギン礁付近で中国海警局の艦船からレーザー照射を受けている。

ちなみに、中国がドイツ機に照射したレーザーの種類は不明だ。ただし、目標に向かってレーザーを照射することは、軍隊においては少なくとも威嚇行為と受け取られる。

中国軍がレーザーを照射する目的は、①軍事的なもの、②領有権を主張する海域での示威行為の2通りが考えられる。レーザー照射は、相手の機器(センサー、カメラ、照準器など)を妨害したり、誤作動させたりする。またパイロットを一時的に失明させで戦闘能力を奪う。米空軍では、1996年に開始された「航空機乗員レーザー眼保護具(ALEP)プログラム」により、パイロットにレーザー・アイ・プロテクション(LEP)が支給されているという。

ところで、なぜ中国の軍艦が紅海に巡航しているのかだ。主に2つの理由が考えられる。一つは、紅海を通る中国の船舶の安全確保、もう一つは、ソマリア沖の海賊対策だ。紅海は、中国とヨーロッパやアフリカを結ぶ重要な海上輸送路であり、中国の経済活動にとって非常に重要だ。また、ソマリア沖の海賊問題は、中国の船舶にとっても脅威となっている。近年、紅海では、フーシ派による船舶攻撃や海賊行為が頻発しており、中国の船舶も被害を受けている。そのため、中国は、自国の船舶の安全を確保するために、2008年からソマリア沖に護衛艦を派遣し、海賊対策を行っている。

すなわち、紅海の中国軍艦の派遣目的はドイツ偵察機のミッションとほぼ同じなわけだ。とすれば、どうして中国軍艦はドイツ偵察機に危険なレーダー照射をしたのか、という疑問が出てくる。軍事目的でもないだろうし、示威行為とも思えない。

事件は今月2日、発生した。そして同日から6日まで中国の王毅共産党政治局員兼外相はEUの拠点があるベルギー、ドイツ、フランスの3カ国を訪問している。王毅外相の狙いは欧州との関係強化にあったはずだ。そのような時、紅海の中国軍艦がEUのミッションで活動中のドイツ偵察機にレーザー照射したということになる。どうみてもタイミングが悪い。実際、今回の件でドイツ外務省は激怒し、EUのブリュッセルも中国を批判しているのだ。

中国側は「国際協調に否定的で米国ファーストのトランプ米政権と違い、中国は国際秩序の擁護者だ」といったメッセージを発信したかったはずだ。それが2日の事件が明らかになって、EUとの関係は一層険悪化してしまった。王毅外相の欧州訪問は、今月下旬に控える中国・EU首脳会議の地ならしの意味合いもあったというから、レーザー照射事件は中国側の目的を完全におじゃんにしてしまったことになる。

ドイツ民間ニュース専門局NTVとのインタビューで軍事専門家ラルフ・ティール氏は、「ドイツ機が中国軍にレーザー照射されることは珍しいが、中国軍のレーザー照射事件はアジア極東地域では日常茶飯事だ。中国軍はその緊迫したエリアで軍事演習を繰り返してきていることもあって、レーザー照射が危険な違法行為、といった認識に欠けていたのではないか」と述べていた。

なお、中国外務省報道官は9日、「ドイツ外務省の説明は事実と全く一致しない。双方は現実的なアプローチを採用し、適時に意思疎通を強化し、誤解や誤った判断を避けるべきだ」と反論している。同報道官によると、中国海軍はアデン湾とソマリア沖で護衛作戦を実施し、安全保障維持の責任を果たしたという。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年7月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。