なぜアメリカの関税政策は失敗するのか?:関税対策で生まれた商品に競争力はない

8月1日に迫る関税交渉。選挙結果を踏まえ、赤沢大臣がアポなしの訪米を本日から行っています。8回目でしょうか?気持ちはわかるのですが、アメリカ人は嫌がります。アポなしということは押しかけであり、「無理やり時間を割け」というわけです。私の北米経験からはビジネス プロトコル的に芳しくない判断です。(赤沢氏に言わせれば現地で何時でも会えるように待機するというのでしょう。)アメリカは日本政府を代表してくるのだろうからメンツもあるだろうし、イヤイヤ会うしかないのですが、十分な打開案があればともかく、こんな交渉術でどうなのかなぁと思います。

トランプ大統領 ホワイトハウスXより

その交渉はともかく、この関税政策、アメリカをどん底まで陥れる可能性があります。端的に言ってしまうとトランプ氏が「関税でこんなに儲かった!」と公言すればするほど国民は騙されるのです。「そうか、トランプ大統領の判断は正しかったのだ」と。消費者は価格が上がっていくことに立ち向かう勇気があるかどうかわかりません。物価は上がるでしょう。一方、消費がそれに負けずに伸びるかは別の話です。

ただ私が最も気にしているのは消費ではなく、製造部門です。一部の企業がアメリカに投資をして現地化を進める方策を打ち出していますが、それが機能するのか、疑問なのです。今から工場を建設すればそれらが稼働するのは2-3年はかかるでしょう。非常にざっくりした発想なのですが、アジアから関税付きで輸出した場合25%程度の上乗せ幅で商品を卸すことができます。ならば現地生産を行うと25%安くなるじゃないか、と思っている方がいればそれは大変な間違いです。

労働政策研究所の資料によると日本と欧米の製造業の時間当たり賃金の差は日本を100とするとアメリカは為替レート換算で174.2,購買力平価で125.8になります。つまりアメリカで作るとどれだけ正当化しても25%の労賃コスト増は避けられず、現状の為替レートからすれば75%増しにもなります。この資料は2022年のものですから今回の円安劇が始まる前の数字だと思われますので現在の差はもっと大きくなっているはずです。

モノの製造には工場や機械などの施設、賃料や不動産取得費用、労賃、材料費、管理コストがあります。ここでは労賃だけを例にとりましたが、不動産価格から製造コスト、材料費に至るまで全部押しなべて高いのです。ここでは話を簡素化するためにアメリカではアジアに比べて25%の製造コストが余計にかかるのだと仮定します。

ところでEUも8月1日に向けてアメリカとの交渉が進みますが、EUでは24日に政策委員会会合が行われ、トランプ関税が経済学的にEUにどれだけの衝撃があり、どれだけの耐性があるか学術的に分析した結果を話し合う予定です。(日本ではそんな会議はされていないでしょうね。)その際、私が想像するのはEUは工場をアメリカに出す方がはるかに安く、その場合の欧州内の空洞化対策が主眼になると予想しています。なぜなら労賃については雇用に関する付帯コストを考えると欧州が最も高いからです。先ほどの労働政策研究所の数字ではフランスは購買力平価で日本と比べ165,ドイツは185となっています。つまり労働コストがアメリカよりはるかに高い欧州においてはアメリカに工場を移設した方が安く作れるという結果になるはずなのです。

もう一つは労働生産性です。つまり単位当たりの産出量の計算です。各国、労働生産性を発表していますが、国ベースの労働生産性の計算はGDPと総労働投入量で引き出されます。アメリカの労働生産性は同国統計局が四半期毎に発表しています。戦後からの長い目で見れば確かに下がってきてはいますが、大崩れしていません。理由は物価が投入労働力より上昇していることと機械化により労働投入量が減っているからです。個人的には労働生産性の国家間比較は数値の補正をしてもほとんど無意味だしアメリカの労働生産性は低くないというのを数字から見ても何も得られないと考えています。実態としては欧米の労働生産性はアジアのそれと比べると2倍以上の差異が出ているはずです。

背景としては先進国は生活の豊かさと共に低賃金で過酷な労働を社会的に受け入れない方向になりやすく、一生懸命働く人を「かわいそうな人」ぐらいにみる傾向が強いのです。私なんて白人社会のマリーナの中に事務所を構えているわけですが、「オーナーなのにあんなに働いてかわいそう」ぐらいにしか思われていません。

端的な例を出しましょう。アメリカはウクライナに武器供与をするとバイデン氏やトランプ氏が述べ、支援の姿勢を見せています。ところが武器が計画通り流れないのです。武器ビジネスはアメリカの十八番であるのに生産能力が全然ないのです。英国BBCは7月1日付で「アメリカ政府は1日、ウクライナへの兵器供与の一部を停止したと発表した」とし「トランプ政権関係者の一部からは、国内の兵器備蓄が逼迫(ひっぱく)していると、懸念の声が上がっていた」と報じています。制限する武器弾薬にはパトリオットを含む防空ミサイルや精密誘導弾も含まれるとされます。

極端な話、アメリカは戦争をすれば勝てるか、といえば短期決戦なら勝てるが地上戦のように長期だと勝てないとも言えるのです。それぐらいアメリカの生産力は劣ってしまっています。よって日本企業が今回の関税問題を踏まえ、「アメリカに行くのか?」という判断に多くが二の足を踏んでいるのです。もしも仮に私のこの大雑把ではありますが、推論が正しければ先々、25%の関税を払っても日本企業はアメリカで十分利益を出すことができるはずです。言い換えれば数年後に関税対策で生まれた数多くのアメリカ製商品は競争力がない公算が高くなるのです。

その時、時の大統領が「関税政策は失敗だった」と認め、関税率の緩和ないし、撤廃をすればアメリカに投資した企業は更なる損失を抱えるという悪循環に陥る公算すらあるのです。台湾半導体大手のTSMCがアリゾナの工場では苦労しています。台湾で素晴らしい成果をあげているからと言ってアメリカでそれのコピーできるわけではないのです。理由は台湾人だからこそできたビジネスへの発想、姿勢、捉え方など社会の根幹がアメリカのそれとかなり違うからです。彼らの工場はまもなく稼働すると思いますが、相当苦戦するはずで、当面はそのアウトプットを見ることで本当にアメリカに莫大な投資をして生産することが正しいのか、判断材料にすればよいと思います。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2025年7月22日の記事より転載させていただきました。

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会社経営者
ブルーツリーマネージメント社 社長 
カナダで不動産ビジネスをして25年、不動産や起業実務を踏まえた上で世界の中の日本を考え、書き綴っています。ブログは365日切れ目なく経済、マネー、社会、政治など様々なトピックをズバッと斬っています。分かりやすいブログを目指しています。