国際政治学も「ぶざまな」学問になるのだろうか。

石破内閣の支持率が上がったという。なんと「次の首相」で、1位に返り咲く調査もあるそうだ。

「次の首相」石破氏トップ 内閣支持率29% 毎日新聞世論調査 | 毎日新聞
 毎日新聞は26、27の両日、全国世論調査を実施した。石破茂内閣の支持率は29%で前回(6月28、29日実施)から5ポイント上昇した。不支持率は59%で前回(61%)と比べてほぼ横ばいだった。次の首相にふさわしい人を尋ねたところ、トップは石破首相で20%を占めた。参院選で与党が大敗した責任を問う意見

議院内閣制かつ二院制の国で、1年足らずのあいだに両院とも選挙で負けたら、退陣するのが民主主義だと思うけど、いまや続投を願うデモまで起きている。辞任後に自民党で「より右」の総裁が選ばれ、選挙で躍進した右派政党と連立されたら困るということのようだ。

さて、一説によると「自民より右」の政党が近年伸びたのは、日本の政治を不安定化させるロシアの工作の結果らしい(笑)。こともあろうに選挙戦の最中に、そうした風説をネットで拡散したのは山本一郎氏だった。

だとすると、選挙の結果を首相は無視しろみたいに「民主主義を壊す」主張を唱える上記のデモにも、やっぱりロシアマネーとか入ってるんですかね。ぜひ、分析を伺いたいところである。

参政党を支えたのはロシア製ボットによる反政府プロパガンダ|山本一郎(やまもといちろう)
 『認知戦』という、頭の中を巡るネットでの工作が、日本の民主主義を脅かす形で、私たちの目の前で繰り広げられております。7月20日の参議院選挙を前に、ロシアによる大規模な情報工作が日本のSNS空間で激化しており、その規模と巧妙さは、もはや看過できないレベルに達しています。  簡単に状況を説明しますと、このような感じです...

これらのボットアカウント群は……れいわ新選組、国民民主党、くにもり、日本保守党、そして参政党といった、政治的に極端なポジションを取る各政党の主張を広げる役割を担っています。
(中 略)
彼らの目的はあくまで「日本政治や社会が不安定化するよう、偽情報や印象操作で国民を怒らせる」ことですので、その発言者が参政党だろうが国民民主党だろうが日本保守党だろうがどこだろうと構わないのです。

山本一郎氏note, 2025.7.15
参院選投票日の5日前の投稿
(強調は引用者)

この山本氏について、イスラム研究者の池内恵氏が、7/26にコメントしていた。あたり前ながら、「信用しかねる人物だ」との指摘である。

実は、似た経験を私もしている。私は日本のキャンセルカルチャーの「専門家」というか、第一人者なのだけど(苦笑)、山本氏が後出しで横から割り込み、事実誤認を広めるのには閉口した。

呉座勇一せんせ、今度は辻田真佐憲さんの番組で東浩紀さんを軽く論じて出禁に|山本一郎(やまもといちろう)
 一般に「めんどうくさい界隈」と総称されるゲンロン附近で、衝突事故が起きたというので見物にいってきました。 シラス番組開設見送りについて - 呉座勇一のブログ 放送プラットフォーム「シラス」に6月16日に「呉座勇一のワイワイ日本史チャンネル」を開設予定でしたが、中止となりました。 ygoza.hate...

2022年の上記の記事は、タイトルから誤っている。呉座勇一氏と東浩紀氏の亀裂の原因は、辻田真佐憲氏とは関係なく、まったく別の人(いま呉座氏とYouTubeで配信する春木晶子氏)の番組だ。辻田氏は当時、決裂が憶測を呼ぶ中で、自分の番組で背景を説明しただけである。

「ロシアの選挙干渉」(笑)に比べれば、これ自体は些細な小ネタだが、書き手としての山本氏の信頼度を測る上では、重要な一節がある。

なんだなんだと思ってクソ忙しいところ興味本位で拝見しにいきましたが、特段呉座勇一せんせは東浩紀さんを何か手ひどく批判するような話をしたわけでもなく、そもそもの発端は別人のコメントですし、あれに東さんがブチ切れているのだとしたら

山本一郎氏note, 2022.6.15

文脈上、ここで「拝見しにいきました」とは、両氏の決裂にまつわる番組を実際に視聴したという意味になる。しかし、見た番組の配信者をまちがえるということは、ありえない。つまり、山本氏はソースに当たっていない情報を、「見てきたかのように」書く癖のある人だということだ。

情報社会の副作用だが、バズった話題に「いっちょ噛み」「後出し」で便乗し、事実を歪めて拡散する人は多い。前から迷惑している件は、当該の問題の真相も込みで以下に書いた。

オープンレター秘録④ 古谷経衡氏と「署名偽造」の真実|與那覇潤の論説Bistro
このnoteをお読みくださる方には自明と思うが、私ほど「党派性」から遠い人間はいない。たとえばオープンレターについても、その「悪い点」を個別に批判してきたのであって、署名した人がなにをやっても「敵だから叩く」といったことはしなかったし、これからもしない。 当然ながら裏面として、オープンレターへの批判であれば「味方だか...

私の苦労話はともかく、重要なのは、そうした山本氏の論説(それもnoteでの公開で、ソースの注記等もない)を「自分の研究にも通じる!」として、学問的なお墨つきを与えてしまう「国際政治学者」がいることだ。リアルタイムでもご紹介した、筑波大学の東野篤子氏である。

山本氏の記事と同日の7.15
ぴったり1時間後の投稿は偶然でしょう。
7.18の私の批判はこちら

気になるのは、この東野氏が、池内恵氏が運営するROLESというプロジェクトのメンバーなことだ。研究仲間をフェイクで誹謗するYouTubeの配信者を、率先してSNSで拡散する「学者」とはどういう存在なのか。いちおうは大学勤務歴のある私だが、まったくわからない。

もっとわからないのは、東野氏自身によると、

渋谷ROLESイベント(2024.7.22)、多数のご来場ありがとうございました!!|東野篤子
昨日のROLESイベントでは、多数の皆様のご来場をいただき、ありがとうございました。 始まる前にはこんな感じだったのですが… 今日22日午後6時から、渋谷QWSでROLESシンポジウム「戦時下のウクライナで人々は何を見、感じているのか」を開催します。下記にご登録のうえご来場ください。↓本日のQWSからの眺め。 p...

会いに行ける国際政治学者」ってどうなんだ…!?…としばらく悩んだりもいたしまして(笑)。

信頼する方に背中を押してもらったこともあり、ROLESの先生方に無理をお願いして調整していただいて、実現したこの企画ですが、

東野篤子氏note, 2024.7.24

どうも国際政治学者を、一般人は「会いに行けない」くらい、世俗から隔絶した天上の世界の住人だと捉えているらしいのだが、そんな人がSNS三昧で獲得したフォロワー数を自讃し、山本氏のような「煽り屋」の不正確な記事を学術ロンダリングして広めるのも、理解不能である。

お久しぶり!
こちらの記事以来の登場です

……と言いつつ、まぁ例によって、最初からわかった上で書いてるんですけどね(苦笑)。

このROLESは、文科省でなく外務省の予算によるプロジェクトだ。で、公的な助成金を使う場合、実績はこの指標で評価するといった要綱があるけど、外務省は「研究者個人によるインターネット、SNS等による広報」も査定の対象に含めていることを、辻田真佐憲氏が書いていた。

『ゲンロン16』特設ページ
ゲンロンショップで購入Amazonで購入書店様用注文用紙読者アンケート正誤表戦争すら娯楽の対象に変えてしまう、それこそが現代的な戦時下の条件だということだ目 次(小特集)ゲンロンが見たウクライナ[論考]東浩紀ウクライ

ここで言いたいのは、外務省助成金の実態を知っておくべきだということだ。そしてそこでは、研究者個人のSNSまで評価対象として掲げられているということについても。そのうえで、所属研究者たちの発信をどう受け止めるか。それは個々人次第となるだろう。
(中 略)
あえて戯画的に表現すれば、SNS的な専門家マウンティング芸と国家のプロパガンダとの奇妙な結合。そんなものが誕生しかねない地平が、いま、われわれの目の前に開かれつつある。

『ゲンロン16』247・249頁, 2024.4
ソースとなる資料はこちら(PDF)

この辻田氏の評価に、つけ加えることは特にない。政府からの「評価」に晒されつつ、SNS中毒みたいに発信し続ける研究者を見たとき、私たちは学問や言論の自由について、なにを考えるか。それは個々人の価値観である。

東野篤子氏がその主張を拡散した山本一郎氏が、選挙で自民党を応援する仕事を請け負っていたことは、本人のnoteに基づきすでに触れた。しかし、現状では自民党すなわち政府なのだから、国からの評価をめざす上で、東野氏にとってそんなことはどうでもいいのかもしれない。

参政党の躍進は「日本のための選択肢」につながるか|與那覇潤の論説Bistro
7/20の参院選は、一説によれば「ロシアの工作によって」参政党が躍進した(笑)。比例はおろか、自民党の牙城だった地方の選挙区でも保守票に大きく食い込み、当選者も出したのには驚く。プーチンの工作員は、国際政治からずいぶん離れた地域まで、入り込んでいるらしい。 ちなみに日本の不安定化を狙い、ロシアが参政党を伸ばすようS...

そもそも東野氏自身は、ウクライナ戦争に関する情報発信の姿勢について、詩的な比喩を用いてこんな風に述べている。

ぶざまなファーストペンギン|東野篤子
先日ふと、「いったい自分は今年に入って、何本の取材や出演に応えたのだろう」…と思い立ったのですが、数え始めるとかなりの数だったので早々に数えるのを断念しました。 とはいえ、早いものでもう今年も半分が過ぎようとしているので、その振り返り的なこともやっておきたく、そのうちここのnoteにあげてみようと思っています。 そ...

私自身はこの侵略に関していえば、積極的に現在の自分の知見を総動員し、発信するファーストペンギンでありたい、と考えています。
(中 略)
スマートではなく、転んで傷だらけになったり嘲笑されたりと、まことにぶざまなペンギンですが、そういうペンギンがいたっていいのではないかと。

東野篤子氏note, 2025.5.26

真っ先に飛び降りるのはそのペンギンの自由で、別にぶざまでもかまわないが、「なぜおまえは同じ飛び方をしないんだ!」と他のペンギンを攻撃したり、結果が大外しでも反省しないのは困った話だ。それについては何度も書いたので、末尾の参考記事を読んでほしい。

2025.5.27
そのとおりという他はないですね。
詳しい背景はこちら

問題は、国の予算でそうした「ペンギン」を養殖して、学問と社会の関係はよりよい変化を遂げたのか。その一点だ。

個人的には、篠田英朗氏(やはりROLESのメンバー)が描く以下の「専門家」の姿が、そうした政策の帰結を正しく描いていると感じる。むろん、私だったら「センモンカ」と書くのだけど。

参議院選挙の終了は、関税交渉に新しい展開をもたらすか
参議院選挙が終わった。私自身は、雑感を「The Letter」に別途書いたとおり、日本社会の閉塞感が反映された結果だと受け止めている。 日本社会に蔓延した閉塞感は、現実の裏付けのある現象だ。一朝一夕には解消しない。閉塞した状況...

「専門家」の方々が、どれくらいの数の気に入らない勢力に、次々と侮蔑的な言葉を投げかけて、特定ファン層にSNSで訴えかける毎日を過ごしていらっしゃるのかまでは、よく知らない。

しかし、日本でスマホに向かって、「ロシアは負けなければならない、参政党は負けなければならない、トランプは負けなければならない」と叫び続けていても、現実は何も変わらない

アゴラ, 2025.7.22
(段落を改変)

思春期に「冷戦の終焉」が直撃した私の世代にとって、国際政治学にはどこかキラキラしたイメージがある。だからといって「会いに行けない」とは思わないが、それが魅力的な分野であり続けることは国益に資する。

逆にいうと、学者の矩を踰えて飛び降りた1匹のペンギンがぶざまでも、お手つきですむかもしれないが、分野がまるごと「ぶざま」になったら、もう後戻りできない。反面教師はこの間、他の分野にいっぱい転がっていた。

オープンレター秘録③ 一覧・史料批判のできない歴史学者たち|與那覇潤の論説Bistro
学問的な歴史に興味を持ったことがあれば、「史料批判」という用語を一度は耳にしているだろう。しかしその意味を正しく知っている人は、実は(日本の)歴史学者も含めてほとんどいない。 史料批判とは、ざっくり言えば「書かれた文言を正確に把握する一方で、その内容を信じてよいのかを、『書かれていないこと』も含めて検証する」営みだ。...

学問の信用ほど築くのに時間がかかり、かつ一瞬で壊してしまえるものはない。まちがった方向に飛び降りたファーストペンギンに必要なのは、追随でも追従でもないだろう。その「ぶざまさ」を正しく記録に留め、語り継ぐ発信の姿勢こそが、いま求められている。

参考記事:

東野篤子氏と「ウクライナ応援ブーム」は何に敗れ去るのか|與那覇潤の論説Bistro
東野篤子氏とその周囲によるネットリンチの被害者だった羽藤由美氏が、経緯を克明にブログで公表された。1回目から通読してほしいが、東野氏の出た番組に批判的な感想を呟いただけで、同氏に煽られた無数の面々から事実をねじ曲げて誹謗される様子(3回目)は、私自身も同じ動画を批判したことがあるだけに、血の凍る思いがする。 東...
アメリカで「公開処刑」されたゼレンスキー: 日本への教訓|與那覇潤の論説Bistro
現地時間の2/28、ホワイトハウスの執務室でトランプ、ヴァンスとゼレンスキーが言い争う様子は、世界に衝撃を与えた。日本でもここまで多くの人が一斉に話題にする海外の映像は、9.11のツインタワー以来、記憶にない。 なぜそんな事態が世界に配信されたか、見立てはおおむね3つに分かれる。 ① トランプとヴァンスが無知で粗...
ウクライナ論壇でも始まった「歴史修正主義」: 東野篤子氏の場合|與那覇潤の論説Bistro
2020年の7月に出た雑誌への寄稿を、「コロナでも始まった歴史修正主義」という節タイトルで始めたことがある。同年4~5月の(最初の)緊急事態宣言が明け、その当否の検証が盛んだった頃だ。 池田信夫氏のJBpress(2020.5.15)より 統計が示すように、①新型コロナウィルスへの感染は緊急事態宣言の前からピークアウト...

(ヘッダーはNational Geographicの記事より)


編集部より:この記事は與那覇潤氏のnote 2025年7月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は與那覇潤氏のnoteをご覧ください。