米7月雇用統計・非農業部門就労者数(NFP)は、市場予想を大きく裏切る結果となりました。失業率は労働参加率が低下したにもかかわらず、上昇。就業率も2021年12月以来の水準へ低下しました。平均時給は前月比と前年同月比を上回ったとはいえ、企業が採用を手控えを労働時間でカバーしている様子が伺えます。

パウエルFRB議長 Board of Governors of the Federal Reserve System SNSより
米7月雇用統計の結果を受け、FF先物市場で9月の利下げ織り込み度は前日の64.5%→80.3%へ急伸しました。年内の利下げ予想も、前日の1回→3回利下げと毎回にシフトしています。ただし、タイミングよくウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙のFed番記者、ニック・ティミラオス氏のインタビューを受けたNY連銀総裁や、クリーブランド連銀総裁は、労働市場の弱さは移民の減少が理由と説明。そろって利下げに急がない姿勢を維持しました。
チャート:FF先物市場での年内利下げ織り込み度は、毎回利下げに転換

(出所:Fedwatch)
ドル円は真っ逆さまに落ちてデザイア。日銀金融政策決定会合後の植田総裁会見を受けたドル円の上昇を完全に打ち消すどころか、今週の上げ幅を完全に相殺しました。①トランプ大統領による米労働統計局局長の解任宣言(実際に解任)、②クーグラーFRB理事の辞任(次期FRB議長候補が早々にFRB入りし、パウエルFRB議長のレームダックが加速する可能性)ーーも、ドル円の下落を後押しし、引け際まで下落を続け、一時147.29円まで切り下げました。その他、米株は売り、米債は買い(利回りは低下)で反応しています。
30分足チャート:ドル円は急落し、今週の上昇を打ち消し

(出所:TradingView)
今回の雇用統計のポイントは以下の通りで、全面的にネガティブな結果がそろいました。
(労働市場にポジティブ)
・平均時給の伸び、市場予想を下回る
・民間部門の総賃金(雇用者数×週平均労働時間×時給)、前年比と前月比は再加速
・週当たり労働時間は改善(ただし、企業の採用抑制を労働時間でカバーしている可能性)
(労働市場にネガティブ/ニュートラル)
・NFPが10万人割れを維持
・NFP、過去2カ月分は大幅下方修正
・失業率が上昇
・労働参加率は2022年11月以来の低水準
・就業率は2021年12月以来の低水準
・失業者のうちレイオフと新規の労働市場参入者が押し上げ
・フルタイムと複数の職を持つ者が減少
・不完全雇用率が上昇
・完全解雇者の労働力人口の割合が2021年11月以来の高水準近く(労働力人口の減少に伴う)
・長期失業者の割合が上昇
以下は、今回の雇用統計の詳細。
〇非農業部門就労者数
米7月雇用統計・非農業部門就労者数(NFP)は前月比7.3万人増となり、市場予想の11万人増を上回った。前月は14.7万人増→1.4万人増に大きく下方修正され、過去分を含め極めて弱い結果となった。
NFPの内訳をみると、民間就労者数は前月比8.3万人増と市場予想の10万人増を下回った。24年11月以降の増加トレンドで最小の伸びだった前月の3.0万人増(7.4万人増から下方修正)は上回ったが、6月の下方修正があまりにも大きい。民間サービス業は9.6万人増と、前月の1.6万人増(6.8万人増から下方修正)を上回った。
チャート:NFPと失業率

(出所:Street Insights)
チャート:民間就労者数、7月は改善も6月は24年11月以降の増加トレンドで最小

(出所:Street Insights)
5月の13.3万人の下方修正(14.7万人増→1.4万人増)と合わせ、過去2カ月分で25.8万人と、驚愕の下方修正となった。これで、2023年以降では、30回のうち22回目の下方修正となった。しかも、バイデン前政権下の2023-24年は平均下方修正幅が2.5万人に対し、トランプ政権では7.7万人と下方修正幅が拡大した。
チャート:NFPと修正幅(グレー枠は2023年以降の修正幅)

(出所:Street Insights)
サービス部門のセクター別動向は11業種中で6業種で増加し、前月の速報値ベースの9業種を下回った。今回最も雇用が増加した業種は教育・健康で前月比7.9万人増と、けん引した。その他、小売や金融が下支え。一方で、専門サービスを始め政府、卸売など5業種が減少した。専門サービスは3カ月連続、卸売は2カ月連続で減少した。
(サービスの主な内訳)

(出所:Street Insights)
財生産業は前月比1.3人減と、3カ月連続で減少した。業種別をみると、建設が同0.2万人増と3カ連続で増加した。しかし、製造業は関税の影響か同1.1万人減と3カ月連続で減少、鉱業・伐採も0.4万人減と3カ月連続で落ち込んだ。

(出所:Street Insights)
チャート:業種別、雇用の増減

(出所:Street Insights)
〇平均時給
平均時給は前月比0.3%上昇の36.44ドル(約5,350円)と市場予想と一致し、前月の0.2%を上回った。2021年2月以降の上昇トレンドを維持。前年同月比は3.9%と市場予想と前月の3.8%(前月は3.7%から上方修正)を超えた。ただし、生産部門・非管理職の前年同月比も3.9%と前月の4.0%を下回り、3月や5月と同じく21年5月以来の4%割れを迎え、彼らの賃金の伸びが抑制されたことが分かった。
チャート:全米と生産労働者・非管理職の平均時給はまちまち

(出所:Street Insights)
〇週当たり労働時間
週当たりの平均労働時間は34.3時間と、市場予想と前月の34.2時間を上回った。財部門(製造業、鉱業、建設)は39.9時間と、前月の39.7時間を超えた。とはいえ、コロナ禍で最長となった2022年2月の40.3時間以下を保ったままだ。全体の労働者の約7割を占める民間サービスは33.2時間と、2020年3月以来の低水準だった前月から延びた。とはいえ、2006年以降で最長を記録した2021年5月の33.9時間以下のトレンドを保つ。平均労働時間の改善は、企業が従業員の労働時間の延長で、採用抑制をカバーした様子を示すかのようだ。
チャート:週当たり平均労働時間、7月は改善

(出所:Street Insights)
〇総労働投入時間、民間の総賃金
総労働投入時間(民間雇用者数×週平均労働時間)は民間の就労者数の伸びと週当たり労働時間が前月を上回ったため、前月比0.4%増と前月の0.2%減から改善した。
民間部門の総賃金(雇用者数×週平均労働時間×時給)は、賃金の伸びが前月を上回っため前月比0.7%増と前月の微減から改善した。前年同月比は5.3%増、9カ月ぶりの低い伸びだった前月を上回り3カ月ぶりに5%台を回復。不法移民の労働力人口の減少や、採用抑制に伴う賃金上乗せなどが影響したとみられる。3カ月平均は4.9%増と、2カ月連続で5%を割り込んだ。
チャート:民間部門の総賃金、前月比と前年比ともに上昇

(出所:Street Insights)
〇失業率、労働参加率、就業率、不完全就業率、長期失業者
失業率は4.2%と市場予想の4.2%と一致し、前月の4.1%から上昇した。四捨五入前では4.248%と、年初来で最も高く、2024年9月のFOMCでの利下げのきっかけとなった、同年7月の米失業率4.3%に肉薄した。労働参加率が62.2%と22年11月以来の低水準となり、職探しをする失業者が減少した可能性がありながら、弱含んだ格好だ。また、家計調査での就業者が同26.0万人減だった一方で、失業者数が同22.1万人増となり、失業率の上昇につながった。
チャート:失業率の四捨五入前の推移

(出所:Street Insights)
失業率は上昇したものの、サーム・ルールは発動せず。サーム・ルールとは、直近3ヵ月間の失業率の移動平均と過去12カ月間の最低値の差が0.5pt以上なら、景気後退入りするとの説だが、7月の失業率は4.2%へ上昇も、移動平均と最低値の差は0.1ptへ低下した。
チャート:サーム・ルール発動の水準には遠く

(出所:Street Insights)
自発的離職者数は前月比4.1万人減の78.4万人と、減少に転じた。企業の採用意欲の低下を受け、転職を望む人々が減少したと考えられよう。自発的離職者数に占める失業者の割合は前月11.8%→10.7%へ低下した。
チャート:自発的離職者数、減少に反転

(出所:Street Insights)
失業率が上昇した一方で、失職者数(一時的な解雇ではなく再編やM&Aなど会社都合での解雇者、派遣など契約が終了した労働者)は、前月比3.2万人増の247万人と小幅増にとどまり、2カ月連続で250万人を割り込んだ。失職者数の割合は前月の34.9%→33.5%へ低下も、失業者のシェアで1位を維持した。失職者のうち、完全解雇者が労働人口に占める割合は前月の1.11%と、2021年11月以来の高水準を維持した前月の1.12%と概ね変わらず。レイオフ(一時解雇)は前月比8.0万人増の94万人と1年ぶりの100万人乗せに迫った。失業者に占めるレイオフの割合は前月の12.3%→12.8%と10カ月ぶりの高水準だった。
7月に失業率を押し上げたのは労働市場への新規参入者で、同27.5万人増の98.5万人と、2017年4月以来の水準へ増加した。結果、失業者に占める割合は前月の10.2%→13.4%と1988年4月以来の水準へ急伸した。再参入者は前月比14.3万人減の214.5万人と、2021年8月以来の高水準だった前月から減少。再参入者が占める失業者の割合は前月の30.8%→29.6%へ低下した。
チャート:失業者の割合は失職者が引き続きトップながら、7月は新規参入者が1988年4月以来の水準へ急伸

(出所:Street Insights)
チャート:失職者は2カ月連続で250万人割れ

(出所:Street Insights)
チャート:労働人口に占める完全解雇者の割合、2021年11月以来の高水準近くを維持

(出所:Street Insights)
チャート:レイオフは前月比で増加に転じ、1年ぶりの高水準

(出所:Street Insights)
チャート:労働市場の新規参入者における失業者は、2015年1月以来の100万人に接近

(出所:Street Insights)
労働参加率は前述したようにと前月の62.3%→62.2%と3カ月連続低下した結果、22年11月以来の水準に落ち込んだ。20年2月(63.4%)以来の高水準を回復した2023年11月の62.8%以下が続く。
就業率は前月まで2カ月連続で59.7%を経て、59.6%と2021年12月以来の水準へ低下した。
チャート:労働参加率は低下、失業率は低水準を維持

(出所:Street Insights)
経済的要因でパートタイム労働を余儀なくされている者などを含む不完全雇用率は、前月の7.7%→7.9%と4カ月ぶりの高水準だった。2月は2021年10月以来の高水準となる8.0%をつけていた。
チャート:不完全雇用率、4カ月ぶりの水準に上昇

(出所:Street Insights)
失業者とは、①失職中、②過去4週間に職探しを行なった、③現在、勤務が可能――の3条件を満たす必要がある。失業期間の中央値は前週の10.1週から10.2週と概ね4月以来の水準へ切り返した。また、27週以上にわたる失業者の割合は前月の23.3%→24.9%と2022年2月以来の水準へ上昇した。
チャート:長期失業者が全失業者に占める割合は、22年2月以来の高水準

(出所:Street Insights)
〇病気が理由で働けないとする人々
「病気が理由で働けない」とする人々は、前月比ほぼ横ばいの89.8万人へ減少。コロナ前平均の2015‐19年の平均値の93万人を下回った。換言すれば、労働力人口が増加してもおかしくないが、企業の採用抑制が労働参加率を低下させたと考えられる。
チャート:「病気が理由で働けない」とする人々は2015-19年の平均値にほぼ並ぶ

(出所:Street Insights)
〇家計調査の就労者内訳
今回、事業所調査(給与台帳ベース、NFPや平均時給、週当たり労働時間など、CES)と家計調査(聞き取り調査ベース、失業率や労働参加率など、CPS)の就業者数の数字を比較すると、家計調査の就業者数は前月比26万人減と前月の増加から反転、NFPの7.3万人増と乖離する結果となったた。
チャート:NFPと家計調査の就業者数、NFPと同じく増加

(出所:Street Insights)
家計調査の就業者数を雇用形態別でみると、フルタイムが前月比44.0万人減と年初来で3回目の減少となった。複数の職を持つ者は同52.3万人減と、コロナ禍で経済活動が停止した20年3月以来で最大の落ち込みを記録。パートタイムは逆に同24.7万人増とプラスに転じ、年初来で4回目の増加を迎えた。
チャート:フルタイムと複数の職を持つ者は減少、パートタイムのみ増加

(出所:Street Insights)
チャート:複数の職を持つ者、大幅減に

(出所:Street Insights)
過去2カ月分のNFPの大幅修正は、回答率の低迷が一因と考えられる。また、回答率の低迷に伴い、業績が堅調で、回答する余裕のある企業の偏りが出るリスクも見込まれ、WSJ紙もその点を問題視していた。米労働統計局によれば、NFPを含むCES(他に平均時給、週当たり労働時間が含まれる)は、コロナ禍を経て他指標と同様に回答率は芳しくない。
直近のデータをみると、以下の通り。
・CES(事業所調査、NFPや平均時給など)→3月に42.6%、20年2月は59%
・CPS(家計調査、失業率や労働参加率など)→4月に68.1%、20年2月は82.3%
・雇用動態調査(JOLTS、求人件数など)→3月に35.2%と、20年2月は56.4%
CPSは対面と電話での聞き取り調査となるなか他と比較して高いとはいえ、それぞれ低迷したままだ。こうした違いを踏まえれば、CESの結果よりCPSの方が信頼性が高いように見える、しかし、CESの調査対象は12万2,000以上の会社や政府機関である一方で、CPSは2025年1月から6万世帯→5.5万世帯へ削減した。従って、通常は雇用の伸びについてはNFPを扱うCESを重視する傾向が強い。
チャート:雇用関連の調査回答率は低迷

(出所:Street Insights)
編集部より:この記事は安田佐和子氏のブログ「MY BIG APPLE – NEW YORK –」2025年8月2日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はMY BIG APPLE – NEW YORK –をご覧ください。






