「ここは快適だ。居心地がいい。だから飛び出したいんだ」
「プレッシャーもある。でも、もっとやれるって自信だってある」
日経電子版のTVCMである。今の若者の意識の高さがうかがえるキャッチコピーだ。
ところが、実際は
「同じ会社に長く勤めたい」
「自分の能力で仕事をやっていけるか不安」(※)
このような若者が多いらしい。飛び出したくないし、自信もない。産業能率大学総合研究所の「新入社員の会社生活調査」(以下 産能調査)からは、そんな彼ら(彼女ら)の安定志向がうかがえる。
(※)
“同じ会社に長く勤めたい:51.8%(過去最高 産能調査)”
“自分の能力で仕事をやっていけるか不安:71.3%(過去最高 産能調査)”
学校法人産業能率大学
総合研究所プレスリリースより
年功序列を望む新入社員
産業能率大学総合研究所は、1990年度から、新入社員の働く意欲などのアンケート結果を発表している。36回目となる今回、色濃く現れたのは、新入社員の安定志向だった。特筆すべきは、人事制度に関しての回答だ。
“「年功序列」的人事制度と「成果主義」的人事制度ではどちらを望みますか?”
年功序列を望むが「56.3%」。過去最高値である。22年度の「38.9%」から上昇が続き、ついに過半数を上回る結果となった。産能調査だけではない。独立行政法人 労働政策研究・研修機構※)の直近調査でも、年功賃金支持が「69.1%」と、非常に高い比率を占めている。
※)独立行政法人 労働政策研究・研修機構 第8回勤労生活に関する調査(2021年 20-29歳層(発表25年6月))
これは、ある意味当然だ。長く勤めるなら年功序列の方が有利だし、成果主義ほど競争が激しくないため、じっくり仕事を教えてもらえるからだ。
成果主義を望む企業
対して、企業側は逆を向いている。成果主義導入を訴える企業が増えているのだ。といっても、90年代~2000年代に流行し失敗に終わった「成果主義」という言葉は用いていない。代わりに「ジョブ型」という言葉を用いる。本来、ジョブ型は成果主義ではないが、成果を測定するためジョブを活用する、いわば「ジョブ型亜種」とでもいうべき制度を採用する企業が増えてきた※1)。
たとえば、パナソニックコネクト株式会社である。同社は、内閣官房の「ジョブ型人事指針※2)」にて、自社のジョブ型を以下のように説明している(一部抜粋)※3)。
- 仕事で成果を上げるほど報酬を上げ、「仕事・成果を軸」として個人単位で処遇する
- 通常の成長支援では不十分と判断される社員に対しては、「パフォーマンス改善プログラム」が実施される
- パフォーマンス改善プログラムを通じても成果の発揮が見られない場合は、同一等級の報酬レンジ内での「降給やダウングレード」が実施される
成果。成果。成果。
成果が出なければ降給・降格。
「パフォーマンス改善プログラム」も、なにやら恐ろしげ……いや、実際に恐ろしい。かつてマクドナルドやブルームバーグなどがリストラ策として活用したこともあるからだ。
新入社員時代から厳しい企業もある。富士通だ。富士通は、2026年4月入社者から、一律の初任給を廃止し、入社時からジョブや職責の高さに応じた処遇を適用することを決定している。高度な専門性を持つ新入社員には、入社時から40万円を超える基本給を支払う可能性がある、という。
だが、多くの新入社員は、専門性も実力も経験もない。いわば「弱者」だ。弱者だからこそ仕事を教わりたい。以下の回答にその思いが表れている。
“自分の能力で仕事をやっていけるか不安:71.3%(過去最高 産能調査)”
“仕事のやり方や手順を細かく教えて欲しい:66.7%(産能調査)”
ところが、成果主義はそれを許さない。「後輩育成」は成果として評価されづらい。将来のライバルを育てることにもつながる。そんな「後輩育成」をしてくれる優しい先輩が成果主義企業にどれだけいることか。
彼ら(彼女ら)は、直感的にそのことをわかっている。だからこそ、成果主義を敬遠し、時間をかけて育ててくれそうな年功序列を望む。甘いのではない。ナイーブなのでもない。不安なのだ。人手不足が叫ばれる昨今、彼らの不安を解消する制度設計が、彼らが「長く働きたい」と思える制度設計が、企業側に求められているのかもしれない。
【参考・注釈】
※1)ジョブ型について
ジョブ型でジョブなき部署に配置換え?オリンパス人事 | アゴラ 言論プラットフォーム
※2)内閣官房・経済産業省・厚生労働省「ジョブ型人事指針」令和6年8月28日 採用事例
※3)ジョブ型人事指針 事例:パナソニック コネクト株式会社 詳細
ジョブ型人事指針|令和6年8月28日 内閣官房|(4) パナソニック コネクト株式会社 より