キーウを訪問した韓国の尹大統領夫妻(当時)を歓迎するゼレンスキー大統領夫妻(2023年7月15日 ウクライナ大統領府公式サイトから)
ウクライナのゼレンスキー大統領はフランスの雑誌「ル・ポワン」とのインタビューで、「朝鮮戦争シナリオ」について言及し、「朝鮮戦争では、真の和平協定は締結されなかったが、韓国はその後、経済的に繁栄した。朝鮮戦争の休戦モデルは検討の余地がある」と主張したという。
当方はこのコラム欄で「ウクライナ戦争の朝鮮モデル型休戦」について言及したことがある。その内容が戦争3年半後の現在、再び浮上してきたことは興味深い(「『朝鮮モデル』でウクライナ停戦を?」2023年2月26日、「朝鮮モデル型休戦案の検討」2023年7月20日参考)。
当方は「朝鮮半島は韓国と北朝鮮の南北に分断されている。そして南北間は戦争後も和平協定は締結されていない。休戦状況のままだ。尹錫悦大統領(当時)のキーウ訪問は、ロシアと500日を超える戦闘を展開させているゼレンスキー大統領にとってインスピレーションを得る出会いとなったのではないか」と書いた。そして「ズバリ、南北間の休戦状況はロシアとウクライナ両国間でも実現可能な数少ないシナリオではないか」と述べた。
(朝鮮戦争休戦協定は、1950年から始まった朝鮮戦争の戦闘行為を一時的に停止させるために、1953年7月27日に米国(国連軍代表)、中国、北朝鮮の3者によって署名された協定だ。この休戦協定により、北緯38度線付近が軍事境界線と定められたが、戦争の終結を意味するものではないため、現在も朝鮮半島は「休戦状態」にある)
ゼレンスキー大統領は、「韓国がその価値観と米国の支援によって、文明、技術、経済の面で進歩を遂げてきた。韓国の発展は、経済的、文明的な衰退を目の当たりにしている北朝鮮とは比較にならない」と指摘。同時に、「韓国の成功にもかかわらず、北朝鮮の体制が変わらない限り、依然としてリスクにさらされているが、パトリオットシステムをはじめとする韓国の多数の防空システムは、一定の防御力を提供している」と述べている。
同時に、同大統領は「朝鮮半島版シナリオは現在のロシアとの戦争の間には大きな違いがある。例えば、北朝鮮の人口は約2000万人、一方ロシアは1億4000万人を超える。ロシアからの脅威は5倍、6倍、あるいは10倍にもなる」と警告している。そのため、「韓国の経済的成功はウクライナの手本になるが、韓国モデルをそのままウクライナに適応することはできない。特に、安全保障面においては不可能だろう」と強調している。
休戦問題では2023年7月段階でゼレンスキー大統領自身が懐疑的だった。曰く「「ロシア軍が占領した東部地域だけではなく、ロシアが併合したクリミア半島を解放するまではプーチン大統領と如何なる停戦交渉にも応じない」と主張し、「われわれはミンスク合意の過ちを繰り返さない」と繰り返し述べていたからだ(「ミンスク合意」とは、ロシアとウクライナが2015年2月、調停役のドイツとフランスの2国を交え、ウクライナ東部の紛争の包括的停戦内容)。
戦争3年半後の現在、ウクライナ側に休戦に応じる姿勢が出てきた。ゼレンスキー氏はウクライナの「安全の保証」が得られるならば、ロシア側と領土問題を話し合って休戦に応じる姿勢を見せている。一方、ロシアのプーチン大統領は現時点では軍事攻勢を停止して、キーウ側と休戦に応じる考えはない。その意味で、「朝鮮モデル型」休戦は依然、非現実的かもしれない。
米国の著名な歴史学者でロシア専門家のスティーブン・コトキン教授は雑誌ニューヨーカーとのインタビューの中で、「対ロシア制裁は今日まで有効に機能せず、クレムリン宮殿クーデターは発生していない。一方、ゼレンスキー氏の戦争終結へのビジョン、奪われた領土の回復、戦争犯罪の調査、賠償金の支払いなどは希望的観測に過ぎない。ドニエプル川沿いの国をさらに荒廃させ、居住不能にするだけだ。戦争の終結は、ウクライナが領土の一部を失う事を甘受する代わりに、EUに加盟することだ。過去の実例として朝鮮戦争の解決策がある。そのためには非武装地帯の設置と休戦が必要となる」と主張している。
また、ブルガリアの政治学者イヴァン・クラステフ氏も「朝鮮半島の場合、朝鮮戦争(1950年6月~53年7月)後も南北両国は和平協定が締結されていないが、休戦状況は続いている。同じように、ロシアとウクライナ両国は(双方の譲歩と妥協が不可欠の)停戦・和平協定の締結は難しいとしても、戦場での戦いを休止し、その状況が続く、といった朝鮮半島的休戦シナリオは考えられる」と述べている。
「朝鮮モデル」は和平協定を締結するまでの暫定的な解決策だ。ただし、非現実的な和平案に拘って時間を浪費する時ではない。コトキン教授やクラステフ氏には、「ロシアの化学兵器または生物兵器がキーウの水供給を汚染したり、ロシアの特殊部隊がヨーロッパに多大な損害を与える可能性がある。プーチン大統領が大量破壊兵器に手をかける前に、ウクライナ戦争を早期停戦(ceasefire)し、休戦状況(armistice)に持ち込まなければ危ない」といった現実的危機感が働いているのだろう。
いずれにしても、フランスの雑誌でのゼレンスキー氏の発言は「朝鮮モデル」型休戦案が関係者の間で再検討されていることを示唆している。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年9月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。