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TEMUという中国ECサイトをご存知だろうか。スーパーボウルCMに何十億も使う巨大企業だ。しかし返品システムは崩壊している。
全員が当選する謎のルーレット
返品の荷物がまた戻ってきた。中国から日本へ、日本から中国へ。かれこれ5往復目だ。段ボールには判読不能な中国語のラベルが幾重にも貼られ、まるで呪符のようだ。
父は今朝も朝食もそこそこに、パソコンの前で格闘している。85歳。戦後の焼け野原から這い上がり、高度成長期を駆け抜けた世代。その父が、TEMUのルーレットに「当選」してから、静かな戦争状態に入っている。
「誰もが当選するルーレット」――なんという皮肉だろう。全員が当たるくじなど、くじではない。詐欺だ。いや、詐欺ですらない。もっとタチが悪い。
父の机の上には、ディパックが置いてある。
「もう10回目だ」「日本語が通じない」「また同じ説明を」――疲れ切った声。
あの父が、だ。部下を叱咤激励し、取引先と丁々発止やり合ってきた父が、中国のECサイトに完全に打ちのめされている。
TEMUは拼多多(ピンドウドゥオ)という中国の巨大ECプラットフォームの海外版らしい。共同購入で安くする、という触れ込みだが、実態は違う。Better Business Bureau(BBB)の認定も受けていない。アメリカでスーパーボウルのCMに何十億円も使う金があるなら、なぜまともなカスタマーサービスを作らないのか。
いや、分かっている。彼らにとって、父のような老人こそが「カモ」なのだ。デジタルに不慣れで、でもお金は持っている高齢者。「お得」という言葉に弱く、返品の手続きに疲れ果てて諦める層。
TEMUの商品ページを見ていると、めまいがする。1ドルのアクセサリー、3ドルの調理器具、5ドルの「高級」腕時計。写真は妙に鮮明で、説明文は機械翻訳の日本語。「最高品質」「一生使える」「医者も推奨」――嘘だ、全部嘘だ。
親会社のPinduoduo(拼多多)については、2024年6月25日にアーカンソー州が悪意のあるソフトウェアであるとして正式に訴訟を提起している。これは単なる疑惑ではなく、米国の州政府が法的措置を取るほど深刻な問題なのだ。
これは氷山の一角だ。日本中で、いや世界中で、同じような高齢者が同じように苦しんでいる。デジタル・ディバイドなんて生易しい言葉では表現できない。これは搾取だ。
「技術の進歩」「グローバル化」「EC革命」――誰のための進歩だ? 結局、弱者から巻き上げるシステムが、より巧妙になっただけじゃないか。
テクノロジーが作った地獄
返品は、まだ完了しない。6往復目の荷物を準備しながら、父は今日も戦っている。相手は見えない。声も聞こえない。ただ、壊れたAIのような定型文が返ってくるだけ。
次、あの忌々しい段ボールが中国から戻ってきたら、即、消費者庁に通報する。メルカリの事故以来の連絡になるが、もう知ったことか。こちらも強硬手段に出る。覚悟はできている。
笑えない? そうだろう。
5往復。いや、もう6往復目か。返品のたびに新しい伝票、新しい追跡番号、そして必ず「処理中」で止まるステータス。85歳の老人を、ここまで疲弊させる企業が、堂々とCMを流している。狂ってる。
消費者庁への通報――正直、効果があるかは分からない。海外企業、しかも中国。管轄がどうとか、そんな話になるんだろう。でも、やらないよりマシだ。
メルカリの時は違った。あの時は日本企業だったし、対応もそれなりだった。でもTEMUは違う。これはもう、返品できないシステムを「返品可能」と謳い、高齢者を食い物にしている。※文末に、メルカリ関連記事一覧も載せておく。
「強硬手段」なんて、大袈裟に聞こえるかもしれない。でも他に何ができる?
クレジットカード会社に連絡? それもやった。
「お客様のご購入は正常に処理されています」だと。ふざけるな。
テクノロジーが約束した明るい未来なんて、どこにもない。あるのは、巧妙に仕組まれた罠と、それに引っかかり続ける消費者の姿だけではないのか。
尾藤 克之(コラムニスト、著述家)
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