ドイツのメルツ政権の重要な課題は停滞する国民経済の回復と共に不法な移民、難民問題の解決だ。メルツ政権は発足後、国境監視を強化する一方、国内の不法な移民、難民を強制送還してきた。メルツ政権の強硬な難民・移民政策はメルケル政権(在任2005年11月~2021年12月)の難民ウエルカム政策からの完全な決別を意味すると受け取られている。

シリアの首都ダマスカスを訪問したドイツのワーデフール外相、2025年10月31日、シリアSANA通信から
ところで、ワーデフール外相が先月31日、訪問先のダマスカスでの記者会見で「多くのインフラが破壊されているため、シリア人の帰国は現時点では非常に限定的な範囲でしか考えられない。短期的には、多くのシリア人が自発的に帰国しようと動かされることはないだろう」と述べた。
外相のダマスカスでの発言が報じられると、メルツ首相の与党「キリスト教民主同盟」(CDU)や姉妹政党「キリスト教社会同盟」(CSU)から「外相の発言は政府の難民政策に反している」といった批判の声が出てきた。ベルリンでシリア人の男性がテロ攻撃を計画した疑いで逮捕されたばかりだったこともあって、外相の「シリア人の帰還は難しい」発言は与党関係者に強い反発を引き起こした。
ザクセン=アンハルト州のCDU党首スヴェン・シュルツェ氏は「帰還先の国が部分的に破壊され、生活環境がドイツよりも劣悪だからといって、シリア難民の送還を控える理由にはならない」と反論している。また、テューリンゲン州のマリオ・フォークト首相(CDU)は「内戦終結後、人々が家を再建できるよう支援することが重要だ。送還はこれを実現するための正しい方法だ」と語った。
ドイツの場合、シリアからの難民の送還が大きな課題となってきた。強制送還の対象は犯罪歴のあるシリア人のほか、失業者も含まれる。CDU/CSUと社会民主党(SPD)間で締結された連立協定は「ドイツはシリアへの強制送還を最終的に再開すべきである」と規定している。内戦が終焉し、半世紀以上続いたアサド独裁政権が昨年12月崩壊した現在、、スンニ派アラブ人がシリアに帰国しない理由はもはやないというわけだ。
ちなみに、欧州連合難民庇護機関(EUAA)が9月8日発表したところによると、EU内の今年上半期(1月~6月)の難民申請件数が、前年同期比で大きく減少した。難民申請件数が急減した最大の理由は、シリアのアサド政権の崩壊だ。内戦から逃れたシリア人が一時期、欧州に殺到したが、アサド政権の崩壊で欧州に逃避するシリア人は減少した。シリア人は過去10年間、難民申請者の中で最大グループだったが、シリア人の難民申請者はここにきて3分の2減少し、2万5000人となったという。
ドブリント内相(CSU)は3日、マンハイムで開催された市町村会議の開会式で、「連立協定を厳格に遵守し、シリアへの送還準備を進めている。ドイツでは既にアフガニスタンへの犯罪者の送還を開始した。また、定期便による定期的な送還の実施にも取り組んでいる」という。
なお、ドブリント内相は、(移民・難民を受け入れる)地方自治体への負担を挙げ、「私たちは限界に達した。公共広場や駅だけでなく、特に保育所や学校、住宅市場、医療制度の状況を見れば明らかだ」と付け加えた
メルツ首相はキールでの記者会見で、「ワーデフール外相は国外追放に反対するとは言っていない。外相はダマスカスの一部地域を訪問し、そこは甚大な被害を受けただけでなく、一部に地雷が埋まっていた、と説明しただけだ。それを『シリアへの強制送還は事実上不可能だ』と発言したと誤解されている」と指摘している。
ここで明確に区別しなければならない点は、「帰還」と「送還」の違いだろう。「帰還」はあくまでも自発的に行われるものであり、「送還」は法に基づく義務を意味するからだ。戦火で荒廃したダマスカス郊外を視察したワーデフール外相は、「シリアでは人々が尊厳を持って暮らすことはほとんど不可能だ。だから、シリアの現状ではドイツからの自発的な帰還件数は少なくなる」という現実を指摘しただけで、「強制送還を止めろ」とは言っていない。犯罪者や危険人物の送還では完全に一致しているからだ。
ドイツには約95万人のシリア人が滞在している。同外相の発言が誤解された背景には、移民・難民政策がドイツではデリケートな問題だからだ。ドイツでは登録住所に住み、仕事を持ち、子供を学校に通わせている人々、つまり社会にうまく溶け込み、規則を守っているシリア人が国外追放されるケースも出てきているからだ。
メルツ首相は「シリア内戦は終結した。ドイツには難民を受け入れる根拠は全くない」と述べ、シリアのアハメド・アル=シャラア大統領をベルリンに招き、この問題について協議する予定だという。シャラア大統領は欧州に避難したシリア人の帰還を歓迎している。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年11月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。






