トランプ米政権は5日、「国家安全保障戦略」(National Security Strategy)を発表した。33頁から成る同戦略文書は米国の外交・安全保障の指針を示す重要な文書だ。トランプ大統領は前文で「人類歴史で最も偉大で成功した国家となり、平和のホームとなるためのロードマップ」と述べ、「米国が世界を支えてきた時代は終わった」と表明し、「米国ファースト」を改めて強調している。

米国の「国家安全保障戦略」ホワイトハウス公式サイトから
同文書は4章から構成され、第1章「はじめにーアメリカの戦略とは何か」、第2章「米国は何を望むべきか」、第3章「アメリカが望むものを得るために利用できる手段とは何か」、第4章「戦略」だ。
https://www.whitehouse.gov/wp-content/uploads/2025-National-Security-Strategy.pdf
第4章は、1)原則、2)優先事項、3)「地域」に分けて記述されている。1)の原則では、①焦点を絞った「国益」の定義、②「力による平和」、③不介入主義的態度、④柔軟なリアリズム、⑤国家の優位性、⑥主権と尊重、⑦パワーのバランス、⑧親米労働者(自国労働者の最優先)、⑨公平性、⑩能力と功績。2)の優先事項では、①大量移民時代の終了、②中核的権利と自由の保護、③負担の共有と転換、④平和による再編、⑤経済安全保障から構成されている。
「地域」では、A.西半球:モンロー主義に対するトランプの帰結、B.アジア:経済的未来を勝ち取り、軍事的対立を阻止、C.ヨーロッパの偉大さを促進、D.中東:負担を転嫁し、平和を築く、E.アフリカだ。
インド太平洋地域について「主要な経済的・地政学的戦場」と位置付けた上で、中国を念頭に「台湾奪取を阻止するため米国と同盟国の能力を強化する」と明記し、日本や韓国には防衛費の増額を要求している。中国との経済競争については「米国は数十年にわたり中国を誤って評価してきた」と指摘、両国の関係は経済的に均衡を取り戻し、インド太平洋地域における軍事的抑止力を強化して潜在的な紛争を未然に防ぐ必要がある、としている。
米国の安全保障政策の主眼は今後「西半球」に置かれる。南米からの移民、米国に麻薬を持ち込むとされる「テロリスト」やカルテルとの戦い、そしてこの地域における米国の利益の確保を目指す。一方、中東への言及は少ない。この地域への戦略的重要性を失っている。その理由は、米国が再び自国エネルギーの生産量を増やしたこともあって、中東での紛争が米国にとってもはや差し迫った脅威ではなくなったため、と受け取られている。
注目される点は、欧州に対して厳しい内容が明記されていることだ。欧州連合(EU)の現状を米国の利益に対する脅威と位置付けている。特に民主主義の欠陥と「表現の自由」への制約を批判し、「政治的反対勢力への抑圧」に言及している。そして「大陸ヨーロッパは、創造性と勤勉さを損なう国内および国境を越えた規制もあって、世界のGDPに占める割合を1990年の25%から現在では14%へと低下させている」と指摘、「大陸の経済問題は文明の消滅という現実的でより深刻な見通しによって覆い隠されている」と警告している。
さらに「ヨーロッパが直面するより大きな問題には、政治的自由と主権を損なうEUやその他の国際機関の活動、大陸を変容させ紛争を生み出す移民政策、言論の自由の検閲と政治的反対勢力の抑圧、出生率の急落、そして国民的アイデンティティと自信の喪失などがある。現在の傾向が続けば、20年かそれ以内にヨーロッパ大陸は別物と化してしまうだろう。一部のヨーロッパ諸国が、信頼できる同盟国であり続けるのに十分な経済力と軍事力を持つかどうかは、明らかではない」と説明している。
その上で「我々は欧州が欧州であり続けることを望んでいる。各国の個性と歴史は維持され、各国の自信が強化されなければならない。愛国的な欧州政党の影響力拡大は大きな楽観の根拠となる」と強調している(「欧州を戸惑わせた‘バンス発言‘」2025年2月16日参照)。

ロシアによる侵攻が続くウクライナについては、「敵対行為を迅速に終結させるために交渉することは、米国の核心的利益」とし、「ロシアとの戦略的安定を再構築し、戦闘終結後のウクライナ復興や、同国の国家としての存続を可能にすることを目指す」とした。ウクライナ戦争における侵略者としてのクレムリンを批判する言葉は見当たらない。

トランプ大統領とバンス副大統領 ホワイトハウスXより
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EUのカラス外務・安全保障政策上級代表は6日、カタールの首都ドーハで開催された年次外交会議「ドーハ・フォーラム」で、「米国は依然として我々の最大の同盟国である」と述べた。トランプ米大統領政権による欧州に対する非難については「もちろん多くの批判があるが、その一部は真実だと思う」と語った。
また、ドイツのヴァーデフル外相は6日、米国の新たな安全保障戦略を評価し、「NATO同盟における米国は、現在も、そしてこれからも、最も重要な同盟国であり続ける」と強調した。ただし、「表現の自由などの問題に関して誰かが私たちに助言する必要はない」と釘を刺している。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年12月8日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。






