トランプ政権と中国「海のシルクロード」

トランプ米大統領は2次政権発足直後、メキシコ湾を「アメリカ湾」(Gulf of America)に改名する大統領令に署名した。そのニュースが報じられると、「米国の覇権主義の表れ」とか、「意味のないトランプ氏のパフォーマンス」といった声が聞かれた。当方も最初は湾の改名に大きな意味を見出せなかった一人だ。ここにきてメキシコ湾のアメリカ湾の改名にはトランプ氏の対中政策が色濃く関わっていることを知った。

ハンブルク湾のハンバーガーコンテナターミナルトレロート(CTT)の全景(HHLACTT公式サイトから)

トランプ米政権は5日、「国家安全保障戦略」(NSS)を公表し、新たな安保戦略の基本を明らかにした。トランプ政権は今後、米国の安全保障政策の主眼を「西半球」に置くという。南米からの移民、米国に麻薬を持ち込むテロリストやカルテルとの戦い、そしてこの地域での米国の利益確保を目指すという。

ところで、西半球では中国の影響が深まってきた。中国は「一帯一路」構想を通じて、ペルーのチャンカイ港開発やその他のインフラ投資など、ラテンアメリカ諸国で経済的・戦略的な資産の管理を強めている。米国は、中国による重要インフラの所有や管理は安全保障上の脅威となると懸念を度々表明してきた。

例えば、パナマ運河の所有・運営問題だ。パナマ運河は1999年12月31日、米国からパナマへの返還以降、パナマ政府の独立機関であるパナマ運河庁(ACP)によって完全に所有、管理、運営されている。運河の通航自体はパナマ運河庁の管理下にある。問題はその港湾の運営権:だ。運河の出入り口にあるバルボア港とクリストバル港の運営権は、パナマ政府から香港を拠点とするコングロマリット、CKハチソン・ホールディングス傘下の「ハチソン・ポーツ」(Hutchison Ports)に25年間の長期リース(後に延長され、計50年間)として与えられた。CKハチソンは香港の企業であり、中国政府の国有企業ではないが、創業者である李嘉誠氏の同グループと中国政府・企業との関係の深さから、米国側では長年にわたり安全保障上の懸念が指摘されてきた。

CKハチソンは今年3月、これらパナマの2港を含むグローバルな港湾事業の運営権を、米国の投資会社ブラックロック(BlackRock)が率いるコンソーシアムに売却することで原則合意した。中国政府はこの売却を阻止しようとしたが、最終的には米国の企業連合が運営権を取得する方向にある。

トランプ氏がメキシコ湾を「アメリカ湾(Gulf of America)」と呼ぶように主張した背景には、不法移民対策、貿易赤字是正でメキシコに政治的・経済的圧力をかける戦略的意図があったといわれたが、米情報筋によると、狙いはメキシコではなく、中国にあったという。メキシコ湾をアメリカ湾に改名することで、南米は米国の勢力圏であることを北京指導者に再確認させる狙いがあったというのだ。名称変更は、この地域が米国の「裏庭」であり、域外国(特に中国)の介入を許さないという強いシグナルという。トランプ氏は冗談半部でメキシコ湾のアメリカ湾への改名を思いついたわけではないわけだ。

次は、米産液化天然ガス(LNG)のウクライナ供与問題だ。ギリシャ政府関係者は11月16日、米国のLNGをギリシャ経由でウクライナに供給すると発表した。LNGの引渡しは2025年12月から2026年3月まで行われる予定だ。

ウクライナのゼレンスキー大統領はギリシャを訪問し、ミツォタキス首相と会談した。両首相の立ち会いの下、冬季におけるウクライナへの天然ガス供給に関する意向書に署名した。ギリシャとウクライナ両国間で締結された文書は、ウクライナのナフトガス社のセルギー・コレツキー会長とギリシャの国営企業DEPAコマーシャル社のコンスタンティノス・シファラスCEOによって署名された。

問題は、米国のLNGがギリシャのピレウス港湾に運ばれ、そこからウクライナに送られる可能性が高いことだ。ピレウス港湾は中国遠洋海運集団(COSCO Shipping Holdings)がターミナル運営権を取得し、地中海ハブ港として拡大している拠点だ。ちなみに、コスコ・グループはまた、ロッテルダム港湾(オランダ)やハンブルク港湾(ドイツ)のターミナルへの投資や運営権を獲得している(「ハンブルク港湾に触手を伸ばす中国」2022年10月22日参照)。

ハンブルク港湾に触手を伸ばす中国:メルケル前首相からの融和路線
世界最大の港湾運営会社であり海運会社の1つCosco Schipping(コスコ・シッピング)は2021年9月、ドイツのハンブルク湾のハンバーガー・コンテナ・ターミナル・トレロート(CTT)の35%の株式を取得した。そのことが報道されると、...

ウクライナへのエネルギー供給は、安全保障上極めて重要だ。ただ、中国企業が影響力を持つ港を経由するということは、米国の重要なエネルギー供給ラインの一部が、事実上、競合国である中国の影響下に置かれることを意味する。有事の際、中国が政治的圧力や妨害工作を通じて、輸送を遅延させたり停止させたりするリスクはゼロではない。

港湾施設を運営する企業は、物流の詳細(貨物の種類、量、輸送スケジュール、最終目的地など)に関する包括的な情報を保有する。中国が米国のウクライナ支援活動に関する貴重な情報を傍受、監視する危険性が生まれる。米国は、中国企業が関わる港湾が、自国の国家安全保障や同盟国への支援活動に対する潜在的なリスク源となることを認識しているはずだ。

習近平国家主席は「一帯一路構想」」を発表し、巨大経済圏構想を打ち出した。物流網の確保と影響力拡大が目的だが、単なる商業目的だけでなく、資源・エネルギーの輸送ルート確保、地政学的影響力の強化がある。

19世紀後半のアメリカの海軍戦略家、アルフレッド・セイヤー・マハンは「海を制する者は世界を制する(Sea power is world power)」という言葉を発したという。習近平氏が展開する「海のシルクロード」に対してトランプ政権は警戒を強めている。

トランプ米大統領と中国・習国家主席が会談 トランプ大統領と習国家主席 2025年10月30日 中国共産党新聞より


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年12月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。