英国史上最大の冤罪事件とされるのが、郵便局の会計システムの欠陥により、数百人の郵便支店局長らが不正の罪で有罪とされた「ホライゾン事件」である。
問題の会計システム「Horizon(ホライゾン)」を設計・納入したのは、日本の富士通の100%子会社インターナショナル・コンピューターズ・リミテッド(ICL、2002年に「富士通サービス」に社名変更)だった。
政府所有の英国の郵便局(ポスト・オフィス)は長年にわたり、ホライゾンは「信頼できるシステム」であり、操作は各支店レベルでのみ可能で、「中央から口座内容を変更することはできない」と主張してきた。
システムの不備を訴える支局長に対しては、「使い方が悪い」「不足金は本人の責任」として説明を退け、さらに「欠陥があることは後になって初めて知った」と繰り返してきた。
しかし2025年12月23日、英放送局チャンネル4が入手した内部文書によって、郵便局と富士通子会社が少なくとも19年前からホライゾンの欠陥と中央操作の可能性を把握していたことが明らかになった(チャンネル4のサブスタック記事より。購読には登録必要)。

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冤罪事件の概要
ホライゾンは1999年から英国各地の郵便局に導入されたが、実際の現金残高とシステム上の残高が一致しない事例が相次いだ。郵便当局の圧力により、多くの支局長が不足分を自腹で補填させられ、支払えない場合は刑事訴追を受けた。
政府調査によれば、ホライゾンのデータを証拠として起訴され、有罪判決を受けたとみられるのは952人。この事件を苦に、少なくとも13人以上が自殺した可能性があるとされる。
有罪判決はその後、順次取り消されている。政府の調査では、今年6月時点で7300人超に約10億ポンド(12月現在の為替では約2100億円)の補償金が支払われた。ただし、既に死亡しているなど、直接の被害回復が不可能なケースも少なくない。
「システム欠陥の認識」
チャンネル4が入手したのは、2006年8月31日付の郵便局と富士通子会社との契約書である。この契約は、冤罪事件の背景を調べる公開調査委員会に提出されていた。

契約書の一部(チャンネル4のサブスタック記事からキャプチャー)
契約書には、郵便局がホライゾンのバグや異常を深刻に認識しており、異常が発生するたびに富士通側が取引1件につき最大150ポンド(約3万円)の罰金(「損害賠償金」)を支払う取り決めがあったことが記されている。
一見少額に見えるが、ホライゾンでは1日に最大50万件の取引が行われ得るため、潜在的な賠償額は極めて大きい。
この事実は、郵便局が刑事裁判の場で繰り返してきた「システムに欠陥は存在しない」という主張と真っ向から矛盾する。
中央からの口座操作を裏付ける記述
さらに重要なのが、契約書13ページに記された「中央保管データの修正」と題する条項である。
チャンネル4のアレックス・トムソン記者によれば、ここには富士通が郵便局の指示により、支局長の口座データを中央から修正できることが明確に記載されている。
郵便局は法廷で一貫して、「支局長の口座を中央から変更することは不可能」と主張し、不一致は支局長の不正行為によるものだとしてきた。しかし、この契約はその説明を根底から覆すものだった。
トムソン記者は、「システムの欠陥と中央操作の可能性という2つの決定的事実は、数百人、実際にはほぼ1000人に及ぶ冤罪起訴の前に一切開示されなかった」と指摘する。
「20年経って新文書が出てくるとは」
被害を受けた支局長側の弁護士であるポール・マーシャル氏は、「20年も経って、これほど重要な文書が今になって見つかるとは、嫌悪感を覚える」と述べている。
同氏はさらに、「郵便局は20年間、口座不足の唯一の原因は支局長の無能さか不正だと言い続けてきた。しかし、データの整合性維持こそが郵便局と富士通の契約上の核心であり、富士通はそれを保証できなかった」と批判している。
政治の場でも追及へ
富士通の欧州事業を統括するポール・パターソン執行役員は、来年1月6日に英下院のビジネス・貿易特別委員会に出席し、議員から説明を求められる予定だ。
同委員会の委員長であるリアム・バーン下院議員はチャンネル4に対し、「郵便局内では遠隔で口座変更が可能だという認識が非常に広く共有されており、その前提で問題解決のための契約まで結ばれていたことになる。それにもかかわらず、その後10年間にわたり、郵便局は無実の支局長を起訴し続けた」と述べた。
郵便局と富士通の反応
富士通はチャンネル4に対し、「本件は公開調査委員会による調査の対象であり、調査が進行中のためコメントは適切でない」と回答した。
一方、郵便局は声明を発表し、「ホライゾンITスキャンダルにより、非常に多くの人々に与えた傷と苦しみについて、私たちは無条件に謝罪します」と表明した。
そのうえで、「現在は、公開調査への全面的な協力、公正かつ完全な補償、意味のある修復的司法プログラムの確立に注力している」としている。
公開調査は続行中
2020年に開始された公開調査は、2021年に法的拘束力ある「Statutory PublicInquiry(法的公開調査)」に移行した。調査は膨大な証拠・証言を集め、最終報告書の発表は来年早々の予定だ。調査が終了し報告書が出ると、警察による捜査や刑事事件化への道も開かれるといわれている。
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編集部より:この記事は、在英ジャーナリスト小林恭子氏のブログ「英国メディア・ウオッチ」2026年1月3日の記事を転載しました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「英国メディア・ウオッチ」をご覧ください。







