未来シナリオは民主主義の復権だけで済むのだろうか

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一年の計は元旦にあり

数年前に大学を定年退職してからは、元日の全国紙の「社説」を「一年の計は元旦にあり」のヒントにするようになった。

専任教員であれば、正月明けには入試業務、期末試験の出題・試験監督・採点、年度末の教授会や委員会への出席、新学期のシラバス作成、科研費が支給されていれば1年間の活動業務報告づくり、博士論文審査の主査ならば、その合否判定の会議と教授会に向けた博士論文の要約と情報公開用の審査経過と結論の執筆、判定会議での報告と合否判定、新学期のカリキュラム決定などが3月末まで続く。

このようなスケジュールが毎年予定されているために、元旦に新しい気持ちで「一年の計」を作っても、ほぼ何もできないままに新学期を迎えていた。

元旦に五紙を読む

退職後はこのような業務が無くなったので、1年間の「元旦の計」を構想して、毎日午前中だけでもその「計」の実現を目指して資料探索、文献の調査、テーマについての執筆を続けてきた。体力や気力それに費用の点で大がかりな社会調査ができなくなった身からすると、全国紙の元旦の「社説」は現代日本社会が抱えている問題を教えてくれる羅針盤でもあった。

そこで本年もまた、『朝日新聞』、『毎日新聞』、『読売新聞』、『日本経済新聞』と『北海道新聞』のうち四紙を買ってきて、読んでみた。

毎日五紙を購読しているわけではない。一年間で五紙を揃えて隅々まで読むのは、元旦と子どもの日と敬老の日に過ぎない。「少子化」と「高齢化」の研究がライフワークだったこともあり、子どもの日と敬老の日の五紙に目を通すようになったのは30年も前からである。

「社説」すべてが三つのキーワードを使用していた

例年元旦の各紙では通常の紙面に加えて、第二部~第五部としてそれぞれの新聞社の個性的な内容が特集される。本年も同じであり、半日かけて記事の取捨選択を行い、その後に「社説」を集中的に読んだ。

ただ文字数でみた「社説」の分量では、読売新聞だけが残りの四紙の2倍ほどあったが、同じ条件として仮定して「社説」の内容を総括すると、表1のキーワードが共通に使われていることが分かった。

表1  2026年元旦の五紙の「社説」のキーワード比較
注:2026年元旦の新聞各社「社説」から筆者が作成。数字は使用回数。

 

「ポピュリズム」の使い方

まずは日本の政治と社会の現状に関しては、五紙ともに「ポピュリズム」批判の観点からの分析が同じ論調でなされていた。

これについては、私のpopulismの知識からすると少し違和感が残った。なぜなら、手元のOxford Advanced Learner’s Dictionary of Current English(2005)では、“type of politics that claims to represent the opinions and wishes of ordinary people”と書かれているからである。その他の英語辞典でも似たような内容であり、「普通の人々の意見と希望をはっきりと代弁することを主張する政治の型」といった説明が主流であった。

さらにこれがフランス語になると、「1930年代、庶民生活の描写を目ざした文学・芸術の流派」や「庶民の日常生活の素朴な描写を目ざした1930年代のフランスの文学運動」という解説になる。

日本語では「衆愚政治」的な使い方であった

ところが日本語の新聞五紙に象徴されたように、それは「大衆迎合の政治」を象徴する言葉でしかなく、「威勢のいい主張で民衆の支持を得る」ことを表わし、それはけっして褒められる政治の在り方ではないという含意が強く認められる使い方に変貌する。

『広辞苑』(2008、2016)にはそのような説明はないが、『新明解国語辞典』(2012)になると「政治指導者が民衆の利己的欲望に迎合することで支持を得、権力を維持しようとする政治的態度」とされている。五紙の「社説」の文意では、すべてが『新明解』の語釈に準拠していたことになる。

その延長線上に、「目先の利益ばかり追求する」意味として使った「社説」もあった。またそれを「排外主義的な主張を掲げる大衆迎合主義」と形容したり、「消費税減税など財源無視のポピュリズム」という表現も認められた。

他にも「排外主義と世論の分断で・・・・・・政治体制の安定が崩れ、ポピュリズムの広がりによる多党化の時代」と表現した「社説」があった。さらに「社説」の中で5回もポピュリズムを使った新聞では、「ポピュリズム(大衆迎合主義)の政治が排外主義の機運を高めている」、「ポピュリズムはデモクラシーの後を影のようについていく」、「ポピュリズムは民主主義の陥穽=落とし穴だと私たちは自覚する必要がある」とも書かれていた。

そしてその克服には「根本的治療が必要だ」として、「多様な背景を持つ人々と暮らしていく多文化共生の政策」の重要性を示して、「将来を見据えぬ政治は根本的治療から程遠い」とまとめている。

現状分析には「分断」の利用が顕著

次にそのポピュリズムによって、日本社会では広範な「分断」が広がっていると「分析」され、これもまた五紙共通に認められた。通常「分断」は国民のアイデンティティ、使用する言語、政治理念、党派的政治運動だけではなく、宗教、民族、地理(東西、南北)、大都市と過疎地、階層、世代、ジェンダーなどにも存在する。

「社説」では「人間社会の分断」、「世論の分断」、「社会の分断」、「世代の分断」、「政治や社会への不満や憎悪がSNS空間で増幅され、分断が広がる」、「気候変動対策の国際協調は待ったなしなのに分断と憎悪、不寛容の暗雲が地球を覆う」などの使い方がみられた。

ただ卑近な例でも「分断」は、相撲ファンと野球ファン、将棋愛好家と囲碁愛好家、演歌好みとJポップス好き、和食派と洋食派、万年筆派とボールペン派、犬派と猫派、インドア派とアウトドア派、金による利殖派と株式投資派などの間でも存在する。しかし、いずれもお互い様なので仲良く共存している。

多様な価値観を大切に

それらも複数の「社説」で強調されていた「多様な価値観を大切に」の延長線上にある。良し悪しはともかく、「社説」で使用された「分断」もまた多様性の指標の一つである。

だからこのロジックを無視した結果、五紙の「社説」では未来シナリオとして歓迎される多様性のなかで、唯一の選択肢として「民主主義」に収斂された結論に導かれることになった。何しろ「民主主義の大敵は『分断』だ」という主張すら展開した「社説」もあったのである。

民主主義の根幹は多様性にある

五紙全体としてみると、ポピュリズムと「分断」はともに民主主義(民主国家)の敵であり、日本社会のゆがみや生活の不安の根源になっているから、多様性を重視しながら、民主主義を復元しようと書かれていたことになる。さらに「社説」での民主主義には、五紙ともに定義を下すことなく自明の「正しい政治理念」として使用する傾向が濃厚に認められた。

要するに、五紙すべてが日本の政治と社会の社会現象をポピュリズムとして捉え、その結果として政治面と社会面の「分断」の深まりを指摘したうえで、読者にたいして日本の民主主義を守っていこうと呼びかける構図がまことに鮮明であった。

「長期的な視座」の重要性の強調が救い

私は五紙の「社説」の論調に多様性が乏しく個性に欠けるという読後感を持ったが、数紙にみられた「未来シナリオ」に有効な視点も出されていたことは評価したい。

総論としては「長期的な視座での対処」が説かれたり、そのためには「知力」、「経済力」、「技術力」、「発信力」の重要性を強調し、さらに「主権者たる国民のレベル」を問いかけた「社説」もあった。

『こども未来戦略』

その通りだが、「知力」や「発信力」をなぜ少子化や「縮減社会」の到来と対処方法に向けなかったのだろうか。たとえば岸田内閣時代に出された『こども未来戦略』(2023年12月22日)(以下『こども戦略』)は、長期的な次元の異なる少子化対策の実現にとって2年後の現在でも有益な視点や統計数字が多く掲載されている。

「我々が目指すべき社会の姿は、若い世代が希望どおり結婚し、希望する誰もがこどもを持ち、安心して子育てができる社会、そして、こどもたちが、いかなる環境、家庭状況にあっても分け隔てなく大切にされ、育まれ、笑顔で暮らせる社会である」(同上:8)。

これは辞典的なポピュリズムの使い方でもあり、「普通の人々の意見と希望をはっきりと主張」していて、多様な生き方の「分断」を越えて社会全体の「包摂」を重視している。

人口動態への着眼

本年の「新成人」は109万人だが、2016年に単年度出生数が100万人を割り、それ以降は2022年が77万人、2023年が72万人、2024年には68万人まで落ち込んだ。この趨勢は続いていて、厚労省や『朝日新聞』での2025年の出生数は66万人程度と予想されている(確定数は6月に公表される)。最終的に2050年までに総人口が2500万人~3000万人も減少し、その時点での総人口は9500万人になる見込みである。

この期間、高齢化率が35~40%がしばらく続き、年少人口が10%を割り込む。その未曽有の人口減少による社会変動に対しては、ポピュリズム、分断、民主主義というだけの単線的なロジックによる対処だけでは有効ではない。なぜなら政治理念や政策の「分断」を越えて、現役世代と高齢世代の間では、そしてまだ見ぬ将来世代と現在世代の間の「分断」も現実味を帯びてきたからである。

新しい理念としての「ワークファミリーバランス」の浸透を

「われわれは若者に子供を産めと言う一方で、若者がマイホームを購入したり、稼ぎのいい仕事に就いたり、家族を養ったりするのを困難にしてきた」(『ニューズウィーク日本版 世界も「老害」戦争』2025年11月25日:21)。

この二極化した言動の克服に「ワークファミリーバランス」の拡大解釈を提起したい(金子、2026年近刊予定)。現今の「ワークライフバランス」では既婚者のワークとライフへの支援が濃厚な反面、「結婚や家族から逃走」する単身者のワーク支援とファミリー形成支援が後回しだったからである。

婚外子率が低い日本の最優先事項は、非正規雇用者の正規雇用への「働き方改革」と、『こども戦略』でいう18~34歳の男女ともに8割を超える「結婚の意思」をもつ単身者がファミリーを作れて、若い世代全体が「生活安定」と「将来展望」をもてる政策であり、これが私なりの「次元の異なる少子化対策」の事例になる。

2030年までがラストチャンス

「2030年までがラストチャンス」(『こども戦略』:1)をかみしめて、さまざまな多様性として新聞各社もまた人口変動への対応として「新たな構想」を示す時期である。

もちろん「国民一人ひとりのリテラシー」も高めたいし、「警戒的な楽観主義」もいい。しかし「未来シナリオ」の軸は人それぞれに多様ではあろうが、共通土台としては「社会資本主義」を模索する中で、人口減少による「縮減社会」への対応にあるのではないだろうか。

【参照文献】

 

  • 金子勇,2023,『社会資本主義』ミネルヴァ書房.
  • 金子勇,2026,『少子化と縮減社会』東京大学出版会(近刊予定).
  • 岸田内閣,2023,『こども未来戦略』(2023年12月22).
  • ニューズウィーク日本版編集部,2025,『ニューズウィーク日本版 世界も「老害」戦争』(11月25日).