きこえない当事者として問う、電話リレーサービスの番号表示問題

Yuliya Taba/iStock

私は、きこえない当事者として、日常的に電話リレーサービスを利用している。

2020年に、私は本サイトにおいて、聴覚障害者等が利用する電話リレーサービスをめぐる課題について書いたことがある。

きこえない私が痛感した自立をさまたげる社会の大きな壁
電話で本人の声じゃないとダメという不条理なルールはやめて欲しい 生まれつき耳がきこえない私は、自分で電話をかけることができません。例えば、次のような「手続き」や「相談」をすぐしたい時に、電話をかける必要があるが、それができません。 ...

当時は、電話リレーサービスが公的制度として整備される以前であり、民間による試行や実証的な取り組みが行われている段階だった。利用環境や社会的理解も、まだ十分に整っているとは言えない状況だった。

その後、電話リレーサービスは公的制度として開始され、認知も徐々に広がってきた。

この点については、制度の前進として率直に評価すべきだと考えている。

しかし一方で、当時から指摘してきた課題の一部は、形を変えながら今も残っている。

050番号という「見えない壁」

電話リレーサービスを利用して電話をかけると、相手の端末には050番号が表示される。この仕組み自体は、制度上の理由からそうなっている。

だが、実際に使ってみると、この050番号が大きな壁になることがある。

営業電話や自動発信を連想させる番号であるため、病院や自治体、企業など、重要な連絡先であっても電話に出てもらえないことが少なくない。

これは、特別なケースではない。私自身も含め、多くの当事者が日常的に経験している問題だ。

そのため、当事者の間からは以前より、

「自分が実際に所持している電話番号を表示できないか」

いわゆるワンナンバー制を求める声が挙がってきた。

番号表示の段階で不信感を持たれ、通話そのものが成立しない状況を、何とか改善したいという切実な要望である。

なぜ「例外」が議論されるのか

発信者番号の表示については、事業用電気通信設備規則(第三十五条の二の六)に次のような規定がある。

異なる電気通信番号の送信を防止すること。
ただし、他の利用者に対し、発信元を誤認させるおそれがない場合は、この限りでない。

ここで重要なのは、法律レベルで「ただし書き」、すなわち例外が想定されているという点だ。

発信者番号は原則として一致させるべきだが、それによってかえって不利益が生じたり、発信元が正しく伝わらなくなる場合には、一律の扱いが適切とは限らない——そうした考え方が、すでに制度の中に組み込まれている。

電話リレーサービスにおける番号表示の問題は、まさにこの「例外」をどう具体化するか、という文脈で考える必要がある。

固定電話では整理され、電話リレーでは残る空白

この「例外」については、総務省が省令の取り扱い方針の中で考え方を示したうえで、業界団体が固定電話を中心に、ガイドラインで運用面の整理を行ってきた。

その結果、固定電話については、

  • 本人確認や契約関係が確認できる
  • 折り返しが可能である

などの条件を満たす場合に、発信回線とは異なる番号を表示する運用が認められている例もある。

一方で、電話リレーサービス(050番号)については、同様の整理が十分に行われたとは言い難い。

禁止されているわけではない。

しかし、「どこまでなら許容されるのか」という要件が明確でないため、事業者も制度的な判断を下しにくい状況が続いている。

その結果、当事者は今も、番号表示という入口の部分で不利を抱えたまま電話をかけている。

前進と未解決の課題が同時に存在している

電話リレーサービスをめぐる状況は、この数年で確実に前進した。制度として定着し、社会的認知も広がってきた。

しかし同時に、「使える制度」として完成したとは言えない部分が残っているのも事実である。

私自身、制度の恩恵を受けつつも、電話がつながらない場面に直面するたびに、「制度はここまで来たが、まだ届いていない部分がある」と感じる。

問われているのは、次の具体化

この問題は、新しい権利を求める話ではない。また、050番号そのものを否定するものでもない。

すでに法令の中に書かれている考え方を、電話リレーサービスという現実の利用形態に即して、もう一段具体化できるかどうかが問われている。

電話は、社会参加の前提となるインフラである。その入口である番号表示の段階で、一部の人が不利を被り続ける状況を、どう考えるのか。

制度が前進した今だからこそ、なお残る課題に目を向ける必要があるのではないだろうか。