日本列島を、弱く貧しくしてきた「専門家の王国」を取り除こう

1/3の『朝日新聞』朝刊が、長めのインタビューを載せてくれた。翌日にさらなるロング・バージョンもWebに出たので、(有料だが)以下に掲げるリンクから読んでいただける。

ぼくがここ数年考えてきた “歴史” の社会的な意義を、多角的にお話ししたが、なんといっても――

歴史が消滅した社会で 與那覇潤さんが探す「共感の基盤」のありか:朝日新聞
 歴史なき時代に日本は入った――「中国化する日本」などの著書で知られる評論家・歴史家の與那覇潤さんは近年そう語っている。歴史が消滅するとは、どういうことだろう。また消滅したことで社会に何が起きていると…

歴史、ないし過去の記憶が消滅すると、衝撃的な事件に接するごとに「未曽有のことが起きた」、つまり初めての事態だとして人々は受け止めることになります。

その結果、「初めてのことなのだから、対策を考える際に、従来の価値観なんて気にしなくていい」という発想が前面化する。

コロナ禍やウクライナ戦争で「見知らぬ専門家が唱えた、極端な最強硬論ほど支持される」現象が起きたのは、こうした歴史の無効化の帰結でもありました。

朝日新聞、2026.1.3
(表記と改行を調整、強調を付与)

ずばり、ここですよね。まぁ貼るまでもないけど、実例はたっぷり。いまだに気づいてない人がいるなら、それ単なる情弱ですから(苦笑)。

学問の信用を崩壊させるのは「言い逃げおじさん」である: 西浦博氏の場合|與那覇潤の論説Bistro
ちょうど4年ほど前に、初めて「言い逃げ」をタイトルに冠した記事を出した。ある歴史学者が炎上した際、叩けば叩くほどウケるときには散々罵りながら、形勢が変わるやダンマリを決め込む姿勢を批判してのことである。 この事件は、日本の学界におけるキャンセルカルチャーの走りだったが、私はそんな人文学者の矮小な争いだけを視野に入れて...
ウクライナ論壇でも始まった「歴史修正主義」: 東野篤子氏の場合|與那覇潤の論説Bistro
2020年の7月に出た雑誌への寄稿を、「コロナでも始まった歴史修正主義」という節タイトルで始めたことがある。同年4~5月の(最初の)緊急事態宣言が明け、その当否の検証が盛んだった頃だ。 池田信夫氏のJBpress(2020.5.15)より 統計が示すように、①新型コロナウィルスへの感染は緊急事態宣言の前からピークアウト...

なんども書くけど、ぼくは2020年5月から言ってるので、「後出しダー」な批判は効かない。レキシガークな人たちはぼくを “全推し” することで、あのとき歴史学をネ申学問にすることができたのに、逆の対応をとりむしろゴミになった(笑)。

隠蔽された「8割削減」の真実: やはり、それは2度目の "満州事変" だった|與那覇潤の論説Bistro
今年の6月に岩本康志氏(東大経済学部教授)の刊行した『コロナ対策の政策評価』が、反響を広げている。2020年4月、当初は "専門家がエビデンス・ベースで" 発案したように報じられた「接触8割削減」の政策の、完全な無根拠ぶりが立証されているからだ。 西浦博氏の「接触8割削減」は計算違いだった : 池田信夫 blo...

2022年2月に始まるウクライナ戦争でも、すでに1年めの年末の時点で、ぼくはこう書いている。文中の「クルツ」(カーツ)は、英文学の古典『闇の奥』に出てくる悪役で、たとえば村上春樹の創作への影響で知られる。

私たちの内に潜む「小さなプーチン」──古典『闇の奥』が予言する、2023年の未来とは
<社会から強制されることを歓迎すらしてしまう、私たちの危うさ。それに呑み込まれた体験を忘却し、あたかも美しいストーリーとして語り直す、歴史修正主義の闇が始まる> 2022年ほど、「時間の流れ方」が不透...

現下のウクライナ戦争でロシアを非難すべきは論を待たないが、単にNATOの支援を受けた火力で圧倒するだけ」で問題が解決すると考え、スポーツ観戦めいた戦術談義ばかりがメディアを席巻する時、そこにいるのもやはりクルツであり「裏返しのプーチン」なのだ。

目の前の問題の「専門家」として持ち上げられ、いまならいかなる発言でも好意的に報じられる立場に置かれると、どんな人であれ内なるクルツが「私の提案にあらゆる力を委ねよ。それで混乱は収まる」とささやきがちだ。
(中 略)
人や社会がもっぱら「強制力に頼ってなにかを解決しようとするとき、そこには必ず、人間への最重度の不信がある。

Newsweek Web、2022.12.16
3頁より

専門家は文字どおり、自分のセンモンしか知らないことによって囃してもらっているので、政府やメディアの場で「いや、他の専門分野の知見とも、バランスをとって…」とはなかなか言えない。だから物量の力で押す、タカ派一辺倒になる。

ちょうど1年前の記事をちょいアレンジすると、解決策の提案として――

「足りない主義」が令和の日本を食べ尽くしつつある。|與那覇潤の論説Bistro
先日ぼくも無自覚に使ってしまったが、「精神論」という語を目にして、よい意味にとる人は令和にはいないだろう。 なぜうまくいかないのか? という問いに「気合いが足りないからだ!」としか答えない、根性一辺倒みたいな指導法は、スポーツの現場でも退けられて久しい。いまだに唱える人は昭和の遺物として笑いものになり、パワハラで訴え...

・コロナの専門家(自称を含む、以下同)
「うおおおお! 行動制限をもっと強化!
・ウクライナのセンモンカ
「うおおおお! 武器支援をもっと強化!
・統一教会の専門家
「うおおおお! 宗教統制をもっと強化!
・年金制度の専門家
「うおおおお! 納付基盤をもっと強化!

しか、言わなくなる。で、いろんな政権が替わった果てに、いま、

高市政権を作ったのは保守ではなく "リベラル" である。|與那覇潤の論説Bistro
高市早苗内閣の発足が、好評だ。10/22の読売新聞によれば、歴代5位の支持率だという。 時代により調査方法が違ったりするので、厳密には単純に比較できないが、細川非自民連立や最初の安倍内閣と同じなら、かなりのブームだ。「初の女性首相」にしては低いとか、因縁はつけられるにせよ、無理がある。 歴史を画した諸内閣に(いまの...

・経済政策の専門家
「うおおおお! 積極財政をもっと強化!」
円の信用はどうなるの?)
・物価対策の専門家
「うおおおお! 生活支援をもっと強化!」
インフレが過熱しない?)

へ加速がついちゃって止められないのが、2026年の日本が背負う巨大なカントリー・リスクだ。

「福田赳夫」が、令和の日本に必要だ|與那覇潤の論説Bistro
前回は、浜崎洋介さんとの対談動画(前編)にかけて、高市政権は経済でも外交でも、「安倍政権」をコピーすべきではない(=しようと思っても、その条件がなくできない)という話をした。 ……と書くと、安倍ファンだから高市さん大好き、な人はみんな怒って、後編(リンクは末尾に)のコメント欄は「與那覇は経済に無知!」の嵐なわけだが...

項目によっては、似た状況に陥っている国は他にもある。が、コロナ禍の発生から6年経ってもいまだに、事実上マスクが義務のサービス業があるのは、うちの国だけだろう。

それは『闇の奥』が原作の映画『地獄の黙示録』(1979年)で、密林にクルツことカーツ大佐が築いた王国を思わせる(ヘッダーはあらすじサイトより)。当初は世界の時流に沿っていたのかもしれないが、いまやただのカルトな無法地帯だ。

なぜ日本の飲食店は、今もマスクをやめられないのか(『潮』座談会完結です)|與那覇潤の論説Bistro
発売中の『潮』8月号に、2年間ほど続いた読書座談会の完結を受けた寄稿が載っている。参加者は、岩間陽子・開沼博・佐々木俊尚・東畑開人の各氏で、もちろんぼくも一文を寄せている。 許可を得て、ぼくの文章の全文を載せる(アゴラへの転載もOKとのことです!)。編集部によるタイトルは「異論が排除されない自由な空間を」だけど、基本...

終わらせるためには、映画と同様に、カーツ(クルツ)は除去される必要がある。定義どおりの “父殺し” を、社会の全体で遂行するわけですね。まぁこの場合、父の性別は関係ないけど。

1/5のBSフジ・プライムニュースでは、上記の意識を踏まえて財政学者の井出英策さんと議論した。ベーシックサービスの提唱はじめ、一般には「大きな政府」論の代表として知られる人だ。

昨秋にも書いたが、ここ数年は受給資格をユニバーサル(弱者でなくても、誰でも一律に受けれる)にすることで、福祉国家への合意を再調達する発想が、新しいもののように囃されてきた。で、ぼくはその空気に批判的だ。

書評: 日本で『新しいリベラル』に期待しても、なぜ政治は動かないのか|與那覇潤の論説Bistro
今年の6月に出て話題の書籍を読んでみたが、もやもやする気持ちが残ってしまった。思想史と統計分析という、正反対の研究者がコラボする共著はめずらしいし、よい点はいっぱいある。 出典表記が丁寧で、保守やリベラルにつき「誰がいつ何を言ったか」をたどれる学説史になっているのは、ありがたい。学術書相当の内容を、知恵を絞り新書で刊...

福祉は弱者優先ではなく、”一律” じゃないとイヤだとする感性は、それを投資志向として前向きに捉える本書の論旨に反して、しばしば「俺以外がトクしたり、ラクするのは認めない!」という後ろ向きな発想につながる。
(中 略)
その裏面に貼りついた “俺損への不寛容” が暴走するリスクには、顧慮が払われない。実際に一律10万円を配ったコロナでは、「自粛警察」の形でそれが躍り出た。

新しいリベラル』の著者は
橋本努・金澤悠介両氏

意外だったのは、まさに「ユニバーサル福祉論」の先駆者だった井出さんと、こうした副作用を懸念する点で話がぴたりと合ったことだ。

無責任な福祉の “物量化” は、まず①コロナ補助金がそうだったように、「ウチは他より多く配ります!」といったインフレへの競争を生む。さらに②「配らないなんてあり得ないよな?」として異論を封殺し、民主政の土台まで掘り崩す。

『令和ファシズム論』井手 英策|筑摩書房
筑摩書房『令和ファシズム論』の書誌情報

ケインズ政策は、経済理論としては聞くべきものがあったとしても、財政の価値を質的なものから量的なものへとかえてしまったという意味では、深刻な過ちをおかした。
(中 略)
社会の公正さについて論じあいながら、自由の条件をかたちづくっていくための、質的な共同事業こそが財政なのであって、たんに所得をふやすための、量的な道具ではない。
(中 略)
財政は所得をふやすための道具だという、こうした、「非財政的」な考えかたに無自覚であればあるほど、バラマキがうたわれ、うけいれられていく。だが、それは、財政破綻とは次元のちがう、民主主義と自由の衰退、社会の破綻への道である。

338-340頁

センモンカが「この道しかない!」と叫び、盲目的な信者が「もっともっと!」と群がって引き返せない密林内の教団めいた社会を、井出氏の上記書はエクストリーミズム(極端主義)の概念で把握する。これも、ぼくの持論と同じだ。

在カンボジアのカーツ大佐の王国。
いまだとベネズエラ感もあったり。
こちらのブログより

前回と同様に、番組のスタッフさんが早速ダイジェストをYouTubeに上げてくれている。なお目下のベネズエラ事変の発生を受け、前半では緊急出演された鈴木一人さんの解説も聞ける。

年始早々から、新聞とTVで「この1年を考える」企画をお手伝いできたのは、光栄だった。ぜひ多くの人の目に留まって、今年が日本と世界を “まとも” に戻す年に、少しでも近づきますように。

ベネズエラがアメリカ化するのか、アメリカが「ベネズエラ化した」のか|與那覇潤の論説Bistro
2026年のnote初めは、違う記事を準備していたのに、とんでもない事態が起きたので手短かに。 トランプ政権がベネズエラのマドゥロ大統領を拘束したと聞いて、冷戦世代が思い出すのは、米軍がパナマで起こしたノリエガ将軍逮捕だろう。当時は歴代屈指の外交通だったブッシュ(父)が大統領で、日付も1990年の1月3日だった。 ...

参考記事:

「専門家」が大凋落した2025年を偲び、祝い、送る。|與那覇潤の論説Bistro
いまや思い返すのも難しいが、今年が始まったとき、アメリカの大統領はバイデンだった。後に副大統領にすら老衰ぶりを貶される彼の下で、「ウクライナを勝たせる」という不可能な試みへの投資が、だらだらと続いていた。 政権がトランプ(第2次)に替わるのは、1/20である。直前まで、日本のセンモンカは彼をコントロールして「バイデン...
ある編集者への手紙|與那覇潤の論説Bistro
以下は2024年12月23日に、ある編集者に送ったメールの全文である。とくに返信のないまま1週間が経ったため、目次と強調を附して公開する。 1. 今年を閉じるにあたって 爾来ご無沙汰しています。世界が大きく動いた2024年も終わりつつありますが、どうお過ごしでしょうか。 ご存じかどうか、米国では今年、議会が20...

編集部より:この記事は與那覇潤氏のnote 2026年1月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は與那覇潤氏のnoteをご覧ください。